賑やかなティータイム
「……それで、私に何か話したいことがあるのでしょう?」
雨宮の最初の発言からして、明らかに誰かを探しにここまで来たような口ぶりだった。
彼らとスミレや瞳は接点ないはずだし、ここ最近関わったのはおそらく私だけだろう。とすると、彼らが探していたのは私で何か用事があるはずだ。
「さっき教室に行ったら明石さんがいて、浅海さんに謝罪してくれたよ」
「そうですか。それはよかったわ」
謝罪をちゃんとしたのであれば、浅海さんと明石さんの問題はこれにて一件落着だ。大事にならなくてよかった。
「それでどうしてもお礼を言いたいと話したら、彼が雲類鷲さんはここにいるんじゃないかって教えてくれたんです」
浅海さんはちらりと雨宮を見ると、雨宮は普段通りの甘ったるい笑みを返した。この笑みに女子は弱いみたいだけど、私は甘すぎて胸焼けしそうだ。
「私がここにいることを雨宮様はご存知でしたの?」
ここで集まっていることは私達は誰にも話していないはずだ。それなのに何故雨宮が? 怪しすぎる。
「ん〜、噂でちょっとね」
「う、噂?」
「東校舎でいちごちゃん達を見かけるって聞いたから探してみたらここだったってだけだよ〜」
「いちごではありません。雲類鷲です」
「ごめんごめん、雲類鷲ちゃん」
雲類鷲ちゃんって……いつも名字を呼ばれるときは、さん付けだからむず痒い。
それにしても噂が流れているなんて知らなかった。私達がなにをしているのかは多分バレていないみたいだけど、特にスミレの妙な言動を目撃されないように気をつけないと。……とはいっても今日早速目撃されたけど。
そんなことを考えていると、生クリームを綺麗に洗い流したスミレと瞳が戻ってきた。普段がゆるく巻いたようなふわっとした前髪だからか、濡れた前髪を横に流しているスミレは、いつもよりも少し大人っぽく見える。
「あ、あの先程はその……」
何故だかもじもじとしているスミレが浅海さんにブレザーの袖を控えめに掴んで引っ張った。
「ハンカチ汚してしまってごめんなさい。……ありがとうございました」
「いえ、気になさらないでください」
「……ケーキはお好きでしょうか」
「え!? 好きです」
「よ、よろしければケーキを召し上がりませんか?」
浅海さんは突然の誘いに驚いているようだけれど、スミレとしては恐らく先程のハンカチを汚してしまったお詫びをしたいのだろう。
「いいんですか?」
「は、はい。……あのお名前をおうかがいしてもよろしいでしょうか」
「浅海奏です」
「……私は水谷川スミレと申します」
ぎこちない接し方だけど、スミレからは刺々しさが消えていて浅海さんに対して嫌な印象は抱いていないようだった。
「俺らは混ざっちゃダメかな」
「……どうぞ」
そう言いながらも顔を顰めているスミレからは嫌そうなオーラが漂っている。天花寺に素っ気ない返事をしているスミレは大物だ。他の女子なら頬を染めて喜ぶのに。
こうして妙なメンバーでケーキを食べることになってしまった。
スミレのお兄様が作ったケーキはどれも美味しかった。チョコレートケーキとタルト、モンブラン、あとはチーズケーキも完食。プチケーキとはいえ、食べ過ぎかな。でもまだいける。己の胃袋が恐ろしい。
「わあ……このショートケーキすごく美味しいですね。間に入っているソースも甘酸っぱくて好きです」
「きっと作った方もそれを聞いたらすごく喜ぶと思います」
目を輝かせながら正方形のショートケーキを食べている浅海さんに瞳が微笑みを返した。何故だか瞳が嬉しそうだ。もしかしてスミレのお兄様と仲がいいのかな。
スミレが何かを思い出したように目を見開いて、声を上げた。
「実はこの中にね、ワサビクリームが入っているケーキがあるの。当たった人は完食しなければならない決まりなのよ。うふふ、どなたが当たるかしら」
そういえばまだ誰も当たっていないみたいだ。どうしよう。私もショートケーキ食べたいけど、あれがワサビクリーム入りだったらと考えると躊躇してしまう。
「へえー! ワサビ好きだから俺食べたいなぁ」
天花寺発言にスミレが小さく舌打ちをしたのが隣の私には聞こえてしまった。どうやら浅海さん以外の男子には冷たいみたいだ。
「ふぐっ!」
「スミレ?」
タルトを食べたスミレが表情が歪み、涙目になっていく。これはスミレがワサビーガールになってしまったみたいだ。
「うっ、うぅうう……瞳ぃい」
「ワサビクリームに当たったの?」
半泣きのスミレの背中をさすりながら、瞳が紅茶を飲むように促している。スミレの目の前に座っている桐生が威圧的な眼差しで二人のことを眺めている。ケーキ食べているときくらいにこやかにならないのかな、この人。
「おい、お前自分で言ったよな? 〝ワサビクリームに当たったら完食しなければならない決まり〟だって」
「うぅ……」
ワサビクリームによって気力を削られてしまったスミレは反論ができないらしく、悔しそうに潤んだ目で桐生を睨んでいる。けれど、桐生はそんなことお構いなしに優雅に紅茶を飲みながらスミレを見下ろしている。
「食べ物を粗末にすんな。しっかり完食しろよ」
「きぃいいいい!」
スミレ、猫の皮落としてる落としてる。拾って早くかぶって。
泣く泣くスミレが完食すると、桐生は「お前すっげーぶっさいくな顔してんぞ」と容赦ない言葉を浴びせながら眉間のしわを更に深く刻んだ。桐生は女の子に対してもう少し優しくできないのかな。桐生が辛辣なことを言うたびに瞳の笑顔が引きつっている気がする。おそらく言い返したいけど、相手が相手だし抑えているのだろう。
「わ、俺もワサビクリームだ! やった!」
今度は天花寺が引き当てたらしい。けれど、ワサビが好きらしい天花寺はとっても嬉しそうに食べている。それが気にくわないらしいスミレは口を歪めた。
「あれが……美味しいなんてどうかしているわ」
「ええ! だって、辛味と甘味の絶妙な組み合わせが美味しいよ」
スミレがワサビを苦手だっただけで、案外ワサビケーキって美味しいのかな。でも、私も辛いの苦手なんだよなぁ。
「真莉亜! この男頭おかしいわ! あんぽんたんってこういう男のことを言うのね!」
あんぽんたんはブーメランだ。こそっと私に言っているつもりだろうけど、多分本人にも聞こえてるから。
それに相手は女子に一番人気の男子。他の女子に聞かれたら、いくらスミレでも大変なことになってしまう。とりあえず落ち着け。ワサビクリームを食べてから、猫の皮が完全に落としてしまっている。
桃のタルトは食べたので、今度は気になっていた苺のプチタルトを食べてみよう。それにしてもパティシエ志望のスミレのお兄様ってどんな人なんだろう。瞳はああ言っていたけれど、いまいちどんな人なのか掴めない。
「……ふげぉっ!?」
鼻をワサビがつーんと刺激して、咳き込む。どうやら私もついにワサビクリームを引き当ててしまったらしい。くっ、苺のプチタルトのカスタードクリームの下に敷かれた生クリームはワサビ入りだったか!
「うわはははははっ! 真莉亜っ、変顔しなくていいのよ! だめ、おもしろすぎっ」
変顔してねーよ!
みんな私の方を見て吹き出したり、笑いを堪えたりしている。そんなに酷い顔してるの!? あ……でも唯一桐生は眉間にしわを思いっきり寄せている。この人の笑ったところって見たことないな。
それなりに人数がいたのできちんと完食をして、日が暮れないうちに第二茶道室を出た。
このメンバーでケーキを食べることになるなんておかしな日だったけれど、案外こういう日常も楽しかったかもしれない。
スミレの猫かぶりはバレてしまったけど、この人たちならわざわざ言いふらすこともないだろうし、第一他の人たちはすんなりとは信じないだろう。普段のスミレとは全く違うし。
最後に茶道室を出て戸締りをしていると、足元にゆらりと影が落ちた。
「ねえ」
耳を擽る甘ったるい声。私はできるだけ動揺を悟られないようにゆっくりと息を吐き出してから、振り返る。
「どうして浅海奏を助けたの?」
彼が私に向けてきたのは、好奇心と警戒心が入り混じったような決して胃に優しくはない微笑みだった。




