第十八話(1) 凶悪モンスターの倒し方
「貴重な旧文明の遺物を、モンスターごときがっ!!!!」
あまりに衝撃的すぎて、目が飛び出んばかりに見開いてしまう。
スライムに包まれた金属質な物体は、以前のダンジョンで見たような光沢はなく、なんならちょっと溶けている。
表面もでこぼこだし、形も崩れているし、と最悪だ。
「俺の大事な旧文明の遺物なのに!!!!!」
「いや、お前のではないだろ」
スライムに飛びかかろうと絶叫すると、突如ポコリと頭が叩かれた。
振り返るとそこにいたのは、ゴーグルを外しながら眉をひそめるベルナーと、その後ろに続くモモとアゼル、ジェシカだった。
四人の後ろには先ほどまではなかった穴がある。ここまで掘ってきたのだろうか。
よく見ると、ベルナーの手には謎のドリルのような機械があり、そしてモモの白色の毛が地面と同系色になっている。
「この機械は?」
「我輩が水中の泥の中から見つけたんだぜ! 土を掘る旧文明の遺物だったんだぜ!」
「そうそう。それで、このゴーグルとあわせてお前を見つけられたってわけ」
「ああ、だからモモがこんなに汚れてるんだね」
そう呟くと、ジェシカが苦笑まじりに口を開いた。
「そうだよ~? 調整屋くんがはぐれてから、それはもう大変だったんだから。おもにベルナーが」
「そりゃそうさ。カインをダンジョンの中で一人にしたって聞いたら、最凶の統括長様の雷が何度落ちるかわからねえ」
アンの怒る姿はあまり想像できないが、ベルナーが怒られる姿は容易にできる。
その様子がなんだか面白くて、ははっ、と笑ってしまった。
「おいあんたら、悠長に喋ってる場合じゃないだろ? そこにいるの、スライムじゃん」
「あ、ごめんアゼル。アゼルも無事?」
「お前よりかは丈夫だからな、僕の心配より自分の心配しな」
眉根を寄せながら彼が指さすのは、俺がさきほど飛びかかろうとしたスライムだ。
こちらに気づいているのかいないのかは不明だが、金属質の物体から離れることはなく、依然そのままだった。
「スライムって、専門の部隊を派遣する必要があるから、一旦退却したほうがいいんじゃないか?」
「私たち冒険者も倒せないことはないけれど……」
アゼルの言葉にジェシカが答え、そしてぐるりと見回す。
「まともに戦えるのが私とベルナーだけなのを考えると、ここは一度戻るほうが良いわね」
「そ、そんな!!」
俺は悲嘆交じりに叫ぶ。
「でも、一度戻ってからもう一度来ても、旧文明の遺物はあいつに溶かし尽くされてるよ!」
「とはいえなぁ……あいつを倒す方法って、炎魔法で少しずつ体積を減らしていくか、スライムを溶かす薬品だろ?」
ベルナーは懐から小瓶を取り出す。チャポンと小さな音がしたそれが、件のスライムを溶かす薬品なのだろう。
「薬品は持ってきてはいるんだが、これだけだ。さすがにこれじゃああれは倒せねえわ」
「私も同じくらいしか持ってきてないわね……」
ジェシカがかぶりを振る。
小瓶サイズの薬品があったところで、凄まじい体積を持つスライムには焼け石に水といったところか。
「じゃ、じゃあ、モモのあの光線は?」
「頑張るんだぜ!」
「スライムの核に当たりゃいいが、当たらなかったときが大変だな」
「そっか……」
「残念なんだぜ……」
俺とモモが同時にうなだれる。
スライムというのは思いのほか厄介な相手で、武器は溶かすわ防具は溶かすわ、普通の魔法はほとんど通用しないわ、なのだ。
ベルナーたちが持っていた薬品という特効薬もあるが、かなりの高級品。小瓶一つで俺たちの一か月の食事代が普通に飛ぶ。
体積的にかなり大きな水たまりほどありそうな、目の前のスライムを倒すには、数年の食事代を犠牲にしなくてはいけないだろう。それを個人でやるのはごめんだ。
薬品以外では、スライムは水分がほとんどを占めるモンスターなので、その水分を炎魔法でちまちまと蒸発させていく、という手が一応使える。
なら炎魔法は……と言おうとして、ここにいる面子が誰も魔法を使えないことに気づいた。
ベルナーはどんな武器をも扱えるスキル、アゼルはどんな武器をも作るスキル、ジェシカは食べ物に滋養強壮の効果を付けられるスキル、モモはポメラニアン、そして俺は物体を調整できるスキル。
「誰も炎魔法、できないね」
「私が炎魔法を使えたら、水筒を破壊したあの憎きスライムを倒したのに……! お気に入りだったのよあれ!!」
ジェシカがぐっと拳を握りしめる。
そういえば、このダンジョンに来たときに、謎の道具の損傷を直していた。
あれは、ここのスライムのせいだったのだろうか。
「たぶんだが、どこかから入ってきたスライムがダンジョンをさまよいがてらここにたどり着いて、養分を得てあそこまで大きくなったんだろうな」
ベルナーは肩をすくめて「あれじゃ、どうしようもねえ」と吐き捨てた。
「んー……素材さえありゃ、炎が扱える武器みたいなものは作れるんだがな」
「そうなの?」
アゼルの言葉に目をみはる。
「ああ。前に客から依頼されて、炎を噴き出す武器を作ったことがある。たしかその人は……火炎放射器って言ってたかな」
とはいえ、アゼルは自分で持っていた素材は水中服で使い切ってしまっている。
「炎属性の魔力が付いたものがありゃいいんだがな」
アゼルがポツリと呟く。
残念なことに、ここまでやってきて炎属性の魔力がついたものは見ていないし、この空間にも残念なことに素材は見当たらない。
なんだか俺たちの空気が帰る方向になった――そのとき。
空間がぐらぐらと揺れたかと思うと、魔力がこもった鉱物が辺り一面に飛び出してきた。
「は!?」
「なん、だこりゃ」
辛うじてアゼルとベルナーが驚きの声を上げる。
その他の俺たちは啞然としすぎて声すら出なかった。




