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第十二話(1) 移動調整屋、初めてのお仕事

「おかしくない?」


 後ろを振り返ると、まだ鬱蒼とした森林地帯が見えるが、もう一度前を向くとそこら中砂だらけの砂漠地帯。

 唯一池のようなものと日を遮られそうな木々があるとはいえ、あまりに環境差がでかすぎる。

 そもそもなんでダンジョンという空間の中なのに、空があるんだよ。

 俺が前と後ろを何度も見返していると、ベルナーが「ガッハッハ」と高笑いした。


「こんなもんで驚いてたら、この先命がもたねえよ。高山エリアを通ったあとに深海が現れる、みてえなダンジョンもあるしな」


 高山から深海とか……

 そもそもダンジョンに出てくる深海って、呼吸できるのかな。なんか必須の装備があるとか?

 そんなことを考えながらベルナーたちと一緒にオアシスのほうに向かっていると、徐々に木々が作る影の下に、人影があるのが見えてきた。

 初心者冒険者は、今はこのダンジョンに入れないことになってるから、中級以上の実力を持った冒険者なのかな。


「このダンジョンって、初心者冒険者さん用なんじゃなかったっけ」

「そうだが、武器を作るための素材だったり、冒険者ギルドの仕事で上のランクの冒険者が来ることは全然あるぜ」


 そして今日は後者だ、と言うと、ベルナーは小走りで彼らに近づき、片手を上げて挨拶をした。

 人影たちもベルナーを見るなり手を振ったり、頭を下げたりしている。

 意外とコミュニケーション能力は高いんだよな、ベルナーは。

 俺と、地面が熱すぎるので俺に抱えられたモモも、彼らに近づく。


「あ、調整屋くんじゃ~ん!」

「ジェシカさん!」


 聞き覚えのある声がしてそちらを向くと、王都でイノシシ型のモンスターと戦ったときに出会ったジェシカさんが、こちらに手を振っていた。

 近づくとモモを見るなり、「わんこ連れなんて、余裕だね~」といたずらっ子のような目つきでこちらを見てくるので、苦笑まじりにほほ笑んだ。


「こいつはモモです。帝国に来るまでのダンジョンで会った仲間です」

「モモだぜ!」

「わ、しゃべるんだ! よろしくね、モモちゃん」

「よろしくなんだぜ!」


 うわ声低っ、とニコニコしながらモモと会話するジェシカ。


「そういえば、ジェシカさんはどうしてここに?」

「あれ? ベルナーから聞いてない?」


 彼女は視線を遠くのほうで別の冒険者と話すベルナーに向ける。

 俺もそれを追って見るが、とくに聞いた覚えはない。

 ふるふるとかぶりを振ると、ジェシカは仕方なそうに眉尻を下げてから口を開いた。


「今日はね、君たちのお手伝いで来てるんだ」

「お手伝い?」

「そ。初心者用のダンジョンで湧くのが雑魚モンスターではあるんだけど、数だけは結構湧くし、なんかいろいろと調査するんでしょ? それのお手伝い」


 なるほど、と頷く。

 さすがアンの采配だ。

 俺、普通にベルナーとモモの、二人と一匹で調査するんだと思ってた。

 まぁ、無理だよね。主に俺が。

 内心で納得しながらうんうんと頷いていると、ふとジェシカの表情が陰ったことに気づいた。


「どうかされました?」

「え?」


 どうやら無意識だったらしい。俺の言葉に彼女は目を見開いて応えた。


「いやなんか、体調が悪いわけではなさそうなんですけど、気になることでもあるのかなって」

「あー……はは、わかっちゃう?」


 ジェシカは頬の辺りをむにゃむにゃ手で揉みながら、へらりと笑う。

 そして、もっと奥のほうにいる冒険者たちに視線をやった。


「今日、中級者以上の冒険者が集まってるんだけど、なんか運が悪い日みたいで、武器とか防具とか魔法具が不調気味なんだよね~……」

「不調?」


 そう言ってジェシカは、懐から筒のようなものを取り出した。

 細長い筒で、上の方に飲み口みたいなものがある、水筒だ。

 しかし普通に水を保存するためのものではなく、察するに水が自動で湧き出るようになっている冒険者用のもの。

 筒自体もおそらく温度を一定に保つ魔法具でできているが、とくに重要なのが中に入れる水を蓄えられる魔法具。それを中に入れることで、長くダンジョンに潜っても何度も水を入れ直す必要がない、便利な代物だ。


「なんか、ここが溶けちゃってさ~……」

「溶ける?」


 ジェシカが見せてくれたのか、筒の下部分。たしかによく見ると、小さく穴が開いている。

 しかも針とか鋭いものであけたものではなく、本当に溶けたような跡。


「え、ここって酸の攻撃とかしてくるモンスターいるんですか!?」

「それがさ、いないのよね」


 だから原因がわからなくて、とジェシカは目を伏せた。

 話を聞くと、遠くのほうで休憩している冒険者たちもどうやら武器やら防具やらに溶けた跡があって、それが理由で十分に実力を発揮できないらしい。


「じゃあ、俺の出番じゃないですか!」


 目に見えてテンションが下がっていくジェシカだったが、俺は違った。

 なんのために、ダンジョンを冒険することにしたのか。

 いや、アンに頼まれたり、旧文明の遺物に出会うことが主目的ではあるのだけど、それ以外にもある。

 きょとんとするジェシカに、俺は一枚のカードを渡す。


「移動……調整屋?」

「そうなんです。実はお店での調整屋以外に、ダンジョンでいろいろなアイテムを調整する、移動調整屋を始めたんです!」


 カードには、お店の住所と名前、そして『移動調整屋、カインの店』という名前。

 実はこれ、アンからいろいろな書類をもらったときに、一緒に入っていたもの。

 やっぱりあの人、怖いよ。

 店の名前とか決めてはいたけど、なんで当たってるんだよ。国が保護するとかいう予知系のスキルを持ってるとしか考えられないよ。


「今はお店の名前を広めるために、お求めやすい価格でやってるんで、もしよろしければ!」


 にかっと笑い、ジェシカに向く。

 しばらくカードに目を落としていたジェシカだったが、途端に嬉しそうな笑みを浮かべ始めた。


「え、すごくいいじゃん!」


 そうして、俺の移動調整屋一発目の仕事が決まったのだった。

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