閑話:水谷川のサンタクロース
前半茶道室での真莉亜視点 / 後半水谷川家での瞳視点
みんなでプチケーキパーティーをしてからというものの、第二茶道室でスミレと瞳、私以外のメンバーも集まるようになった。
最初はスミレが不満そうにしていたものの、最近では慣れてきたようで悪態はついても追い出そうとはしなくなった。
「まあ、その小説なら持っているわ」
「え、本当ですか?」
浅海さんが学校帰りに買う予定の小説をスミレが持っていたらしく、会話が弾んでいる。二人とも本が好きらしいので共通の話題があると盛り上がるみたいだ。
「明日持ってくるわね! この間サンタクロースがくれたの」
スミレのその耳を疑う一言によって空気が凍る。もう高校生なのにサンタクロースを信じているの?というツッコミよりも先にクリスマスなんてまだ当分先なので、サンタクロースがくれるはずがない。
「スミレ……今は夏よ」
「なにを言っているの真莉亜。サンタクロースはうちには毎日来るわよ」
当然のように話すスミレにさすがの瞳も浅海さんも苦笑している。「この女頭おかしいんじゃないのか」と桐生が言うと、スミレはキッと睨みつけていつものように食いかかっている。
「スミレの家は少し変わっていて、サンタクロース係っていうのがあるんだ」
「サンタクロース係?」
どうやら空想上のサンタクロースを本当に信じているというわけではないことを見兼ねた瞳が説明をしてくれた。
水谷川家の一人娘のスミレは家族から偏った可愛がられ方をしているらしく、毎朝起きるとプレゼントが置いてあるんだそう。駄菓子や少女漫画などの娯楽、辞書やパソコンまで、スミレが欲しがるものから欲しがらないものまでなんでもプレゼントしているんだとか。
これは瞳がスミレには聞こえないようにこっそりと教えてくれたんだけれど、その正体はスミレの三人の兄たちらしい。交代制でスミレにプレゼントをあげているんだとか。「優しいお兄様なのね」と言うと、瞳は頬を引きつらせて困ったように微笑んだ。スミレの家もいろいろとあるらしい。
「与えられすぎてあんなに変わったご令嬢になったんだねぇ」
雨宮が桐生と言い合いをしているスミレを眺めながら呑気に笑う。桐生とスミレの言い合いに浅海さんが入ってくれたのでもうじき収まるだろう。本当あの二人は相性が悪い。
「うーん、まあ今となってはそれがよかったのかなって思うけど」
「どうして?」
「小さい頃……スミレはあまり笑わない子だったから。きっとお兄さんたちも笑わせようと必死だったんだと思う。それがいきすぎた変態……じゃなくて愛になってスミレから逃げられるようになるんだけど」
どこか寂しげに、けれど懐かしそうに話す瞳の横顔。きっと私の知らない彼女たちの思い出があるのだろう。原作では語られていない彼女たちの過去をいつか知れる日がくるといいな。
「……拓人とは反対だね」
天花寺のそのつぶやきはおそらく私にしか聞こえていなかった。それくらい小さな声で、悲しそうに眉を下げながら桐生を見つめている。きっとここにも私が知らない彼らの過去がある。
笑わない桐生は、幼い頃は笑っていた。
よく笑うスミレは、幼い頃は笑わなかった。
反対だけど、似ている二人。この世界に存在している私の知らない二つの過去を原作者は考えていたのだろうか。
「スミレ、ふ菓子食べて落ち着いて」
「ふ菓子ぃー!」
瞳に渡されたふ菓子をスミレは両手で持って幸せそうに食べている。
「周りの甘い部分と、この軽やかな食感がたまらないわ! 瞳、もう一本!」
「だめ。今日五本も食べてるでしょ」
笑ったり、怒ったり、拗ねたりとスミレは忙しい。普段は言葉数が少なくて可憐なイメージだけど、本当のスミレはこんなにも表情豊かだ。
「真莉亜? さっきからぼーっとしてどうしたの?」
「なんでもないわ。私のふ菓子半分食べる?」
「女神様っ!!」
過去はわからないけれど、こうして笑顔のスミレがいてくれてよかった。これから先のことを思うと、いつかこの日常が壊れてしまうかもしれないと怖くなる。それでも、この日常を忘れないように目に焼き付けておこう。
*********
<水谷川のサンタクロース>
この日、水谷川家に呼び出された私はどういうことになるのかは大方予想がついていた。
「はい、ではスミレの欲しいものはなんだろな会議を始めたいと思います。意見のあるものは挙手するように」
「シマリスがいいと思いますっ」
「おい、挙手をしろ。シマリスは検討」
目の前に座る変態……じゃなくてスミレの兄である長男のレオさんと次男のシオンさんは、どこで買ってきたのかいつのまにかアンティーク調のもので揃えられた部屋にそぐわないホワイトボードを用意していた。そこにはやけに綺麗な字で『スミレの欲しいものはなんだろな会議』と書いてある。
「瞳、君を呼んだのは最近のスミレの情報を提供してもらうためだ」
一見クールな印象を抱く長男のレオさんは、こう見えてもかなりのスミレバカだ。真面目な変た……変人だ。
この兄弟はスミレの表情コレクションというものを持っていて、アルバムにしているかなりやばい人たち。特に泣き顔が可愛いんだと語られた時にはドン引きだった。そりゃスミレも嫌がるわけだ。
「レオ兄も挙手していないぞ!」
「おい、揺らすな、メガネが!」
乱暴にレオさんの肩を揺らした次男のシオンさんによって、レオさんの銀縁メガネがテーブルに落ちてしまった。相変わらずシオンさんはテンションが高い。
「今のスミレはジェイソンブラザーズという歌手にハマっているだろう! なぜわかるかだって? 俺のホークアイは全てお見通しだからだ!」
そう言ってシオンさんが前髪を持ち上げて、額を見せてきた。
「……だからそれ、ホクロですよね」
「ホクロではない! 邪悪なものを跳ね返す、その名もホークアイだ!」
出た。シオンさんの決め台詞。重度の中二病を患っている彼は自分の額のホクロをホークアイと呼んでいる。
「シオン、お前も挙手していないだろう!」
「ちなみにスミレは楽しそうに歌っていたが、音痴だった!可愛かった!俺だけ聴いたようだな!羨ましいだろう!」
「人の話を聞け羨ましい」
帰りたい。もう帰っちゃダメかな。よく呼ばれるけど、たいして私の話は聞いてくれずにシオンさんが話を進めていくのがお決まりだ。
扉が開いて部屋に入ってきた人物を見て、どきりと心臓が跳ねた。
二ヶ月ぶりくらいに見る彼は相変わらず不健康そうな白い肌で倒れてしまうんじゃないかってほど線が細い。儚げで触れたら消えてしまいそうだ。
「いらっしゃい、瞳ちゃん」
人に名前を呼ばれるのがこんなにもくすぐったくて、熱を感じるものだなんて。向けられた微笑みはスミレの友人だからという理由だけなのに頬が緩みそうになる。
「遅刻だぞ!ハルト!」
「あー、ごめんごめん」
「仕込みがあってね」
三男のハルトさんは一番スミレに似ている気がする。レオさんとシオンさんはどちらかといえばおじ様似だと思う。
帰りたいと思っていたのに彼が来てからはもう少しだけいたいだなんて現金だろうか。それでも同じ空間にいられるだけで、幸せで時がいつもよりもゆっくり動いてくれればいいのにだなんて思ってしまう。
「瞳ちゃんは紅茶はミルクで、砂糖一つだよね?」
「は、はい」
「ん、待っててね」
ハルトさんは作ることが好きな人なので、お菓子作りだけでなく紅茶まで淹れてくれる。しかも、淹れ方にもこだわっているらしくすごく美味しい。
きっと彼は知らない。私が元々紅茶はストレートで無糖が好きだった。でも、初めて貴方が淹れてくれた甘いミルクティーがすごく美味しくて、ミルクティーだけは甘くするのが好きになったんだ。
彼の知らない私の秘密がどんどん増えていく。
今日がもう少しだけ長く続きますように。




