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第二十話(1) 帰り道

 どさりと何かが落ちた音がする。それと同時に、「終わったぜ」と俺たちに向かって声がかけられた。


「おつかれ……さま……」


 なんとかスライムの触手から身を守る壁を、調整スキルで消したものの、魔力が底を尽きかけていて満身創痍の状態だった。

 ちなみにアゼルも俺と同じ状況になっていて、今は意識を失いながらジェシカの作ったゼリーを食べている。のどに詰まらせないかが心配だ。

 そのジェシカも、普段よりも口数が少ない。表には出していないが、ここまで魔力が減ることはないのだろう。


「ベルナー、すごいんだぜ!!!」

「だろ? あいたたた……」


 唯一元気なのは、光線を打ったモモだけ。

 尻尾をぶんぶんと振り、こちらにやってきたベルナーの脚にしがみついていた。


「なんだなんだお前ら、実際に戦った俺より疲れてるじゃないか」

「あんたみたいな体力馬鹿と、一緒にしないでよ……」

「ははぁっ、まだまだだな」


 安堵しながらも、ジェシカが悪態をつく。

 武器を作り、武器を調整し、滋養強壮の効果で回復する。

 一見普通に回復しそうに見えるが、ジェシカのスキルは魔力を回復するものではなく、魔力を回復しやすくなる料理を作るためのもの。実際のところ、収支で言えばぎりぎりマイナスくらいだった。


 そして最後の、モモの光線。それのせいで三人はほとんどの魔力を持っていかれていたのだ。

 ただでさえスキルを使い続けて魔力が少なかった俺たちは、モモが光線を打つための魔力で、とどめを刺されたのだった。


「あー、楽しかったぜ!」

「あれ、怪我してる? 大丈夫?」


 ベルナーが俺の隣にどかりと座る。

 すると汗の熱気とともに血の匂いがしてきて彼を見ると、至るところに擦り傷があったり、なんなら肩から結構大きめに出血したりしていた。

 特に中盤以降は武器を作るので精一杯で戦いの様子はほとんど見られていないが、実はかなりギリギリの戦いだったのかもしれない。

 しかしベルナーはけろりとして、かぶりを振った。


「いや、これくらいならかすり傷だから、まったく問題ねぇな。あとで薬だけつけとくわ」

「かすり傷……? いや、でも肩すごいよ」

「これか? 返り血返り血」

「スライムの血が赤いわけないでしょうよ……」


 ジェシカの突っ込みも、のらりくらりとかわす。

 どうにかしてでも、自分の怪我とは認めたくないらしい。

 まぁ、きっと副統括長だから怪我しない、みたいなプライドみたいなものがあるのかもしれない。無事に家に戻れたら、アンにお願いして馴染みの医者を呼んでおこう。


 そんなことを考えながら、いつものようにおちゃらけるベルナーを見つめる。

 とそのとき、ふと思い出した。


「あ、そうだ」

「ん? どした?」


 ベルナーが首をかしげてこちらを見てくるが、俺は構わず彼に近づき――


「いでででで!!!!!」

「旧文明の遺物を投げ捨てた理由、言ってみようか」


 両頬をつまみ、勢いよく引っ張った。

 実は戦いが始まる直前、ベルナーはあのゴーグルを外してこの空間の端のほうに投げ捨てていたのだ。

 水中服であればアゼルがスキルで複製しているからいいが、あのゴーグルはまだ複製したことのない一点物のものだった。

 だというのにこの野郎、あろうことか戦いにゴーグルを使わず、捨てやがったのだ。


「ほへはひふんほひははへはははいははっはんは!」


 自分の力で戦いたかった、とな。

 途中でモモが拾ってきてくれたからよかったものの、あのまま壊れていたらこれからの遺物の調査に多大な影響をもたらしてしまうところだった。


「へぇ……そうなんだ」


 鼻で息をついてから頬を離すと、ベルナーは両手で頬を撫でながら「俺だって頑張ったんだよぉ……」とめそめそしはじめた。

 頑張ったのはよくわかるけど、それとこれとは別問題なのだ。一応アンには報告しておこう。


 そんなふうに戯れつつ、体力を回復しておく。

 ここから入口のテントのところに戻るまででも、時間がかかりそうだしね。

 ジェシカの用意してくれたご飯を食べ終え、アゼルも回復して起きてきたところで、最奥に横たわっていた少女がぱちりと瞼を開いた。


「あ、起きた? もうスライム倒したから、安心してね!」


 数秒ほど少女はまるで寝ぼけたようにぼーっとしていたが、ようやっと俺の言葉の意味を理解したようで、目を見開くと勢いよく奥まった空間から這い出て、遺物の前に立った。

 俺もそれを追いかけて、隣に立つ。

 少女は胸に手を当てて、感慨深そうに遺物を見上げていた。

 以前のダンジョンで出会った遺物のように、光沢のある金属質ではなく、小さな穴が無数に開き、スライムで溶けた跡もかなりある。

 あとベルナーが剣で突き刺したあとも。……さっきこれについても説教しておけばよかったかな。


「……大丈夫?」


 問いかけると、少女はこくりと頷く。

 そして、そっと遺物に手を伸ばした。

 その瞬間、薄暗かったこの空間が空に浮かぶ島の景色に舞い戻った。

 遺物はいつの間にか大木になっていて、先ほどよりもちょっとだけ木は小さくなったように見える。

 ここに来たときの空の色はピンクがかっていたが、今は橙色で、綺麗な夕焼けだ。


「な、なんだ!?」


 後方からベルナーたちの驚いたような声が聞こえる。

 そういえばあの三人、この光景は見たことがないんだっけか。

 綺麗な光景に目を奪われていたが、ハッとして目の前の少女に視線を戻す。

 すると彼女は俺の手をそっと握り、にこりとほほ笑んだ。

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