第九話(1) 新しい家と店へ
◆ ◇ ◆
「おーい、カイン!」
「…………」
商業ギルドから外に出ると聞き覚えのある声が自分の名前が呼ぶので、そちらに視線を向ける。
ベルナーだ。
彼は片手をパンツのポケットにつっこみ、もう片方の手を大きくこちらに振っていた。
ニコニコとたいそうな笑顔を湛える彼を見てしまうと、なんだか自分の顔がどんどんと虚無になっていく。
いや、別にベルナー自体が何をしたというわけではないのだけど。
「無事に許可とれたよ」
「なんで喜ばしいことなのに、そんな顔なんだよ」
「なんか、ギルドの人たちに騙されてばっかだと思って」
「俺ぁ別に騙してねえだろ!?」
現に、アンは騙しただろう、とも読める言い方を聞くに、彼女はいつもそういう人なのだろうか。
事の経緯をとりあえずベルナーに説明すると、彼は肩を竦めてかぶりを振った。
「あの人は頭が回るから、きっとお前を離さないように計画でも練ったんだろうよ」
「それにしたって、なんだか俺の知らないところで全部進んでいるようなやり口は気に入らないんだけど。どこぞの副統括長さんもね」
こちらも負けじとため息をつきつつ、特に後ろのほうを語調荒めに言うと、当の本人は俺の肩に手をポンとのせ、ニカッと歯を見せた。
「冒険者の性だから仕方ねえわ。アンももともとは凄腕の冒険者だったしな」
「……そうなの?」
勝手な偏見になるが、冒険者というのはあまり計略に明るいわけではなく、どちらかというと裏表のない人たちが多いと考えていた。
むしろ商業ギルドのほうが、裏表がある人たちが多くて過ごしにくい、とも。
「そらそうさ、生き残るために普段からなんとかして頭をフル回転させてんだから。何も考えずに生きて帰れるほど、ダンジョンってのは浅いもんじゃないぜ」
「言われてみれば、たしかに……」
この間のダンジョンでもそうだったけど、たしかに敵の突破口を探すために頭は使わないといけない。
普通の騎士団とかとは違うんだなぁ、とふと思った。
…………なんか、話題逸らされた?
片眉を上げてベルナーを見上げる。結局、騙されたような感じがする云々の話はどこへ行ったのか。
しかし言及しようとする前に、ベルナーが先に口を開いてしまった。
「んで、これからどうするよ」
「お店と家の物件をもらったから、それを見に行こうと思って」
さすがに家具とかは置いてないだろうから今日から住むってのは難しいだろうけど、ひとまずどんな場所にあるどんな建物なのか、を見てみたい。
「いいじゃねえか。俺もどんな店なのか気になる」
「お得意様だしね、特別に見せてあげる」
冗談めいてそう言うと、地図とともにアンからもらった資料を開く。
どうやら商業ギルドからそこまでは離れていない場所にあるらしく、大通りを進んで二つ離れたブロックを曲がって、小道を進んですぐのところらしい。
ベルナーもずいと地図を覗き込み、感心したように言う。
「は~、だいぶ良い物件もらったんだな」
「まぁ、依頼を受けた対価だからね」
とはいえ、旧文明の遺物を調査する、という俺に得がずいぶんとある依頼だった。
だいたいこういうのは相場が決まっていて、嫌な依頼ほど対価が充実していて、良い依頼ほど対価の価値はどんどんと下がっていく。
王都にいたころなんか、武器の調整をすべてお願いするかわりに、単価がめちゃくちゃ安いなんている依頼はたくさんあった。どこぞの騎士団さんみたいにね!
だからきっと、ベルナーが良い物件と言ったところとはいえ、めちゃくちゃ良いというわけじゃなくて、まぁまぁ普通のところだろう。
……と思って、物件を見に行ったのだが……
「ねぇ」
「なんだ? やっぱ良い物件じゃねえか」
「いや、そうじゃなくて。めちゃくちゃ良すぎる物件じゃない??」
こぢんまりとはしていて元の調整屋よりは規模は小さめだが、まるで新築のような新しさと小奇麗な外装。
3階建ての家は洗練されてはいるが、周りのお店と浮くわけでもなく、良い意味でとても目立っていた。
そしてなんと、『カインの移動調整屋』という看板まであった。
なんで看板がもうできているのか、はきっとアンのせいだろう。
「さすがアンさんだ。根回しが早え早え」
「根回しっていうかさ……、いやいいや。とりあえず中に入ろう」
「おうよ」
そして中に入って再び驚くことになった。
1階は調整屋として作られているのだが、王都とほぼ同じ設備がそこにあったのだ。
大まかな内装は変わらず、木でできた壁と床が温かい雰囲気を醸していて、客を相手するカウンターに、誰かが置いていく武器を陳列する台が置いてある。
そして代替の部品を置いておくための、それはそれは大きな棚。
少なくとも、「武器関係の店」を発注したら出てこない内装だ。
王都時代は店の軒先で調整したこともあったが、さすがに大通りのそばにある店ということもあって、それはできない。
でも最大限、王都と同じ設備であり、同じように作業できるように作ってくれたわけだ。
つまりアンは、俺が調整屋であることはまず知っていて、店の内装も全部知っていて、そして俺が依頼に承諾すると踏んでこれを手配したということ……
「え、なんか怖いんだけど」
思わず声を漏らすと、先に2階に行っていたベルナーが興奮気味に降りてきた。
「おいカイン! 上すっげえぞ!」
「……まだ怖いことが起きるのか……」
促されるままに2階の居住部分を見に行く。
そして再び、俺は目を見開くことになる。
「もう家具も置いてあるし、めっちゃ綺麗だな!」
「あ、うん……そうなんだけど……」
俺は興奮気味なベルナーをよそに、目の前に広がる光景に恐れすら抱いていた。
――なんで、王都の家と同じもので、同じ配置なんだろう……
アンの差配が、すごいを通り越して怖い。
たしかに王都時代と同じだから、生活を始めるのに苦労はしないだろうけど、そもそもなんで俺の家の家具とか内装を知ってるわけ……?
おそるおそるベルナーに聞いてみると、ベルナーはさも当たり前かのように頷いた。
「ま、アンさんだしな」
その言葉で片付けられるのか、あの人は。
そんな言葉が喉元まで出かかっていたけど、とりあえず抑えておいた。




