第十三話(1) 鍛冶屋の友人
問題のあった武器や道具を調整し終え、ジェシカに慰めて(?)もらった俺は、何やら遠くでベルナーたちが作戦会議を行っているのをよそに、ぼうっとオアシスを眺めていた。
そうしていると、オアシスの水面からぽこぽこと水の泡が現れる。
直後、ざぱん、と勢いよく白い何かが水面から飛び出してきた。
「ぷはぁっ!」
「モモ!?」
白い何か――モモはブルブルと全身を震わせ水気をよく取る。
口元には、何か板のようなものをくわえていた。
「池に潜って何してたんだ?」
そもそもいつ池に潜っていたのか、という話ではあるのだが。
「この池、深そうだったから、何かないか探してたんだぜ!」
「で、見つけたのがこれ、と」
モモがくわえていたのは、突起のようなものがある2枚の緑青色の板。
板には藻がついているが、どことなく鼻と口を覆うフェイスマスクに見えなくもない。
帝国にも王国にも砂漠があり、そこに住む人たちは砂嵐の中でも呼吸ができるように使う、と聞いたことがある。
ただ…………
「どう考えても、息できないよねこれ」
「だぜ」
藻をオアシスの水で洗いながら、板を見る。
砂漠で使われているフェイスマスクは、呼吸がしやすいように布などの空気を通す素材でできているが主。
しかしモモが持ってきたこれは薄い金属のような材質でできたもので、どう考えても口元につけた瞬間、窒息不可避。
「こういうときはやっぱり、調整スキル使ってみるに越したことはないよね」
こういった、見たことのないものに関しては、実際に使ってみる前に調整スキルを使うに越したことはない。
それに、触れた瞬間、モモの体に触れたときと同じ感覚を覚えたから。
――たぶんこれ、旧文明の遺物だよな……
そして、その考えは当たりだった。
材質が何かというのはわからないが、マスク全体に回路が張り巡らされていて、ちょうど両側の顎の関節のある部分に小さく回路で魔法陣が形成されている。
どうやらこれは、水の中で息ができるようになる魔法具だ。
しかも回路は一切摩耗もしていなければ壊れてもおらず、まるで新品のようだ。
「…………すごいのを拾ってきたね、モモ」
「ふふん! なんだぜ!」
誇らしげに胸を張るモモをよそに、おれは顔が引き攣ってしまう。
少なくとも俺が武器調整屋として働いてきた中で、水の中でも息ができるようになる魔法具、というのは見たことがない。
――冒険者たちからすれば、とんでもないお宝なんじゃ……
「待たせたな、カイン、モモ……って、何持ってんだ?」
タイミングが良いのか悪いのか、ちょうどそこに、ベルナーがやってきた。
先ほどまで副統括長らしく方々に指示を出していたが、今は普段のベルナーの姿に戻っている。
彼は俺が手に持つマスクに視線を向けると、首を傾げた。
「モモが見つけてくれたマスクなんだけど、旧文明の遺物みたいで」
「おお! でかしたぜ、モモ!」
「でかしたんだぜ!!」
ベルナーは腰を下ろし、モモとハイタッチする。
「たぶん、水の中で呼吸ができるようになるマスクなんだよね」
しかし俺がそう言った瞬間、思い切りベルナーの顔が引き攣る。
そして数秒おいたのち「え?」と聞き返してきた。状況がよくわかっていないのか、モモは首を傾げるのみだ。
「これさ……いろんな意味で世紀の大発見じゃない?」
「そうだな……。このダンジョンも、池やら海やら、たくさんあるからな……」
ベルナーが遠い目をする。
やっぱりそうだよね。まずは水の中で息ができるようになる、というとんでもない魔法具が見つかったのは驚きと嬉しさがあるが、これが見つかったということは、これからダンジョンの探索範囲が急激に増えるってことだもんね。
ここに来るまでにベルナーから説明された際も、このダンジョンは大きさのわりに探索範囲が狭くて初心者向け、と言っていた。
だがこれが見つかったということは、探索範囲が狭いわけではなく、こちらが探索範囲としていたのが狭かっただけで、もっと大きなダンジョンということになる。
ベルナーの様子を見るに、新しく探索しないといけないところが山ほど増えたにちがいない。
「……とりあえず、それは帰ってから考えるか……」
「うん……頑張れ……」
「? 我輩、何かしちゃったんだぜ?」
「いや、モモはすごいものを見つけてくれた……自信、持てよ……」
中腰からついに座り込み、額に手をやり頭を抱えるベルナーの手首あたりを、モモは慰めるようにぺろぺろ舐める。
ベルナーは誇らしそうに、しかしすこぶる元気のない状態でモモを撫で続けたのであった。
それから十分ほど。
ベルナーの元気が戻ってくるのを待ちながら、俺は彼に今後どうするかの話を聞いていた。
彼によると、もともとはボス部屋まで行って、そこで調整スキルを使ってもらうことで、マスターゴーレムのような真のボスがいないかどうか、探そうとしていたらしい。
「だが、こいつですべてが狂ったな」
彼が視線を向けるのは、マスクだ。
ここからボス部屋に行くまでの間、結構な数の池や湖があるらしい。そこの探索というタスクが増えた以上、もともとの計画が不足というのが露呈した。
じゃあ、ここにいる冒険者たちで探せばいいじゃない、というのは難しい。何せ、マスクは2つしかないのだから。
「モモ、これってオアシスの下にあと何個あった?」
「いや、2つしかなかったんだぜ」
「たぶん、別の湖の底にあるんだろうなぁ」
ふむ、と皆で考え込む。
さすがにそうなると、人手が足りない。
「カインはこういうの作れるのか?」
「ううん、さすがに新しく回路を組み込んだりっていうのはできないかな。俺は直す専門だから」
「あー……となると、時間かけてもしらみ潰しかぁ? ……だが時間がなぁ……」
「――あれ、カイン?」
とそのとき、背後から俺たちのものとは違う声が聞こえた。
振り向くと、先ほどの冒険者たちとも違う人が立っていた。
赤髪に、色素の薄い銀の瞳。
飾らないチュニックのような服とシンプルなパンツ、そしてその手に槌を持つ彼の姿を見るのは、かなり久しぶりだった。
「アゼル!?」




