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水谷川家の試作



 第二茶道室へ着くと、甘い香りが鼻腔をくすぐった。


「……なにこれ」


 目の前に広がる光景に顔が引きつってしまう。

 和室がケーキ屋さんのようになっていて、一口サイズの色とりどりのケーキが猫足のケーキスタンドトレイの上にぎっしりと並べられている。しかも、トレイは五つもある。


「真莉亜! 今日はプチケーキパーティーよ!」

「これ……どうしたの?」

「さっき家の者に持ってきてもらったの! 和室にケーキってちょっとおかしいわね! うふふ。和と洋が織りなす絶妙な空間での女子会っていうのも楽しくていいとスミレは思うのそれでね、スミレ的には今日は」

「上履き脱いでいいかしら」


 まさかスミレはこの量を三人で食べようとしているわけじゃないよね? さすがに三人でこのケーキの量を食べるのは無理があると思うんだけど。


「そうそう、この中にワサビクリームが入っているのが何個かあるわ!」

「はい?」

「うわははは! ワサビクリームに当たっても全て完食しないといけないわよ! さぁて、ワサビガールは誰かしら〜!」


 ワサビクリームって考えるだけでも恐ろしい。私、辛いの苦手なんだけど。瞳が止めてくれないかなぁと横目で確認してみたけれど、もう諦めたといった様子で突っ込む気すらないみたいだ。


「ワサビクリームってね、好きな人は好きみたいなの! だから、これを機に新たなスイーツと出会えるかもしれないわ!」

「生クリームとワサビって合うの?」

「スミレのお兄様は嬉しそうに食べてたわ」


 スミレのお兄様だから味覚が正常とは限らないと思う。


「実はね、これは水谷川家の試作スイーツなの!」


 水谷川家ってスイーツ関連の事業もしているのかな。と考えていると、瞳が察したのか「スミレのお兄さんの一人がパティシエ志望なんだよ」と説明してくれた。


「三番目のお兄様は水谷川家の会社には入りたくないみたいなの。お父様は反対しているけれど、こうして反発して家でケーキ作りまくってお父様の部屋に毎日のように運んでいるわ。半分嫌がらせね」


 まずスミレにお兄様が三人もいたことに驚いた。スミレがこんなに自由人に育ったのは彼女のお兄様たちの影響が強いのかな。どんな人たちなんだろう。


「スミレはお兄様と仲がいいのね」

「え? やだわ」

「え」

「あんな鬼畜外道達、だーいっきらいよ!」


 スミレから出てきた言葉が予想だにしないものだったので、口が半開きのまま瞬きを繰り返す。ケーキを貰うくらいだから三番目のお兄様とはてっきり仲が良いのかと思った。


「スミレのお兄さん達はいい人なんだけど……変た、変人だから。スミレはよく泣かされていたんだ」


 今、瞳……変人の前に何か言いかけたよね。


「しかも、その様子を恍惚と眺めて喜んでいるような人でさ」

「それはちょっと変態ね」

「……まあ、でも歪んだシスコンなんだけどね」


 見てみたいような、見たくないような。複雑な気持ちになりながらも、お兄様の話には興味ありませんといった様子のスミレがお皿とフォークを準備している。案外スミレも苦労しているのかな。


 ケーキを囲むように三人で正座してフォークを片手に息を飲む。ワサビクリームのケーキには当たりたくないけれど、どれがワサビクリームが入っているケーキなのが全く見分けがつかない。


「真莉亜、瞳。……準備はよろしくて? いくわよ」


 まずはスミレがケーキを選ぼうとした瞬間だった。

 普段は私達以外が放課後に訪れることはなかったはずの第二茶道室のドアが濁音まじりの音を立てて開かれた。





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