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第二十話(2) 帰り道

「ありがと」


 少女はそう一言呟く。

 その瞬間、大木に桃色の花が咲き乱れた。

 後方からベルナーたちの驚きの声がふたたび聞こえるが、俺は目の前の少女に釘付けだった。


「君は……」

「ここの、あるじ」

「つまり……このダンジョンの真のボスってことか!」


 こくりと少女は頷く。

 まさかこんなに可憐な少女がダンジョンの真のボスだなんて……と思ったものの、薄々そんな予感はしていた。

 だって、こんなダンジョンの深いところに、装備もないまま歩いてたし、なんか力を使ったかと思ったら鉱物が生えてきたし。

 それに、俺にしか見えてないし。

 俺の考えていることがわかったのか、少女はふふ、と笑った。


「あなたがいちばん、しんじられそうだった、から」

「それは、その……どうも……」

「このばしょよりも、いぶつにしか、きょうみなさそうだった」


 すごい、この子、俺と全然話してないのに俺のことよくわかってる!


「でも、いぶつ、きえちゃう」

「…………え!?」


 素っ頓狂な声をあげてしまう。目をみはる俺を前に、少女は申し訳なさそうに、ふるふるとかぶりを振った。

 少女が言うには、このダンジョン内の鉱物や遺物というのは、少女が作った幻想に過ぎないのだとか。

 まぁ、このダンジョンの海底も砂浜もジャングルも、今目の前にある大木も、全部幻想だからね。

 で、道中拾った遺物も、アゼルが複製したものも、素材には彼女の幻想が入っているから、ダンジョンから外に出ると、たちまちなくなってしまう……と彼女は話した。


「そっか……」

「……ごめん」

「ううん、構造は覚えてるから、別の素材でアゼルに作ってもらってみるよ」

「それなら、だいじょうぶ」


 目を細めた彼女は、安心したように息をつく。

 そして辺りをぐるりと見回した。


「そろそろ、じかん」

「時間? なんの?」

「わたしが、きえるまで」

「…………え」


 唐突に衝撃的なことを言われて驚く。

 それと同時に、少女の体が下から花びらとなって消えはじめた。


「もんすたーにやられて、きえそうだった。あなたたちのおかげで、ここまでもちこたえた」

「そうだったのか……」

「さいごに、ぷれぜんと、あげる」


 プレゼント? と聞き返す前に、少女は俺の手をひらき遺物へぺたりとくっつける。

 そして何かを呟いたかと思うと、手のひらを通じて頭に大量の情報が詰め込まれはじめた。


「――っ!?!?」

「ちょっとだけ、がまんして」


 頭がちかちかして、目を開いているのに目の前が見えないみたいになっている。

 反射的に大木から手を離そうとするも、少女が強い力で押さえつけるものだから、離すこともできない。

 ただそれは数秒で終わり、すぐに頭の中も普段の状態に戻った。

 唯一、とある知識だけが追加されているだけで……


「こ、これって!」

「いぶつの、ちしき。すきでしょ?」

「好きだけど、こ、これ!」


 脳内に綺麗に記憶されたのは、旧文明の遺物の知識だ。

 以前のダンジョンで見た壁から飛び出る砲や、今回のダンジョンで出会ったゴーグルや水中服、それ以外にも膨大な量の旧文明の遺物の性能や使い方が、記憶として定着していた。

 しかもそれだけでなく、その遺物の中に埋め込まれた回路が、どのようにして効果を発揮するようになっているのか、などもある。


「ぜんぶじゃないけど、わたしがしってるのは、いれた」


 にこりと可憐な少女のような表情でぼそっと言うけれど、言ってることはとんでもないことだ。


「たすけてくれた、おれい。いぶつ、たのしんでね」

「え、あ……う、うん!」

「それじゃあ、ばいばい」


 戸惑いを消化しきれないままあたふたしていると、少女が手を振る。

 いつの間にか、体はお腹あたりまで花びらとなって消えていて、もうすぐにでも全身が消えそうだった。


「ば、ばいばい! プレゼント、ありがと!」


 言いたいことはたくさんあったけれど、俺もとりあえず手を振ってそう返す。

 すると彼女は今まで一番の笑みを浮かべて――花びらとなって舞い散った。



 そうして俺たちは十分な休憩をとったあとに、主を失ったことで幻想を失ったダンジョンから出ることにした。

 ベルナーたちに少女のことや、少女に遺物の知識をもらったと話したところ、四者四葉の反応が返ってきた。


 ベルナーは顔をしかめて、「それは……とんでもねえな。アンに相談しないとなぁ」とつぶやき、ジェシカはキラキラとした目で「ダンジョンの真のボスが調整屋くんに助けを求めたなんて、ロマンティック!」とうっとりしている。

 俺の話を聞くなり俯いてしまったアゼルは「俺の……素材……」と嘆き、モモは「俺のことはわかるんだぜ!?」と興奮気味に尻尾を振り回していた。

 ちなみに、少女からもらった遺物の知識にモモはなかった。それを伝えたら、一瞬で尻尾は垂れ下がってしまった。


 当の俺は、高揚感でいっぱいだった。

 自分で遺物を調べないで知識を得てしまった、というのはあるけれど、それでも大量の遺物の知識がある中で、まだまだ世の中にはこれ以上の遺物がある、と教えてもらったようなものだ。

 くだらないものから、おそらく国を潰せるような大きなものまで。


 なんて遺物というのは素晴らしいものなんだろう!

 手のひらよりも小さな機械を動かすだけで、そのあたり一体を一気に持ち上げて移動できるようにするものとか、空を自由自在に飛べるものとか!


 …………あれ、これってもしかして、知っちゃいけなそうな知識を知った感じ?


 黙ったままちらりとベルナーを見ると、こくりと頷きが返ってきた。


「アンには言ってもいいが、王族の前では絶対に言うなよ。下手すりゃお前、軟禁だからな」


 それは嫌だ~~~!!! まだまだダンジョンにもぐって、遺物を探索した~~~~い!

 絶対に王族となんか会うものか!!!!!!

 ――しかし、その決意も、無惨にすぐ散ってしまう。


「うわ、眩し……」

「本当の陽の光は、やっぱ格別だな!」


 長く歩き、ようやっとダンジョンから出た瞬間。

 燦燦と降り注ぐ温かな陽の光を邪魔するように、無粋でやかましい声が俺たちに襲い掛かった。


「ダンジョン制覇の偉業は見せてもらったぞ、カイン! これから私の配下として存分に働くがいい!!!」

「…………はぁ?」


 キラキラゴテゴテの悪い意味で眩しい衣装に身を包んだ、俺が王都から出なくてはいけなくなった元凶の第三王子(アホ)が立っていた。

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