第二十三話(1) 謎の本とこれからの話
「第2回は次の月の下旬。場所は帝国の西部にある港町グルースのダンジョンだ」
自身も書類をめくりながら、ベルナーが説明してくれる。
「火山の中にあるダンジョンだから、体力と耐性をつけていかないとな」
「わかった」
書類に目を通した限り、ここから馬車で1週間ほどの町のようだ。
つまり体力養成に割けるのは、おおよそ1ヶ月程度。
「火山っていうくらいだから、暑さに関係する遺物があるのかな?」
それこそ以前ジェシカたちが持っていた水筒だったり、体を冷やすような服だったり……
想像が広がりだして止まらない。
今度アゼルにお土産何がいいか聞いてこよ。アゼルはそのダンジョンに行ったことはあると思うけど、距離的に頻繫には行けてないだろう。
俺は何度も何度も書類内を目で往復しながら、今後のダンジョンについて思いを馳せていたのだった。
「ふふ、まるで玩具を与えられた子供のようだね」
「だな。楽しそうだ」
アンとベルナーがそんなことを話しているのにはまったく気づかなかった。
◆ ◇ ◆
「うわぁ、楽しみだなぁ~!」
「我輩も、楽しみなんだぜ!」
「おいおいカインもモモも、いまからそんなはしゃいでたら、疲れちまうぜ」
商業ギルドを出てからも高揚感は消えることがなく、俺はベルナーと一緒にお店に戻る道中も、るんるんと軽やかに歩いていた。前に抱いているモモも、心なしかわくわくしている気がする。
仕方なそうに苦笑するベルナーの声が後方から聞こえるが、楽しみなのだから仕方ない。
「それにしても、カイン」
ゆっくりと近づいてきて、ベルナーは俺の隣にやってくる。
そして、口角をにやりと上げた。
「ずいぶんと冒険者らしくなったな」
「そう?」
「ああ。最初はダンジョンなんて通りたくない~~って、あんなに言ってただろ?」
いたずらめいて言うベルナーに苦笑しつつも、俺はこれまでのことを思い出す。
たしかに、王都から出る前は調整屋一本のつもりだったし、旧文明の遺物どころかダンジョンに興味なんてなかった。疲れる肉体行動だってごめんだったし。
ベルナーが半ば強制的に俺を冒険者にしたのも、最初は嫌だったけど、意外とゆっくり慣れていった。
……まぁ、旧文明の遺物がなかったら、ダンジョン探索は続けていないとは思うけど。
「それもこれも、遺物のためだし。遺物と出会うためなら、ダンジョンだろうが、ここからめちゃくちゃ遠い僻地だろうが、どこにだって行くんだから」
「……なるほど?」
「…………なにさ」
ベルナーはにやついた笑顔のまま歩く俺の前にやってくると立ち止まり、俺にとある本を手渡した。
ぱっと見は、少し古びた大きなサイズの分厚い本。何度も湿気を吸ったのか、少し硬くなったページをめくると、複雑な絵がどのページにも描かれていた。
「絵本?」
これがどうしたの――ページをめくりながらそう聞こうとした瞬間、見覚えのあるものが視界に入った。
何かに乗る人間が数人描かれていて、遠く離れたところを行き来している。
どう見ても、この間あの第三王子を遠くに飛ばしたワープゾーンの遺物だ。
見入ったままページをめくり続けると、こまごまとした絵が集められたページにたどり着き、水中服やゴーグルといった遺物まで描かれていた。
少女からもらった知識とすり合わせても、1割くらいは合致する。
間違いない。これは、遺物を集めた図鑑のようなものだ。
勢いよく顔を上げてベルナーを見る。
「これって!」
「ああ、全世界の旧文明の遺物が描かれた、古書だ」
彼はそう言うと、本を閉じ表紙を見せる。
普段俺たちが使う言語とは違う言葉だから読めないが、ベルナーは表紙の題字のようなところを指でなぞり、「遺物辞典」とつぶやいた。
「場所が描かれてないから調べるところから始まるが、おそらく全世界のダンジョンにある遺物について書かれている。……どうだ、行きたくないか?」
「行きたい!!」
「言うと思ったぜ」
くくっ、とベルナーは笑う。
「アンのところからパクっておいてよかった。じゃ、アンからの仕事以外にも、これを探そうぜ」
なんだか聞き捨てならないことが聞こえたような気がする。たぶんアンにはバレてるんじゃなかろうか。
いや、それは脇に置いておこう。
ふと疑問が浮かび上がってきて、俺は踵を返して歩き出そうとするベルナーを止めた。
「ベルナーはいいの?」
「んあ?」
きょとんとして彼は立ち止まる。
「だって、ギルドの仕事もあるだろうし、ベルナーも冒険者だからいろいろなダンジョンに行きたいんじゃないの?」
「あー……」
そもそも俺についてきてくれてはいるが、この人は冒険者ギルドの副統括長なのだ。
普段こそ俺のそばにいることが多いが、俺の調整屋をしているときは大概会議に出ていたり、副統括長の仕事をしたりしているのだろう……見たことはないけど。
でも、時たま忙しそうにしているのは知ってるから、俺の遺物探しに付き合わせるのは少し申し訳なさがあった。
ベルナーは少しの間考え込むような素振りを見せていたが、俺の持つ本のページを再びめくり、後ろのほうのページを開いた。
他の場所とは違い、ここだけは文章が羅列されている。
読めない文字ではあるが、誰かが注釈したかのように訳が書かれていたから、内容はわかった。
「遺物を見つけるときに出会ったモンスター一覧、らしい」
その言葉で、すべて腑に落ちた。
ベルナーは、このモンスターたちと戦いたいのだ。




