第八話(2) 帝都の商業ギルド
「やります!」
「君が武器調整屋をしたいというのは重々承知――え?」
一転して、きょとんと目をみはるアン。
あれ、俺変なこと言った?
その表情を見つめながら首を傾げると、アンはコホンと咳払いをしてから居住まいを正した。
「そんなに即答で了承してくれるとは思わなかったよ。こちらとしては願ったり叶ったりだが……本当にそれでいいのかい?」
「はい。俺にも考えてることがあるので」
そう返すと、アンは腕を組み口端を上げ、顎をくいと動かして先を促した。
といっても俺にもまだそんな確固たる計画があるわけではない。
帝都で武器調整屋のお店を開こうとは思っているが、王都で開いていたときみたいに大きなお店でいろいろと置いてあって常にいる……みたいなことはしない。
普段はベルナーとダンジョンに潜り、旧文明の遺物に触れつつ、ダンジョンの中で調整屋をやろうとしているのだ。
「つまり、移動調整屋、ということだね」
「そういうことです。まぁ、これが全然人気出なかったら、新しい方法を探しますが」
「いや、良いと思うよ。冒険者たちは基本的に、街に帰ってからじゃないと大きな武器の整備はできないからね」
俺が自分の計画を話し終えると、アンはうんうんと頷いてお茶を一口飲んだ。
「とはいえ、怪我をするリスクは考えているかい? こういっちゃなんだが君、戦いには慣れてないんだろ?」
脳裏をよぎるのは、ダンジョンを埋め尽くすゴーレムや、ベルナーとモモとでなんとか倒したマスターゴーレム。
「考えてないわけじゃないんですけど」
でも、自分の中で『怪我のリスク』と『旧文明の遺物』を天秤にかけたときに、一瞬で『旧文明の遺物』に傾いてしまったのだ。
「街の中にいても、旧文明の遺物には出会えませんから」
「ふふ。君は旧文明の遺物に魅せられてしまったようだな」
「否定はしません」
互いに少し笑い合ってから、カップに口をつけた。
その後少し談笑して、「おかわりを入れよう」とアンが立ち上がる。
「……ん?」
なんだか違和感を覚えてその姿をじっと見つめる。
普通に成人女性が歩き、紅茶が載っているカートのそばに立つ絵面だが、どこか変な感じがする。
先ほどここに来るときまでは気付かなかった。なんだろう……
顎に手をやり考え込んでいると、戻ってきたアンは不思議そうにこちらを見下ろした。
「熱い視線を向けられていたものだと思っていたけど、違ったかい?」
「あ、すみません。変なことを思っていたわけじゃなくて……!」
「わかっているよ。きっと気にしてるのは、これのことだろ?」
そう言い、アンがタイトなパンツの右裾を少しだけ捲ると、金属質な肢体……つまり義足があった。
認識するなり、抱えていたもやもやがすべて繋がる。
義足というのは別に珍しいものではないが、ここまで精緻な設計のものは高級なものであって、平民が見ることはない。
それに精緻のものであるものほど壊れやすいので、なかなか使われないのだ。
しかしアンの右裾に見えるそれは、使い込まれて微細な傷がたくさんついている年季が入ったもの。
普段から手入れをしているのが窺えて、なんだか嬉しくなった。
じっとそれを見つめていると、アンはふふ、と笑った。
「昔から使っているからちょっとガタが来てるんだ。気になってしまったらすまないね」
「いえ、こっちこそ不躾にすみません」
とはいえ、不調気味な機械を目の前にして、もやもやしてしまうのは武器調整屋の性というところ。
パンツの裾を戻しているのを見ながら、俺はつい漏らしてしまった。
「もしよかったら、不調の原因を見つけましょうか? 直すことはできないけど、そういうのは得意です」
「ふむ…………」
しまった、やっぱりあまり良くなかったかな。
でもそうだよね、今日初めて会った人に長年大事に使ってる義足を任せるだなんて、しないよね。
「では、お手並み拝見と行こうか」
簡単に了承されてしまって、呆気にとられる。
「え? あ、良いんですか」
「こっちのお願いを聞いてもらうんだから、こっちがお願いを聞くのも普通だろう。ま、くれぐれも壊してくれるなよ?」
「も、もちろんです!」
旧文明の遺物を調べることと、俺がアンの義足に触れるというのは全然方向性が違うような気がするんだけど、良いのだろうか。
しかしアンが結構乗り気で義足を脚から取り外して渡してきたので、気にしないことにした。
「では、少々お借りして……」
ずしりと両手に重みを感じる。膝上から爪先までの義足だ。
金属質な質感ではあるが、それぞれの筋肉を再現するかのように何本も組み合わさってできた義足は柔軟に動く。
膝関節や足首には歯車らしきものがついているのか、人間の脚とはまた違った独特な動きをしていて、面白い。
とりあえず外側には異常がなさそうなので、目を瞑って魔力を流す。
その瞬間、自分の背筋がびりびりと痺れる感覚に襲われ、心臓が早鐘を打ち始める。
「これ、旧文明の遺物だ!」
「ほう……よくわかったね」
おそらく瞼の向こうでは、アンが不敵に笑んでいることだろう。
しかし俺の頭の中は、回路で組まれた魔法陣を見つけ、さらには目の前に広がる緻密かつ合理的な回路を見た興奮でいっぱいだった。




