ナイショの話
「絆創膏は確かここ……ありましたわ」
「ありがとう」
「傷が浅くてよかったわ。戻った頃にはクッキーも焼けているかしら。楽しみね」
どうやら先生ではなく、女子生徒数名のようだった。私と雨宮は会話を一旦中止して、女子生徒たちの様子をうかがう。聞こえてくる内容からして、おそらくは家庭科の授業中に怪我をして医務室へ来たのだろう。
「そういえば、クッキーは桐生様にお渡ししますの?」
「それが……この間、手作りは受け取れないって言われてしまったの」
うわぁ……あの桐生なら言いそう。冷たいし嫌な感じなのにどうしてか女子にモテるんだよね。イケメンパワーおそるべし。
「天花寺様も手作りは受け取らないらしいわねぇ」
それはちょっと意外。天花寺ならにこにこしながらなんでも受け取ってくれそうなのに。過去になにか手作りによって被害にあったとか? あれだけモテれば、今までいろいろな贈り物されてきただろうしなぁ。
「あ、でも雨宮様ならきっともらってくれるわよ」
「そうねぇ。でも、雨宮様って素敵だけれど本命とはちょっと違うわよねぇ」
私も女子のはずなんだけど、女子トークに全くついていけない。雨宮本人が聞いているのを知らない女子たちの会話がヒートアップしていく。
「そうよね。本命なら天花寺様か桐生様よね」
「雨宮様はちょっと、ねぇ」
居た堪れなくなって雨宮を見ると、普段と変わらない微笑みを浮かべながら人差し指を口元に持っていく。自分のことを言われていても、行動を起こす気はないみたいだ。
「三男ですものね。本命だったら、他のお二人の方がいいわ」
「それに雨宮様は誰にも本気にならなさそうよね」
「わかりますわ。なにを考えているのかわからないわよねぇ。でも遊んでおくなら雨宮様にお相手してもらいたいわ〜」
「あら、雨宮様なら迫ればお相手してくれるんじゃないかしら」
この会話を聞いていると胃のあたりがもやもやとしてくる。なにこの馬鹿みたいな下品な会話。
どうしてこんなことを言われても雨宮はなにも言わないのだろう。表ではキャーキャー言っている女子たちが影でこんなことを言っていて腹がたたないの?
それなのに雨宮はいつも笑顔を振りまきながら、優しい対応をしている。確かに雨宮はなにを考えているのかわからないけれど、三男だとかそんな理由で本命にはならないとか上から目線で言われたら誰だって腹がたつと思うんだけど。
「みっともない会話をいますぐやめて、医務室から出ていきなさい!」
カーテン越しに声を張り上げる。どうせ誰なのかは向こうにはわからないだろうし、いつもよりも強気になれた。たとえカーテンを開けられたとしても青ざめるのはあちらだろうしね。
「やだ、誰かいたの!?」
「行きましょ」
寝ている人がいることに気づいていなかったのか、女子たちはバタバタと足音を立てながら大慌てで医務室から出て行った。ようやく静かになった医務室で雨宮と視線が交わる。
「別によかったのに。こんなもんだよ、俺への評価なんてさ。……でも、ありがとう。怒ってくれて」
「雨宮様のためではありません。彼女たちに腹がたちましたので」
少し悲し気に笑う雨宮を見て、胸に鈍い痛みが広がっていく。
そんな顔するくらいなら怒ればいい。それなのにどうして雨宮はなにも言わずに聞いていたんだ。
「雨宮様は、怒るべきです。あれは彼女たちが間違っています」
「でも彼女たちが言っていることって嘘じゃないよ。俺は三男だし、兄弟の中で一番出来が悪くて家からも期待なんてこれっぽっちもされてない欠陥品だよ」
整った顔立ちで頭もよくて友達もいる雨宮が欠陥品だというなら、私はどうなってしまうんだ。原作で意地悪で嫌われ者で、恋も報われず殺されてしまうというのに。
「俺のことを本気で好きになる子なんていないでしょ」
起き上がり、ベッドに寝転んでいる雨宮を見下ろしながらため息を吐く。
「貴方は本気で誰かを好きになったことはあるの?」
「……どうだろうね」
「私はいると思うわ。貴方のことを本気で好きになる人」
適当に言っているわけじゃない。雨宮は自分で思っているよりも、ずっといろいろなものを持っている人だと思うし、本気で好きになる人だってきっといる。というか、自分がハイスペックイケメンだって自覚をもうちょっと持った方がいいんじゃないの?
「いつか雨宮様も誰かを本気で好きになる日がくるといいですわね」
「君って変な人」
真面目に言ったつもりなのに返ってきた言葉に気がぬける。変な人ってなんだ、失礼だな。
起き上がった雨宮が何故か私の隣に座り、顔を覗き込んでくる。
「でも、ありがとう」
なにについてのお礼なのかよくわからない。原作を読んでいた私でさえ、雨宮の考えは謎で天花寺や桐生のほうが考えてることが顔に出やすいから接しやすい。
雨宮の手が私の頬にそっと触れた。自分の置かれた状況にようやく気づき、離れようと身を引くと今度は腕を掴まれた。
「俺、君のこと結構好きなんだ」
「……さっそく軽い感じで言うのやめてください」
「冗談じゃないんだけどな〜」
「結構ってつける時点でどうかと思います」
先ほどまでの悲し気な微笑みは消えていて、通常運転な雨宮が胡散臭い軽いノリで甘い言葉を吐いてくる。迫れば遊んでくれそうって言われていたのは気の毒だけど、このノリなら女の子取っ替え引っ替えしてそうに見えるわ。
「君はちょっと他の子と違っていて、おもしろいなぁっていつも思ってるよ。一緒にいて楽しい。君といると予想外なことばかり起こる」
「……そうですか」
それよりもこの状況危険だ。あの雨宮が私みたいのに本気で手を出すとは思えないけれど、もしも誰かに見られてもしたら大変なことになる。
「聞きたいことがあるんだけど」
「……なんですか?」
「君さ、本当は浅海奏が女だってこと最初から知っていたんじゃない?」




