第九話(2) 新しい家と店へ
最後に3階を見に行くと、そこはゲストルーム兼、モモの遊び場だった。
ほとんど柱がなく空間をぶち抜いており、モモが走ってもジャンプしても、とくに支障のないはずだ。
部屋の端のほうには俺の部屋と同じようなベッドや棚があり、今はそこには何も置かれていない。
ちなみに水回りも2階と3階それぞれにある豪華仕様なので、誰かが泊まってもそのあたりは気にならないようになっている。
「おー、やっぱりゲストルームも良いとこだな。泊まるのが俄然楽しくなってきたぜ」
「…………ちょっと待って。ベルナーってここに泊まるの?」
さも当たり前かのように、荷物を置き始めるベルナーに思わず声をかけてしまう。
いや、別にダメというわけじゃない。
俺もそこまで狭量じゃないし、パーティを組んでいるのだから困っている仲間を助けるというのは全く嫌ではないのだけど。
「おう! 俺が帝国にいる間はよろしくな! 礼と言っちゃなんだが、飯は作るぜ」
「あ、はい……よろしく……」
にかっと歯を見せた元気な笑みが返ってきて、思わず頷く。
なんだかベルナーに流されっぱなしな気がするけど……まぁ、いいか。
その後、ひとまず自分の荷物の荷解きをした俺たちは、再び帝都の入り口へとやってきていた。
モモを迎えに行く時間だ。
「モモ、怒ってないといいんだけど」
「大丈夫だろ。ワンコとはいえちゃんとこっちの事情もわかるやつだしな」
時刻はすでに夕方。
帝都に着いたのが昼前くらいで、そこからギルドに寄ったり荷解きをしたりベルナーの作った食事に舌鼓を打ったりしていたら、すでにこんな時間になってしまっていた。
ちなみにベルナーの作ってくれた食事は、いろいろなものを鍋で煮込んだ、ごった煮だった。具材も味付けもその時々で変わるから、一期一会の鍋なんだそうな。
夕方にもなると街の外周へ行く人は少なくなり、皆宿に戻ったり食事をしたりするために街の中心へと戻っていく。
そんな人の集団に逆らうように進み、俺たちはモモを預けた帝都の入り口にやってきていた。
「あ、お待ちしておりました!」
やってくるなり、先ほど対応してくれた職員さんが、頭を下げながら出迎えてくれた。
「モモちゃん、とってもおとなしい子で、処置とかチェックがやりやすかったです!」
「それはよかったです」
「まるで、人間の言葉がわかるようなやつだからな」
「はは、ほとんどの飼い主さんはそう言いますね」
ベルナーの冗談に笑った職員さんは、「それではモモちゃんを連れてくるので、少々お待ちください」と言って、カウンターの奥へ去っていく。
すぐにケージに入ったモモを連れてきたが、なんだかその中に入ったモモは、これまでの天真爛漫そうな様相とは一変して、すべてを信頼できない若人みたいな、そんな目で俺とベルナーを交互に見ていた。
「これまでの処置歴と照らし合わせまして、こちらの種類の注射をさせていただきました。ワンちゃんなのであまりしないとは思いますが、今日はお風呂に入れないようにだけお気を付けください」
書類を手渡され、ざっと目を通す。
まぁ、もともと遺跡で発生した遺物だから処置とか何もしていないし、それはそれは大量のリストがずらりと並んでいる。
急に預けられたかと思ったら、何本もの注射を受けるだなんて、そりゃ周りを信頼できないなんていう目になってもおかしくはないか。
あとで、ご褒美と謝罪を兼ねて何か買ってあげよう。
そうこう思っている間にも、職員さんはモモをケージから出して手早く首輪をつけると、抱き上げて俺に渡してくれた。
「帝都にいる間は、なるべく首輪とリードは手放さないようにしてください。それでは、帝都で良い日をお過ごしください!」
「ありがとうございます」
ペコリと頭を下げると、抱きかかえたモモもペコリと頭を下げる。
職員さんは、ぱぁ、と顔を明るくして、遠ざかる俺たちに……厳密にはモモに手を振り続けていた。
そうしてしばらく歩き、ひとけのない道を進む。
すると、ぽつりとモモが口を開いた。
「だいぶ、元気で健康的な体になったぜ」
喜ばしい言葉とは裏腹かなり渋い顔をしている。
その顔を見ると、さっき商業ギルドでベルナーにも似たようなこと言われたのを思い出す。俺もこんな感じの顔だったのかな。
「ごめんって、俺も知らなかったんだ。まさか犬とかの動物に検査があるなんて」
「今日の夕飯は、豪華なものを所望するんだぜ」
「わかったわかった。あとでモモ用のデザートも買うから」
「やったぜ!」
現金なやつだなこいつ。
ま、ご飯で気を直せるなら、いいか。
じゃあ、ちょっと寄り道しようか、と思って後方を進むベルナーに振り返ると、なぜかベルナーは険しい顔をしていた。
いつもの彼らしくなくて、思わず首を傾げてしまう。
「ベルナー、どうしたの?」
「いや、なんでもないが」
「どう見ても、なんでもないの顔じゃないんだけど」
いつもにこやかな顔している彼の顔は、帝都にやってきたときと同じようなしかめっ面になっている。
するとベルナーは辺りをキョロキョロと見回し、それから小道を進むように指示をしてきた。
小道は、帝都の端のほうにある空き地へ続いていた。先ほど歩いていた道もひとけがなくすれ違う人もまばらだったが、今は皆無。
なんでこんなところに、と思うなり、ベルナーの表情が一気に緩んだ。頬を手で揉みながら「つっかれた~!」とか言っている。
「俺、帝国じゃ『獅子のように気高く厳格な副統括長』で通ってんだ。だからそのイメージを壊さないように、顔を引き締めてんだ」
「獅子のように……」
「気高く、厳格…………?」
自信満々に言うベルナーと、それを復唱する俺とモモ。
信じられないような声音になるのは仕方ないと思ってほしい。
「ま、帝国じゃ副統括長らしい振る舞いをしてるってことだ。あんまり気にしないでくれな」
肩をパンパンといつものような軽い口調とともに叩かれ、頷く。
ベルナーがどうやって副統括長なんていうまとめる立ち位置にいられるのかと思っていたけど、そんな演技をしていたのか。
たしかに、引き締めている顔のベルナーは、服さえちゃんとしていれば威厳はある。
なんだかそれを想像すると、普段のベルナーを知っている身からすると、面白いけど。
思わず噴き出しそうになると、彼は口角を下げてへの口になり、片眉を上げて不満そうに口を尖らせた。
「なんだよ、おかしいかよ」
「いやごめん……ははっ、ベルナーも頑張ってるんだな、って」
「うるせ、ほっとけほっとけ」
つんとそっぽを向くベルナーは、先ほどまでの表情とはまったく違って、再び噴き出してしまった。




