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26、人殺し

 ……結論から言うと、死んだ。だから事実をそのまま述べただけなのに、ダメだったらしい。理不尽だ。






 頼みを承諾した翌日、私はエルに連れられて一軒の民家にやってきていた。途中で合流したいつかの女性医師も一緒だ。この家の人間……若い娘らしいが、その女が魔熱にかかり、もう何日も目を覚まさないらしい。衰弱も激しく、このままでは死ぬ可能性が圧倒的に高いため、最後の希望として魔力を注ぐという荒療治に出ることを家族が選択したのだという。


 さんざん家族との話し合いはしたんだろうに、家にいた患者の両親と妹に、医者は再び説明を始めた。魔力を注ぐという治療を施すことによって死ぬ可能性もある、むしろそうなる可能性の方が高いが了承しておいてくれ、と。


 彼らはそれに是と答えたのだ。それは私も一緒に、確かに聞いた。


 だから望み通り、魔力を分けてやった。そうしたら、娘はやっぱり死んだ。皆の、そして私の予想通り、あっさりと死んだ。ただそれだけなのに。


「もう一度言ってみろ、この人でなし!」


 私に食ってかかる死んだ娘の妹に、私はため息をついた。娘の妹はエルに取り押さえられながら涙を流して私を糾弾する。突然私に暴力を振るおうとしたので、エルが慌てて押さえたのだ。


「今のをもう一度言えと? ……やはり死んだな、魔力を一気に注ぎすぎたかもしれない。次はもっと上手くやろう。……こうか?」


「馬鹿正直に繰り返すなミコト! とりあえず外に出ててくれ」


 エルに怒られた。ちぇっ、言えと言うから繰り返してやっただけなのにな。娘が死んだのを確認して今のセリフを言ったら、娘の妹が激昂したのだ。あーうざいうざい。こうなるだろうことは医者が説明していたし、それでもお願いしますと頼んできたのはそっちだろうに。


 娘の妹はなんとかエルを振りほどいて私に殴りかかろうとしているし、行動に移していないとはいえ両親も射殺しそうな目で私を見ている。女性医師は彼らを必死で宥めているというか謝っている。


「わかった、外にいる」


「待て人でなし、訂正しろ!」


 甲高い声で騒がれて、私はうんざりと娘の妹を見た。


「何を?」


「何って……人の心がないの⁉︎」


「死んだのは事実だろう、訂正もクソもない。そしてこうなることを知りながら私にそれを頼んだのはお前らだ。私はお前らが望んだことを代行してやっただけだが?」


「…………」


 娘の妹は黙ったが、納得したわけではないのはその表情から明らかである。絶句している、というのが正しい表現だろうか。


「……人殺し……」


「まあ、そうだな。死んだものは死んだ。だが何度も言うが、お前らがそれを私に望んだんだろう」


「ミコト」


 間違ったことを言った覚えはないのだが、静かに私を呼んだエルに外に出るよう目線で示されて、家を出た。その瞬間、ポツリと水滴が頭に降ってくる。この家に入った時には降っていなかった雨が降り始めたようだ。準備のいい者は防水加工の施されたローブ型の雨具を着て、そうでないものはバタバタと急ぎ足でどこかの建物に入っていく。小さな子どもに雨具を着させた父親らしき男が、自分は適当な上着を頭から被りながら手を繋いで歩いていった。そこらで遊んでいたらしい子ども二人が、わーわーと騒ぎながらピョコピョコと飛び跳ねていった。


「……ふん」


 私は多少濡れたって風邪など引かないから大丈夫だ。髪の毛と服が遠慮なく肌に貼り付いてくるのを、イライラと払った。毛皮がないから簡単に冷たくなってくる指先や足先に腹が立つ。こういう面では、人型というのは本当に使えない。耐えられない冷たさではないが、ふよふよと狐火を浮かべてやりたい気分だ。……ここでそれをして待っていたら、エルはどんな顔をするだろうか。


 私はため息をついて馬鹿な考えを吐き出すと、壁に背を預けた。しばらくぼんやりとしていると、歩いていた人々はほとんどいなくなっていた。


 それから私の体感では結構な時間が経ってから、ドアが開いてエルと医者が出てきた。


「え、雨……」


 呟いたエルが慌てて左右を見回したので、そちらを見ていた私とばっちり目が合う。


「ちょ、ば、ミコト! ずぶ濡れじゃんか!」


「……別に。雨具を携帯するようなマメな性格ではないし、風邪を引くような柔な体もしていない」


「悪かった、こんなに雨が降ってるなんて」


 駆け寄ってきたエルにため息をつく。


「エル、濡れるぞ。風邪を引く」


「お前に言われたくねーよ濡れ鼠」


「狐だ」


「知っとるわ」


 言いつつ、エルは自分の上着を脱いで私の肩にかけてくる。


「馬鹿か。私は既にここまで濡れているのだから、今さら変わらない。エルが濡れないために使った方がいいんじゃないか」


「気分の問題だよ馬鹿」


「ばーかばーか」


「ああもう、びっしょりじゃんか……」


 無視された。エルは私の服や髪が水を絞れる状態なのを確認している。ここで絞っても仕方ないぞ、現在進行形でまた濡れるからな。というか、こうしている間にもエルがどんどん濡れていっているので早く移動したいところなのだが。


 ちらりと家の入り口を見ると、死んだ娘の父親が出てきている。あの状況をどう収めたのかは知らないが、娘の妹と母親は見当たらない。入り口付近で父親が、雨具をしっかり着た医者と何やら話しているので、動くに動けないのだ。いや私としては置いて帰っても全く問題はないのだが、エルが当然のように待つようなので一緒に待っているというべきか。


 早く終わらないかなと思いながらそちらを見ていると、ふと娘の父親と目が合った。彼は一瞬顔を顰める。ふむ、お前も私を責めたいお年頃か。思っている分には構わないが、もし今後私に迷惑をかけるようなら何かしら考えないといけないな。馬鹿正直に真っ向から殺したらエルやアンジェが嫌がりそうだしな。やるなら暗殺になるか、面倒な。拉致して森の奥に捨ててくれば楽か。


 無表情の下でそんなことを考えながら見返していると、父親が家の中に引っ込んだ。話が終わったのかと思ったが、医者が動かない。仕方なく少し待っていると、もう一度ドアが開いて父親が出てきた。彼は持ってきたタオルを袋に詰め込み、無愛想に医者に押しつけながら一言二言喋ると、最後に軽く会釈をしてドアを閉めた。医者の女性は閉まったドアに一度深く頭を下げてからこちらへやってくる。


「このタオル、貴女へらしいです。あまりにも濡れているから、と」


「……私に?」


 私を責めたいお年頃なんじゃなかったのか。


「娘さんが亡くなったのが貴女のせいではないことは、彼らもわかっているのですよ」


「……ふん」


 私が袋を受け取るのを確認して、医者はエルに目配せをした。エルが頷いたので、彼女は軽く頭を下げる。


「それでは私はこれで失礼します」


「わかりました、お疲れ様でした。ミコト、俺たちは騎士団の駐屯所に行くぞ」


「わかった」


 女性医師の去っていく背中も、横を歩くエルの表情も悲しげだったのが、印象的だった。……もしも、あの娘を助けられていたら、エルはこんな顔をしなかったのだろうか。私が外に出た後、二人はあの家族に何を言われ、何を言ったのだろう。あの娘の死は、二人にとっては私以上にどうしようもないことだったのに、きっと謝ったんだろうな。何も悪くないのに。


「……エル」


「なんだ?」


「お前も私を責めるか?」


 何気なく聞いただけなのだが、エルは足を止めた。雨足は強まっているのに。


「あの女の人は助けられなかったけど、ミコトがやったこと自体は何一つ間違ってない。……でも」


 エルはそこで、悩むように言葉を切る。言葉を探しているようなので根気よく待つと、エルは少し寂しそうな顔で言った。


「でも、ミコトがもう少し優しくできたら……俺は嬉しかったかな。そりゃ、文化や考え方の違いは、あるんだろうけどさ」


「……優しく?」


 全く面識のない奴らなのに。でもよく考えたら、私の立場にいたのがエルやアンジェなら私のような態度は取らなかっただろうとは思う。


「だって俺たちに対しては、ミコトは優しいだろ」


「そもそもの関係が違うだろう。エルたちは大事だ。……その、一応」


「そうか。えっと……まあそれは、純粋に嬉しいけどさ」


 答えながらエルが再び歩き始めたので、私も付いていく。特に話しかける理由も見つからず、私たちはただ無言で駐屯所に向かうのだった。

ついになろうコン大賞をキーワードにつけてしまいました…

ドキドキ。

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