隣にいたのは
人の優しさに触れると調子が狂う。私には自分を殺す犯人を見つけて回避するって目標があるから、誰かと親しくなったり心配されたりと親交を深めるつもりなんてなかった。
それなのに『忍法☆すっぱいでござる』という駄菓子食べたさにスミレや瞳と関わりを持ちはじめて、いつのまにか大事な友達になっていたんだ。気づけば浅海さんや天花寺たちとも繋がりができていて、あんな風に体調まで心配してもらうことになるなんて思いもしなかった。
みんなといると楽しいと感じることが多くて、つい目を背けたくなってしまうけれど、自分の未来について考えることをやめちゃダメだ。
暗いテンションを引きずりながら医務室へと足を踏み入れると、私の顔がやつれて見えたらしい先生に体温計を渡されて強制的に椅子に座らされる。熱じゃなくて頭が痛いので薬くださいと伝えても、まずは熱を測りなさいと言われてしまった。
多分熱はないと思うんだけどな。そんなことを考えていると測定終了の電子音が鳴った。
「あら、微熱ね」
「え」
「早退するほどではないと思うけれど、一時間くらいベッドで休む?」
微熱と言われると急に身体がだるくなってきた気がする。寝不足もあるだろうけど、昨日は暖かかったのに今日はぐっと気温が下がったから体調崩したのかな。頭も痛いし、授業受けるのはしんどいから、このままここで休んでしまおうかな。
「先生、ここで少し休んでもいいですか」
「ええ、右のベッドを使って。左は別の人が今寝ているから」
「わかりました」
先生からもらった頭痛薬を二錠飲んでから真っ白なベッドの中に入る。横になると身体の力が一気に抜けていく気がした。
体調崩して保健室で寝ていたなんて蒼に知られたら心配かけるだろうなぁ。普段から蒼には心配ばかりかけて姉らしいことなんてなにもできてない。この間は私の英語の成績があまりよくないからって勉強みてくれたんだよね。
蒼は頭も良くて運動もできるけれど、それはこつこつと努力をしてきたからこそ得たものだ。そんな蒼にお母様もお父様も本当の息子のように愛情を注いでいるのがわかる。今の私からしてみたら嬉しいことだけれど、前世の記憶が戻る前の私はそんな蒼が羨ましくて少し妬ましかった。
こうして雲類鷲 真莉亜として過ごしていくうちに、漫画の中の彼女が歪んでしまった理由がわかる気がした。自業自得な部分もあるけれど、取り巻く環境は彼女に優しくはなかった。
養子である弟の方が出来が良くて親から愛情を注がれていたし、婚約者や伯母には嫌われていて雲類鷲家を名乗るのに恥ずかしい人間と蔑まれていた。特別親しい友人もおらず、片思いは報われることはない。そして、彼女は主人公を苛めることで鬱憤を吐き出し、最後には誰かに殺されてしまう。それを考えると今の私は幸せな環境にいる気がする。
少しうとうとし出した頃、医務室のドアが開かれる音によって意識が戻される。誰かが入ってきた様子はないので、おそらくは先生が出て行ったのだろう。
頭の隅でぼんやりと考えていると、ベッドを覆われていたカーテンがわずかに開かれて、顔を覗かせた人物にぎょっとした。
「どーも。奇遇だね〜」
ミルクティブラウンの髪の持ち主が甘ったるい微笑みをむけてくる。胸焼けしそうになりつつも、あえて顔を引きつらせながら微笑み返す。
「ええ……奇遇ですわね」
災難だ。できればこのカーテンを閉めて、シャットアウトしたいくらいだ。どうしてこう絶妙なタイミングで現れるのかな、この男は。
「熱大丈夫?」
「微熱なので大丈夫です」
「そっか。それにしても、こんなところで君と二人になれるなんてラッキーだなぁ」
嘘つけ。私のこと警戒しているくせしてよくもまあそんな言葉を吐けたもんだ。そもそも雨宮が医務室のベッドで寝ていることが意外なんだけど、もしかしてサボり? 確かこの人頭いいはずだから、少しくらいサボってもへっちゃらなんだろうな。
「あのさ、君に聞きたいことが……」
ドアが開かれる音が聞こえ、雨宮が話を止める。先生が帰ってきたのかと思いきや複数の足音がした。




