綺麗な薔薇には棘がある
「へ……?」
「君は何者なの?」
空気が変わった。呼吸をすることすら躊躇うくらいの緊迫した空気が私たちを纏い、鼓動が加速していく。
ベッドの上で二人きりというシチュエーションで、おまけに逃すまいと腕を掴まれているというのに、甘さなんて微塵も感じない。けれど、気を抜いてはいけない。
浅海さんを最初から女だと知っていたんじゃないかって、答えはYESだけれど、問題なのはどうして雨宮がそう思ったのかだ。
私は動揺を押し隠すように自由な方の手を胸元に持っていき、薔薇のブローチに触れる。そして少し長めに空気を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
落ち着け。大丈夫。このくらい予想できたはずだ。ただ相手が雨宮だっただけ。まあ、この男だから特にやりにくいっていうのもあるけど。
「ずっと思ってた。この日常の中で、君が一番異質だ」
雨宮は探るような眼差しで私を見つめていて、顔を背けてこの場から立ち去りたい気持ちもあるけれど、それが叶うような状況ではない。
「……異質とはどういう意味でしょうか」
「俺が知っている君と、今の君は全く違う」
手のひらにじわりと嫌な汗が滲み、心臓が主張するように大きく脈をうつ。
意味深な言葉を並べて、確信には触れないで話を進めているように思えた。きっとこの人も警戒しながら話している。私には彼がなにを言いたいのかは大方予想は出来る。
「俺は君の秘密を知りたいんだ」
動揺を見せたらいけない。その瞬間、相手が一気に優位に立つ。私だって今まで準備をしてきたのだ。相手が男だとはいえ、それなりに力をつけてきた私はいざとなったら油断させてこの手を振り払って逃げることだってできるはずだ。今までのトレーニングは決して無駄ではない。
それにもしも私の予想通りなら、これはチャンスかもしれない。
「貴方も異質ですわ」
「そうかもね」
「一つ、質問をしてもよろしいかしら」
「どうぞ」
緊張からきているものかもしれないけれど、口の中が渇く。自分から出る声がまるで違う人のもののように硬くて声量もなく、唇も思うように開いてくれない。
それでも確認しないといけない。これが好機となるか危機となるかは、私の質問に対しての彼の反応にかかっている。
「雨宮様は浅海奏が女性だということを最初から知っていたのですか」
先ほど彼がしてきたのと同じ質問を返してみると、雨宮はただ微笑むだけだった。つまり、これは肯定ととってもよさそうだ。
「まるで雨宮様は私のことをずっと前から知っていたように聞こえます」
「そうだね。知っていたよ」
ずっと前から知っていた。それはいつからを指すのだろう。初めてまともに会話をしたのは中等部の卒業式だ。木に登ってパンツを見られてしまったときは、中等部三年の夏。彼の言う〝ずっと〟はそれよりも前だとしたら……。
「私も雨宮様のことは知っていましたわ。きっと私たちは同じなのかもしれませんね」
「……それは、」
「雨宮様、遠回しにではなくてはっきりとおっしゃってください」
探るように話す雨宮は私の反応一つひとつを見逃さないようにしているように見える。きっと彼も私と同じだ。
「君はこの世界をどう思う?」
他者が考えた役者に勝手にされていて、それに気づいているのは私だけではなかったのか。結末が喜劇なのか、または悲劇なのかは台本があることを知っている自分次第だと思っていた。でも、台本があることを知っているのは私だけじゃなかったんだ。
「シナリオの中の世界みたいだと思いますわ」
「やっぱりそうか」
緊張の糸が切れたように雨宮が小さく息を吐いて、私の腕から手を離した。
解放された手を押さえながら、雨宮の様子を窺う。私と同じ存在であれば雨宮が私に対して警戒していたことに納得ができる。だって雨宮が知っている〝真莉亜〟と、今の私はかなり違う人物に見えるだろうから。
「俺さ」
じっと次の言葉を待つ。決められたシナリオがまた一つ変わっていく瞬間に今自分がいる。原作では絶対にこんなシーンは存在しなかった。
雨宮がなにかを決意したような表情で私を見つめる。そのたった数秒が私にはとても長く感じた。
「前世の記憶があるんだ」
私も同じだと確信を持った様子の雨宮が吐露したのは、予想通りの内容だった。自分と同じように前世の記憶を持っている人がいたことには驚いたけれど、これは私にとっては好都合。
にっこりと微笑んでブローチに再び触れる。
さて、ここからは私のターン。




