甘酸っぱい予感は……
高等部に上がり、いよいよ私の命を握る日常が始まってしまった。そして、自己防衛のためにあるものを装備する時がやってきたのだ。
じゃじゃじゃじゃん、じゃじゃーん!
その一、ペン型ビデオカメラ
危険があった場合、これで撮影して犯人の顔を映すわ! たとえ、防げなくともただではやられないわよ! ちなみにこれは携帯電話と繋ぐことができるので、遠くから監視することもできる優れものなのだ。
その二、ブローチ型ボイスレコーダー
犯人が接触してきた際に、これも役立つ可能性があるわ! 薔薇のブローチだから私がつけていても変に思われないはず! おまけにライトも搭載よ。暗いところに閉じ込められたとしても、これがあれば明るいわ!
あとは足も腕も鍛えているところだし、襲われたとしても今の私なら戦える気がする! とはいっても、漫画の中だと私は三年生になってから死ぬんだけどね。
もう一度情報整理する必要があるよなぁ。一体漫画の中では真莉亜が誰に恨みを買って殺されるんだろう。刺されて階段から落ちるんだよね。刺すようなキャラかぁ……怪しいのは『花ノ姫』のお嬢様かな。プライドが高くて、癇癪持ちの人がちらほらいるし。実は揉めてたとか。弱みを握られたとか?
あとは、ヒロインやその周囲のヒーローはおそらく外れるだろうし。久世もなぁ……真莉亜が邪魔で殺害なんてしなくても卒業したらお互いに婚約破棄したいはず。いや、でもそれがなかなか上手くいかなくて、お前と一緒になるくらいなら殺したるー!ってこともありうる!? なにそれ、怖い。く、久世怖るべし! ……ってまだ犯人かはわからないけど、警戒はしておこう。
高等部に上がって、早速同じクラスに浅海奏を発見した。そうだった、漫画の中でも同じクラスだったよね。
黒髪のショートヘアで可愛らしい外見だけれど、男物の制服を着ているので性別を偽っていると疑う人はいないだろう。というか、そもそもこの学院に女は女ものの制服しか着てはいけないって決まりはないから、校則違反じゃないんだよね。
家の金銭面の事情を知っているから先生達もなにも言わないのだろう。まあ、ここの教師はあまり生徒たちのことには口を出さないし、興味もなさそうだ。気位の高い人たちも多いから下手に口を出して面倒ごとにはしたくないのだろう。
それと同じクラスに天花寺悠も発見した。目立つ目立つ目立つ! キラキラとした王子様オーラを醸し出していて、女子達が頬を染めながら彼のことをチラ見している。
おそらく漫画の中の真莉亜もその中の一人だったのだろうな。……確かにかっこいいけどさ。だけど、残念ながら彼のヒロインは既に決定しているのだ。
さてと、最初に起こる出来事はなんだったかな。うーんと…………そうだ! 綾小路雅に食堂でスープぶっかけ事件だ。あれは絶対に回避したほうがいい案件だ。今日から食堂は解放されているし、事件は今日の昼に起こるのかな。
そんなことを考えていると、視線を感じたので斜め後ろを見遣る。すると、天花寺と目が合ってしまった。驚いた様子で目を見開いた彼はすぐさま恥ずかしそうに顔を逸らしてしまう。
え、やだなにこれ、何か甘酸っぱいものが始まっちゃってるの!? 原作とはかなり違った展開になっちゃうよ!?
昼休みになり、スミレ達との待ち合わせ場所である食堂へ向かおうとしていると、天花寺に声をかけられた。
こ、これはますます何かが起こる予感! や、やだ、どうしよう心の準備が!
「あの、雲類鷲さん」
「は、はい」
照れくさそうに頬を染めている天花寺。何か言いたげで、これは期待するなという方が難しい。でもでも、天花寺はヒロインと結ばれるはずなのにこんな展開ありなの? それとも後々、「やっぱり君は無理だ」とか言われて、浅海奏に乗り換えられちゃうパターン!?
うわあああ、なんて答えればいいんだろう!
「ずっと伝えなくちゃって思っていて……」
薄茶色のサラサラな髪にくっきりとした二重の正統派イケメンな天花寺。これはときめかずにはいられない。
「雲類鷲さんの………………パン」
「……パン?」
「ツ、見てしまってごめんなさい!」
それかーい!! はい、もう穴があったら埋まりたい。
私のパンツを見てしまった約一年前の出来事を今更謝罪って! しかも、あれは風のせいだし。わざわざ謝らなくていいし! てか掘り返すな!
「天花寺様」
余程照れくさかったのか真っ赤な顔をした天花寺をキッと睨む。
「天花寺様が気にしてくださったお気持ちはわかりました。けれど、女性にわざわざそのようなことを伝えるのはいかがなものかと」
「えっ! ごめん!」
はあ……本気でパンツ謝罪したかったんだね。謝りたいって優しい気持ちはわかったけど、でもデリカシーに欠けてるよ。
「その……私も恥ずかしいので」
「う、うん」
「忘れてくださると有難いです」
「そ、そうだよね。気が回らなくてごめん」
わかってくれたようで、天花寺は申し訳なさそうに謝るとふらふらとした足取りでどこかへ行ってしまった。浅海さんを口説くまでにはデリカシーを身につけてね。漫画の中ではもう少しカッコよくて紳士だったから、きっとなれるはずだ。
こうして私のときめきは、いちご収穫事件によって打ち消された。




