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ややこしくする人



 私が見ていることに気づいたスミレが何故か真顔で頷いてから教室へ入ってきた。その後に続いて瞳も入ってくる。二人が教室に来るなんて珍しいけれど、第二茶道室へなかなか来ないから探しに来たのかもしれない。


 振り返った明石さんは青白い顔をしてたじろぎ、口元を手で覆った。手が小刻みに震えていて、更に涙が溢れ出ている。この状況で『花ノ姫』のスミレと瞳までやってきたら自分はどうなってしまうのだと怯えるのは当然だ。

 スミレは微笑みを浮かべて、薄紫のハンカチを明石さんに差しだす。


「涙をお拭きになって」

「ス、スミレ様」

「相手も鬼ではないわ。誠意を持って謝罪をすれば、許してくれますわ」


 あれ? スミレ達って浅海さんへの落書きのこと知っていたのかな。それにどうして明石さんが犯人ってわかっているんだろう。もしかして、天花寺に聞いたとか? いやでも、スミレが男子と喋るかな。


「『もう泣かないで』」


 スミレはポケットから取り出したテディベアのキーホルダーを両手で持つと、小首を傾げた。


「えっ!?」

「うふふ、可愛いテディベアでしょう。この子はスミレのお友達なの」


 小学生かって突っ込みたくなるくらい子どもじみた慰め方だけど、スミレだから可愛らしくて許せてしまう。一言で言えば、可憐。……これがスミレ。もう一度言う。これが〝あの〟スミレ。


「涙が止まってよかったわ。もう泣かないで? 目が腫れてしまうわ」

「そうだね、可愛い顔が台無しだよ」


 猫かぶりのスミレと女たらしの瞳のコンボ技に明石さんは頬を染めて、口をぱくぱくとさせている。


「大丈夫ですわ」


 スミレは明石さんの肩にそっと手を乗せると、慈悲深い口調で話を続けた。


「こんなに泣いて反省しているのですもの。少しキツそうで怖そうで、冗談が通じなさそうに見えるけれど話せばわかってくれるはずだわ」


 一体誰の話をしているんだ。


「スミレも最初は怖くて、なかなか声をかけることができずにいましたわ」


 これはおそらく浅海さんのことじゃない。何かとんでもない誤解している気がする。



「真莉亜、そろそろ許してあげて」


 はい!? 私のことだったの!?

 薄々嫌な予感はしてたけど、そんな風に見られてたのか。まあ、教室で二人っきりでいて片方が泣いていて、もう片方は私だとそう見えなくもないかもしれないけどさ。


「ち、違うんです! 真莉亜様は何も悪くないんです」

「大丈夫よ」


 慌てて否定して首を横に振る明石さんにスミレは聞く耳を持たず、「そんなに怯えないで」とか言って話を全く違う方向へ進めようとしてくる。


「真莉亜、スミレは全てお見通しよ!」


 何にも見通せてないけど。


「スミレ、ちょっとストップ。二人の事情をきちんと聞こう」


 そう言ってくれた瞳によって、私と明石さんは本日起こった出来事を話して誤解を解いた。スミレの顔色はみるみる青ざめていき、私からの冷たい視線から逃れるように俯いていた。



 明石さんには今後浅海くんに嫌がらせをしないという約束をして教室で別れ、スミレと瞳と三人で第二茶道室へ向かう。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいいいいいい」

「はいはい」

「うわぁああ怒らないでぇええ真莉亜んんん」

「マリアンって誰かしら」


 私の腕に巻きつきながら、半泣きで謝罪してくるスミレを見下ろして片方の口角をつりあげる。


「キツそうで怖そうで」

「うっ」

「冗談が通じなさそうに見える……のよね?」

「いやあぁあああジョークです! スミレジョークです! Hey!」


 先ほどの可憐な微笑みが嘘のようだ。凄まじい顔だし、おまけに鼻水垂れそう。瞳がポケットからティッシュを取り出して、スミレに渡してあげている。……お母さんと子どもみたいだ。


「はあ……別に怒っていないわ」


 巻きついてきて重いし五月蝿いのでとりあえず怒っていないことを告げると、スミレは目を見開いて嬉しそうに笑った。腕から離れてくれたので、解放されて一気に歩くのが楽になる。

 その隣で瞳が申し訳なさそうに「ややこしくしてごめんね」と謝った。ややこしくしたのはスミレだけです。






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