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呪いたい彼女と鈍い彼


 ニュースで真夏日だと言っていたのが嘘のようだ。学内は冷房のおかげで涼しいので夏でも快適に過ごせる。


 教室の中は明日からの夏休みをどう過ごすかという会話で賑わっていて、私は話題を振られるたびに曖昧に微笑んで自分の話題から遠ざけていた。


 ……みんな補習はないのだろうか。いや、数名くらいはいるよね、きっと。実をいうと私も英語だけちょーっとだけ悪くて補習になってしまった。まあでも、数日行くくらいだろう。


 会話に加わることなく一人で本を読んでいる浅海さんも、女子に囲まれている天花寺も頭いいだろうから補習なんてないだろうな。でも私だって今回ちょっと調子悪かっただけだしね。……うん。


「十一号、どうしたら手に入るのかしら」

「文芸部の方にお願いはしてみたのですけど、増刷は未定とおっしゃっていましたわ」


 近くにいた女子たちから十一号という言葉が聞こえてきて、机の横にかけているカバンに視線を移す。

 そういえば、昨日の放課後にスミレに勧められた冊子をカバンに入れたままだったな。


 文芸部が二ヶ月に一度発行している冊子、『初恋想』。それの十一号を読んだスミレがすごく気に入った作品があったらしく、ファンになったのだとか。そのことが広まり、十一号だけすべて捌けてしまい文芸部には問い合わせ殺到だそうだ。ほとんどスミレのファンたちが問い合わせているだろうけど、他にもそんなに話題なら読んでみたい!という人たちもいるみたいだ。


 その十一号をスミレは人に勧める用にもともと二冊くらい貰っていたらしく、私と浅海さんに貸してくれた。浅海さんは本が好きみたいだけど、私はそういうわけではない。ただ少し気になったことがあって読んでみたいと思ったのだ。


 賑やかな空間を裂くようにアナウンスが流れ、クラスメイトが次々に教室から出て行く。そろそろ終業式が始まるようだ。


 立ち上がると空腹を感じ、腹部に手を添えて小さなため息を漏らす。先生の話っていつも長いんだよね。終業式の途中でお腹鳴らないといいんだけど。やっぱり朝はパンじゃなくてお米じゃないとお腹がもたないや。


 空腹を我慢しながらよろよろと生徒達の波に乗って廊下に出ると、誰かとぶつかってしまった。


 慌てて謝罪をすると、長めの前髪の隙間から覗く大きな瞳が私を捉える。艶やかな黒髪は肩につくくらいに切りそろえられており、これで着物を着ていたらリアル日本人形のよう。

 その人物はうさぎのパペットを私の目前に持ってきて『こちらこそすまない』と言ってきた。


流音るのん様」


 流音様ことパペットちゃんとは同じクラスだけど、彼女は常に一人で行動していて右手にはうさぎのパペット人形をはめて、怪しげな分厚い本を読んでいることが多いため会話をする機会がほとんどない。


「紅薔薇の君、そろそろ私の呪いが必要になったか?」

「い、いえ」


 相変わらずうさぎのパペットを持っていて、身長も低く童顔のため幼い子どものように見える。

 彼女は大分変わり者だけど、歴としたお嬢様で日本舞踊、琴、書道など様々な習い事でかなりの実力を発揮しているらしくお嬢様たちからは一目置かれている。おそらく花ノ姫にスカウトされたのもそれが理由だ。


「残念だな。タロットカードで占ってほしければ、いつでも言うんだぞ。くふふふ」


 タロットカードかぁ。それはちょっとだけ興味あるかも。

 星占いとか血液型占いは信じてないけど、タロットとか手相は少し興味があるんだよね。今度やってもらおうかな。

 にやりと片方の口角を上げていたパペットちゃんが私の背後を見て、何故か表情を強張らせた。



「東雲さん、久しぶりだね」


 振り返れば能天気に微笑んでいる天花寺の姿があり、パペットちゃんに親しげに話しかけていた。一方、パペットちゃんは鼻に皺を寄せ、口を半開きにしている。


「そういえば同じクラスなのに話してなかったよね」

「貴様……っ! 私に話しかけるな! 呪うぞ!!」


 仲が良いわけではなく天花寺の一方通行だったようだ。パペットちゃんは眉根を寄せて小走りで逃げるように去って行った。


 ものすごく嫌そう表情をしていたけど、あんなパペットちゃん見たことない。普段は怪しげに笑っていたり、花ノ姫同士が火花散らしていてもあまり興味がなさそうで感情を剥き出しにしていることなんてなかった。


「あー……また逃げられちゃった」

「またって、よくあるんですか?」

「うん、話しかけるたびにあんな感じだよ」


 ……天花寺、どんだけ嫌われるようなことをしたんだ。原作ではあまりパペットちゃんに関して触れられてなかったから、二人の間に何があったのかわからないなぁ。


「それなのによく懲りもせずに悠は彼女に話しかけるよねぇ」


 後方から聞こえてきた声にどきりと心臓が跳ね上がる。本当神出鬼没で心臓に悪い。


「……雨宮様」


 どうやらパペットちゃんとのやりとりを通りかかって見ていたらしく、彼女が去って行った方向を眺めながら呆れたように苦笑した。


「まあ、とられたくなかったんだろうね〜」

「へ? なにを?」

「鈍いなぁ、悠は」


 きょとんとしている天花寺と同じく、私にも全く意味がわからない。何故か雨宮はパペットちゃんが天花寺を嫌う理由を知っているんだ。


「かわいい独占欲ってやつなんじゃないのかな〜」

「よくわかんないよ」

「悠はいいよ、それで。なにも悪いことしていないからさ」


 雨宮はいつもはっきりと答えを言ってくれないのでもやもやする。でもまあ、パペットちゃんの件は私の事件とは関係ないだろうな。もしも関係あれば雨宮に強引に吐かせる。

 雨宮なんてもう怖くないし。いや、怖くないけど、含みのある笑顔でこっちみないで!



「真莉亜様!」


 夏休み前の緊張感のない空気の中に余裕のなさそうな乱れた声が廊下に響き渡った。


 前方から生徒たちの集団の隙間を縫うように逆走しながら、こちらへやってきたのは普通ならここにはいないはずの人物だった。




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