丸窓には要注意
「雲類鷲さん、さっきはありがとうございました」
ホームルームが終わり、浅海さんに呼ばれて廊下の端っこまで連れて行かれた。
「いえ……私もついカッとなってしまって……驚かせてしまってごめんなさい」
あの時はついつい攻撃的になり、刺々しい言い方になってしまった。でもまあ、私に疑いをかけられるよりはマシだ。原作通りに私が疑われてたまるもんか。
「雲類鷲さんが消してくれたとき、嬉しくて……それにすごくかっこよかったです」
「え」
「本当にありがとうございました」
自分が疑われないようにとか不純な気持ちもあったので、目の前の純粋な浅海さんを見ていると少し胸が痛む。
「うん、雲類鷲さんかっこよかったよね」
「えっ!?」
振り返れば、いつの間にか天花寺が立っていた。のほほんとした微笑みを浮かべている天花寺がちょっとアホっぽく見えるのは気のせいだろうか。
それより、なに立聞きしてんだ。
「悪化しないうちに犯人を探したいんだけど、雲類鷲さんはあの状況からして誰が犯人だと思う?」
「犯人、ですか」
そういえば、原作だと天花寺が解決するんだよね。でもまあ、これって案外犯人って簡単に見つかる。というか、冷静に考えたら犯人って絞られるもんなぁ。
黒板に書かれた『消えろ庶民』という文字。
『あの、私が日直で一番に登校したのですが、その時は既に書いてありました』
『今朝は私が鍵を開けたのに……不思議ですよね』
本日の日直は、登校した時には既にあったと言っていた。
『私が昨日の放課後に教室の日直で戸締りをした時にはありませんでした』
昨日の日直は戸締りする時にはなかったと言う。
そして、真新しい白いチョークが少しだけ欠けていた。
「本日の日直の方が怪しいと思います」
「え、どうして日直なんですか?」
不思議そうにしている浅海さんに対して、天花寺は「へえ」と感心した様子で私のことを見てきた。この様子だと天花寺もわかっているみたいだ。
「本日の日直の明石さんが登校した時には既に書いてあったというのは、おそらく嘘でしょうね。書いてあるはずがないもの」
「えっ、どういうことですか?」
「浅海くんは、まだ日直をされていないからご存じないかもしれないけれど、この学院では日直が足りない備品を補充するのよ」
まあ、私も漫画の知識があったから、すぐに犯人を思い出したんだけどね。
「黒板には、白いチョークで書かれていたわ。そして、教室にある白いチョークは新品で、ほんの少しだけ欠けていた。前日の朝に替えていたなら白はよく使われる色ですし、もっと削れていたはずですわ」
「な、なるほど……」
「浅海くん、この件は私に任せてくれないかしら。明石さんに直接話をしてみるわ」
私が覚えている通りなら、ここは私が話をしに行く方がいい気がする。この件は私が解決するんで、どうかお二人は恋を育てておくれ。
そんなこと任せるのは申し訳ないという浅海さんに笑顔の圧力をかけて、強引に私に任せてくれと言って押し通した。その代わり、浅海さんから伝言だけ預かっておいた。
しゅぱぱっと済ませてやる!
放課後になり、早速明石さんに声をかけて教室に残ってもらった。今日は彼女が日直なので、戸締りも彼女だし二人っきりで話すのは都合がいい。
「あ、あの……真莉亜様?」
不安げな眼差しを向けてくる明石さんはおそらく既に何か察しているようだった。
「明石さん、黒板の件ですけど」
「……っ」
「明石さん?」
「っ、申し訳ございません! 真莉亜様は全てお見通しなのですよね。ですから、朝に私に声をお掛けになったのですよね」
いや、違うんだけどね。あのときは犯人思い出していないし。そう思ってくれたならそれでいいけれど。もっと原作ではもっと取り乱していて、浅海さんを罵倒していた気がしたから私だけで話し合おうと思ったんだけど、案外あっさりと認めて反省しているように見える。
「浅海くんが真莉亜様にスープをかけたことが許せなくて、私……っ」
確か原作だと雅様にスープをかけたことや、天花寺に声をかけられていたことが許せなかったんだよね。明石さんはミーハーで花ノ姫や天花寺たちのファンだったはず。今回は私にスープがかかったから、きっかけが私になったのかな。
「明石さん、浅海くんももう貴方が犯人だということを知っているわ」
「えっ!?」
「それでも、浅海くんは今後しないと約束できるのであれば、この件は他の人には言わないと言っていたわ」
こういうところがお人好しでいい子なヒロインなんだよね。前世でも、浅海さんは読み手からあまり憎まれない少女漫画ヒロインだった。
泣きじゃくる明石さんを宥めようと、肩に触れようとした時だった。私は顔を引きつらせたまま硬直した。
教室のドアの丸窓から、不審人物の姿が見えたのだ。
……あれは、やばい。恐ろしいくらい目を見開いて、私と明石さんを見ている。ものすごく怖い。まるでホラーだ。
「あ、あの明石さん」
「真莉亜様……っ、ごめんなさい」
「いえ、その……」
お願いです。泣き止んでください。
スミレがめっちゃ見てます。




