雨明かり、薔薇は秘密を結う
「しっかりと録音させていただきました」
「は?」
録音できるブローチを常に身につけていてよかった。ぎこちない動作で勘ぐられないかドキドキしたけれど、初めての録音はうまくいった。
きょとんとしている雨宮を眺めながら、今度は私の方から距離を縮める。このチャンスを逃すものか。
「私も雨宮様と同じように前世の記憶を持っています」
「ちょっと待って、怖い。それと録音になんの関係があるの?」
うふふふと笑うと雨宮が顔を引きつらせながら、怯えたように身を引いた。そんなに怖がらなくても悪いようにはしないのに。
寝転がっていたため少し乱れた髪を肩の後ろへと流し、雨宮の顔を覗き込むように首を傾ける。
「協力していただきたいことがあるのです」
「それ、脅し?」
「いやだわ。お願いです」
「……君、案外性格悪いね」
訝しそうな顔をしている雨宮に小さな笑いが漏れる。普段は余裕な様子で飄々としている雨宮がこうして感情の揺れを見せていることがなんだか新鮮だ。
「あらやだ、原作よりはマシですわ」
ベッドから降りて立ち上がり、雨宮と距離をとる。頭痛薬が効いてきたのか、いつの間にか頭の痛みは消えていて身体が軽い気がする。
「で、協力ってなに?」
「そんなに構えないでください。ちょっと聞きたいことがるんです」
雨宮は眉根を寄せて私のことを胡散臭いとでも言いたげに見つめてくる。これは原作通りの雨宮譲としての表情というよりも、前世の記憶を持っている雨宮譲の素の表情な気がした。
「雨宮様はこの世界が漫画の世界とそっくりだということはご存知ですよね?」
「うん。前世で妹が好きだった漫画だから一応知ってるよ」
「では、最終巻は読まれましたか」
「最終巻?」
私が一番知りたいことを、この人は知っているかもしれない。けれど、素直に話してくれるかはわからない。だからこそ、強引なこの手段を選んだ。
「私を殺した犯人がそこで暴かれたはずです」
「え……殺した犯人? 少女漫画だよね?」
ん? どうして驚いているのだろう。
原作を読んでいるなら、かなり話題になった話のはず。まさかヒロインのライバルが死ぬなんて思わなかった読者たちは大騒ぎだった。かなりアンチも沸いたけれど、今までにない展開だと興奮する読者も多かった。犯人の考察サイトまで立ち上がってたなぁ。
って、そうじゃなくて雨宮の反応はおかしい。嫌な予感がする。
「……まさかご存知ないのですか?」
「ごめん、俺実写化したくらいまでの内容しか知らないんだよね」
実写化したあたりって中盤じゃん!! 私よりも読んでないじゃん!
犯人がわかるかもしれないと期待していたけれど、そう上手くいくわけがないか。やっぱり自分でなんとかしなければいけないみたいだ。
がっくりと肩を落として、先ほどまで雨宮が寝ていた開いているベッドに腰をかける。
「君って殺されるの?」
「……ええ。犯人がわかる前に前世で死んだので、私は犯人も動機も知らないんです。なので死を回避するにもどうすればいいのかわからないのです」
前世の記憶持ちの雨宮に聞いたら犯人がわかるかと思っていたけれど、振り出しに戻ってしまった。
「なるほどね。で、犯人を言わせるために録音して俺を脅そうとしたわけだ。前世の記憶があるなんて言ったら、みんなに痛いやつって思われるもんね〜。うわ〜、怖い怖い」
「う……いや、別に本気で流す気なんてなかったですけど、貴方が素直に話してくれる保証もなかったので。知らないのなら、ちゃんと消しますからご安心を」
雨宮の軽蔑するような冷たい視線がちくちくと刺さってくる。だって、自分の運命が変わるかもしれなかったんだもの。そりゃ必死にもなる。本当に悪用するつもりは最初からなかったから、ちょーっと脅してぺろっと吐いてくれたらいいなって思ったんだ。
「いいよ」
「はい?」
「俺が協力してあげる。君が殺されないようにさ」
口をぽかんと開けて瞬きを繰り返している私に雨宮は楽しげに笑いながら、私の前まで歩み寄ってくる。先ほどまでの私に警戒してどこか引き気味だったのが嘘のようだ。
「一緒にしようよ。犯人捜し」
「……いいの?」
「もちろん」
雨宮が手伝ってくれるなんて思わなかったから、協力してくれるなら有難い。でもどうしてこの人が協力なんてしてくれるんだろう。雨宮にとって得なことなんてないと思うんだけど。
「もしかして、信じられない?これでもさ、俺は同じように前世の記憶を持っている人と出会えて嬉しいんだよ」
「……胡散臭い」
「あ、やっぱり? じゃあ、退屈しなさそうだからって言ったら信じる?」
「そっちの方が信じられます」
はっきりと答えると「俺ってどんな人間だと思われてるの〜」なんて笑っている。雨宮はいつもなにを考えているのかわからなかったからやっと内側が見えてきた気がする。いつから前世の記憶があるのかは知らないけれど、雨宮もいろいろと苦悩しながら過ごしてきたのかもしれない。
雨宮って原作だと人気はあるけれど、ヒロインに想いを寄せていても叶うことはないだろうし、家でも当たりが強くて、ちょっとかわいそうな立ち位置なんだよね。
「では、協力してくれますか? ワトソン君」
「もちろんだよ、ホームズ」
かなり不安な相棒だけど、一人よりで悩んでいた時よりも心細くない。誰にも言えない秘密があることはもどかしくて、常に何かが胸につっかえているみたいだった。
「でも君はホームズというよりも、ちょっと残念なお嬢様って感じだよね」
「どうせお嬢様っぽくないですよ」
雨宮は私の手を持ち上げて、甲にそっと唇を落とした。
突然の柔らかな感触と熱に驚いて、びくりと身体を震わせる。
「なっ、なななにして!!」
「よろしくね、お嬢様」
慌てて手を払って、雨宮を睨みつける。
油断も隙もない! やっぱり雨宮という男は危険なやつだ。軽いノリでこういうことされないように気をつけなくては。
「っこのチャラ男!」
「お嬢様がチャラ男なんて言ったらダメなんじゃない?」
「うっ」
「あはは、顔真っ赤〜! かわいいねぇ」
原作を考えても雨宮は犯人ではないだろうし、今の雨宮を見ても殺人を犯すようには思えない。秘密の共有ができる存在というのは有難いけれど、うまくやっていける自信は正直あまりない。
「うるしゃい!」
「噛んでるし」
「笑うなっ!」
それでも、この日久しぶりに私はありのままの自分で感情を露わにしながら話せた気がする。そんな時間が少し楽しいだなんて思ってしまった。
こうして私はある意味危険な相棒と犯人捜しをすることになったのだった。




