毒をそっと吐き出して
天花寺みたいにのほほんとしているタイプや桐生みたいに明らさまに嫌悪感を出しているわけでもない。優しい声音で話しながら、冷たい瞳で私を捉える雨宮は一番扱いづらい。
「……嫌がらせを受けていたからです。他に理由が必要かしら」
「いや〜。でもさ、なんか引っかかるんだよね。君が浅海奏を助けるメリットなんてないし、黙っていても悠みたいなお人好しが助けるはずだ」
「天花寺様はそうでしょうね」
「ほら、君もそう思っているのにどうしてわざわざ動いたの〜?」
実際動いたときには天花寺が動くってこと頭から抜けていたんだけどね。それにしても、なにかなぁこの尋問っぽい嫌な感じは。つまりは雨宮は私が純粋に浅海さんのことを想って助けるような人間には思えないってことか。
「私が理由がなければ動かない人と言っているように聞こえるわ。そして、何かを企んでいてほしいのかしら」
「俺の中でのイメージと今の君がちょっと違ってて違和感があるんだよね。もしかしたら、悠に好かれたくて、裏で何かして」
「雨宮様」
雨宮の言葉を遮り、私は人差し指を彼の唇の前に立てる。わずかに目を細めた雨宮は開いていた口を結んだ。
廊下の窓から琥珀色の夕日が差し込み、私たちに降り注ぐ。目の前のミルクティブラウンの髪が燃えるような茜色に染まり、時間の流れが先ほどよりも緩やかに感じる。
「女は毒を身の内に隠しているものですわ」
人差し指を雨宮の唇に軽く押し当てると、僅かに動かして爪を突き立てる。雨宮と視線をじっと合わせたまま微笑んだ。
「無闇にそれに触れようとするのは、貴方のようなタイプらしくないのでは?」
前世の漫画にこんなセリフがあったなぁと思い出して、ちょっとかっこつけて使ってみた。確かこれは漫画の中の真莉亜が蒼にヒロインに嫌がらせをしているのかと聞いてきたときに、女子の問題に口を出すなって意味で使っていたような気がする。
「俺のようなタイプ、ねぇ」
「ええ。人と常に距離を置いて傍観している臆病で慎重な方のことです」
嫌な顔をされるかと思ったけれど、雨宮は目を見開いて硬直している。
漫画の知識があるから、雨宮の事情も少し知ってる。いつもにこやかだけど、本当は臆病で大事なものができることを怖がっている人。原作で最初はヒロインのこと警戒してて、自分たちの内側に入ってくることを恐れていたんだよね。
「甘い毒だったら、俺は大歓迎だけどね」
「猛毒かもしれませんわよ」
肩を震わせて笑い出す雨宮は顔がくしゃっとなっていて、子どもっぽい笑みだった。いつもは何を考えているかわからないような表面上の笑みって感じがしていたから、こういう一面を見ると少し気が緩みそうになる。
ここは漫画と同じ世界観だけど、この世界にいる人たちはちゃんと生きていて全てが漫画と同じわけではない。だってこの展開だって原作ではなかったはずだ。
「でもまあ……変に疑われているのも嫌なので、雨宮様が知りたがっている真実を教えてさしあげます」
一歩後ろへ下がり、距離をとった。
彼の言う通り、私はただ純粋に浅海さんを助けたわけではない。けれど、何かを企んでいるわけでもない。
「私が浅海くんを庇ったのは、あの中で私が疑われる可能性が一番高かったからです。私が実際にやっていなくとも、誰かに指示してやらせたと思われてもおかしくありません。食堂の件がありましたから」
「あー……なるほどね〜」
「ですから、あの場で動きました。その結果、犯人は私が動いて焦った様子でしたし動いたことは後悔していません。この返答で納得していただけましたか」
「うん、素直でおもしろいね」
どこがおもしろいのかは聞かないでおこう。きっと理解できないから。
言いたいことは伝えたし、これ以上一緒にいる理由はない。主要人物である雨宮はおそらく私を殺す犯人ではないだろうし、これくらいの棘のある態度をとっても命に危険はないだろう。……な、ないよね?
「それでは、ごきげんよう」
急に不安に襲われて、顔を引きつらせながら足早に雨宮の横を通過して先を進んで行く。曲がり角のところで一人隠れるように立っている人物に気がついた。
相手は相変わらず私を睨みつけていて、嫌な感じだ。
おうおう、そっちの方が明らかに悪いのになんでそういう態度とられなきゃいけないんだ。この男とは仲良くなれそうもない。雨宮とも無理だと思うけど。
「立聞きですか」
桐生の目の前に立ち、挑発的な視線を向けて微笑む。
「……怖い女」
「趣味の悪い男」
微笑みを消して睨みあう。先に私に企んでいるんじゃないかって言ってきたのは雨宮だし、失礼なのは向こうだ。
いつまでも睨み合っているわけにもいかないので顔を逸らして、階段を下っていく。どうして桐生ってあんなに嫌な感じなんだろう。いつも眉間にしわを寄せていて、仏頂面で睨んでくる。雨宮の方が扱いづらいけど、桐生も結構面倒くさい。
あー! 言い返してスッキリスッキリ! ……今更わずかに手足が震えているなんて、気のせい……気のせい。こ、怖くないし。ぜ、絶対桐生も犯人じゃないし!




