18、連絡
『私のな、気に入った人間が、町にいるんだ。だから町には手を出すな。そいつらは騎士だから、お前らを見かけたら喧嘩を売ってくるかもしれない。けれど、グレン。お前とぶつかったりしたら、どう考えても返り討ちだ。だから、そうなる前に森から出て行け。と、そういう話だ』
「……まあ、命に比べたら安い要求っちゃ安い要求だけどな」
一度負けを認めたグレンが再度戦闘に入ることはなさそうだったので、私も戦闘態勢を解いてあくびを漏らす。ああ、眠い。今は深夜だ。
「おい、狐。お前、気ィ抜きすぎだろ」
『うん? 大丈夫だ、襲われたら最低限反応できる程度には気を張っているし、見ての通りお前との距離も取っている』
「十メートルくらいしかないだろうが」
『何とかなる。それに、ここで不意打ちしてくるような性格ならとっくに殺して首をいただいている』
お前がそんな性格じゃないから、葛藤したんだろうが。
首については、仕方ない。オーガの群れが森にいないという証明はできないが、あまりにも目撃情報がなければそのうち特別警戒もやめるはずだ。最低限、エルたちがオーガに殺されることはなくなった。それでいいにしよう。森に出る時には、極力私がついていってやるという手もある。それで、最悪の事態だけは回避できるはずだ。アンジェの治療法を騎士団で探すことが困難なのは変わらないかもしれないが、もともと騎士団はそんな組織ではないしな。騎士団が協力したからって、治療法が見つかる可能性が劇的に上がるわけではない。グレンを殺したら絶対にもやもやするだろうし、それで得られる利益は、治療法が見つかる可能性がほんの僅かに上がることだけ。つりあいがとれない。
『ああ、そうだ。念のために聞くが、お前ら、魔熱病というものを知っているか?』
「マネツビョウ?」
首を傾げたグレンがザンギに目をやるが、彼も首を横に振った。
「知らねぇ。なんだ、それ」
『まあ、そうだよな。人間のかかる病だ。魔力のない者がかかるらしい』
魔力のない魔物なんていないからな。そりゃ当然、知っているわけもない。
「それがどうしたんだ?」
『いや、なんでもない。もし知っていたら情報が欲しかっただけだ』
私はおもむろに立ち上がった。
『私は人間の町に戻る。お前らは……そうだな、日が昇り切るまでにこの森を出て行け』
「おい、あと何時間もないじゃねェか」
『明日になったら騎士団が森に来るかもしれないんだよ。目撃されたら面倒だろうが』
「チッ……わーったよ」
グレンは面倒そうに頭をかく。
『それでは、その……悪かったな。と、思わないこともない。お前が切り落としてくれた尾は置いていくから、好きにしろ』
傷口が塞がったので、水魔の尾を元通りに伸ばした。
私の尾はほとんどが毛皮だが、少しは肉の部分もないわけではない。グレンにとってすらも格上な私のことである。たとえ少量でも、こいつら……というか、魔物全般にとっては一応価値あるものなのだ。具体的にどうするのかはあまり語りたくないが。
『では、な』
これ以上ここにいても、することはない。グレンのことだから、言われた通りに朝までに森を出てくれることだろう。私は振り返らずに、街の方向へと夜の森を駆けた。早く戻らないと、私がいないことにエルたちが気付く可能性が高まる。
駆けながら、偶然小川を見つけたので足を緩めて歩み寄った。ここはまだ森の中なので、あいつの感知圏内のはずだ。水魔の尾を水に突っ込み、魔力を放出して流れを乱す。この場所に意識を向けさせるためである。
『ウンディーネ。解決したぞ、情報感謝する。オーガの群れは明日までに出て行くことになった。私は町に戻る。ではな』
返事は期待していないので一方的に告げて背を向けかけたところで、水が不自然に波打った。
『……ち。き……て、……ミ……』
『なに……?』
この途切れ途切れの念話は、慣れ親しんだウンディーネのものだ。この場所は森の中心の泉からかなり離れているので、本体はあくまでも泉にいるウンディーネは、感知はできても影響を及ぼすことは難しいはず。それが、無理に念話を送ってきている? ……どうでもいい内容のはずがない。
私は慌てて供魔の尾も水に突っ込み、魔力を送りつつ水魔の尾でウンディーネの手助けをしてやった。水が盛り上がって人間のような姿を作るが、泉で見たような美しい造形のものではなく、控えめに言っても出来の悪い泥人形のような形のものが出来上がった。
『ミコ……ち、聞こ……る?』
『ああ、大丈夫だ。どうしたんだ?』
『森……くに、にん……んがき……る……いな……よ〜。』
『悪い、聞き取れない』
こちらから向こうへはしっかりと通じているはずだ。私は送り込む魔力の量を増やした。これでダメなら、町から方向はずれるが、泉に向かって少し近付いた方が早いかもしれない。
『森の近くに、人間が来てるみたいなのよ〜。街の方から〜』
今度ははっきりと聞き取れた。だがそのことに安堵する前に、内容に青ざめる。
『人間が……って、今は深夜だぞ⁉︎ 人間はまともに夜目も利かない。こんな時間に、森に来てるやつがいるのか? 迷ったとか、そういう感じではなく?』
『あくまでも森の近くに、よ〜ぉ。森に入る前、街道のあたりにいるみたい〜。本来は私の感知圏外だから詳しくはわからないけど、周囲の魔物が騒がしいのよ〜。街道にいるなら、迷子ってことはないわよね〜?』
この時間に、人間。森に用があるとしたら、……まさか。
『私、少し嫌な予感がするわ〜。なんか雑魚に襲われてるっぽいし、ちょっと見てから帰ることをオススメするわよ〜』
『わかった、街道だな。ありがとうウンディーネ』
『いいのよ〜。私とミコっちの仲じゃないの〜』
『……今度、何かしらの礼はする』
返事は聞かずに尾を水から引き抜くと、歪な水人形はあっけなく崩れ落ちた。ウンディーネは無理していたはずだ。本当に、礼を考えなければいけないな。
街道方面に駆ける途中、そちらを意識していると、何やら騒がしいのがわかった。ウンディーネは人間が襲われていると言っていたから、それかもしれない。
速度は緩めずに森を駆け抜けて、そこで私が見たのは、ランク4の黒大鷹二羽だった。ククリの相棒であるナイトバードの上位種である。順当にいけば、あいつも次はこれになるはずだ。こいつらは、おそらく番だろう。そして、その獲物として定められたのであろう人間が二匹。
『……チッ』
その状況に心の底からの舌打ちをこぼして、夜行性の大型鳥であるノワールホークはもちろん、人間たちにもわかるように狐火を伴いつつ、私はその場に割り込んだ。
ノワールホークの番は危険だ。ナイトバードと同じようにランクの割に戦闘能力は低いが、こいつらは空を飛ぶ。人間の持つランプだけに光源が限られた中で、連携して襲ってくる二羽の鳥を倒すのは難しいだろう。最初の数回の接敵で素早く倒せる実力がなかったということは、あとは持久戦に持ち込まれて消耗していくだけだ。夜行性で夜目の利くノワールホークの側からはしっかりと人間を認識できるが、人間からノワールホークを認識するのは難しい。空を舞うノワールホークは自分たちのタイミングで攻撃を仕掛けられるが、人間たちはそれに合わせてカウンターをしかけるしかない。つまり、ずっと気を張っていなければならない。かなり大きなハンデである。
『貧弱な人間が、何故こんな時間にうろついている』
私はその二匹、いや二人の人間に声をかける。ノワールホークの番は怯えたように高く高く舞い上がり、上空で旋回を始めた。しばらく名残惜しげに旋回していたが、見上げて睨んでやるとすぐにいなくなった。
「……尾が九本ある、狐……。お前、まさかこの森の主か……?」
『質問に質問で返すな! 何故こんなところにいる!』
思わず語気を荒げると、二人の人間は気圧されたように一歩下がった。
「……俺の家族の、狐の魔物がいなくなったんだ。その直前の会話から、森に来ている可能性が高いから、森の手前まで様子を見にきた」
予想通りのその言葉に、私は奥歯を噛み締める。
その二人の人間……エルとジェイドに、私は何を言えばいいのだろうか。
前回からかなり空いてしまい、すみませんでした。
他作品を投稿した影響だと思うんですが、日間ランキング上位&ブクマ数が爆発的に増えており、狂喜乱舞しつつガクブルしてます(笑)
本当にありがとうございます。




