第八話(1) 帝都の商業ギルド
◆ ◇ ◆
宿屋の部屋で休んだ俺は、ベルナーと別れて一人商業ギルドへやってきていた。
というのもおおよそこの世界では、店を開く時には商業ギルドで手続きをする必要がある。調整屋とかいう俺以外の誰が開くのか、というお店だとしても、だ。
商業ギルドは宿屋から少し離れた大通りにある、煌びやかな建物だった。
どこの国でも冒険者ギルドはそれなりに小さく質素で、商業ギルドは大きく豪華、という法則があると聞くが、帝国についてもそれは例外ではないのかもしれない。
入口の扉を開くと、見た目と変わらない豪華な内装がお目見えする。
「あの、すみません」
「ようこそ商業ギルドへ! 本日はどのようなご用件でしょうか?」
ひとまず入口のそばにある総合受付の人に話しかける。
「帝国でお店を開きたいと思っているのですが」
「かしこまりました。それではこちらの書類に記入の上、3番の窓口にご提出ください」
「あ、そこの君! ちょっと待ってくれ!」
「わかり――え?」
受付の人から書類を受け取ろうと手を伸ばしたところで、後方から制止の大声が届く。
振り向くと、眼鏡の女性がこちらに向かって猛スピードで走ってくるところだった。
「君! カインか?」
「え? ええ……そうですけど」
眼鏡の女性が息を荒くしながらこちらに駆け寄ってくると、受付の女性が驚いた様子で声を上げた。
「もしかして、統括長のお客様でしたでしょうか!」
「……統括長?」
「まぁまぁ肩書きなんてのは、どうでもいいのさ。アンと呼んでくれ」
少しよれたシャツに白衣を身にまとった眼鏡の女性――アンは、眼鏡をくいと直すと俺の手を握り、そして受付の女性に視線をあわせた。
「この人は一般のカウンターではなくこちらで対応するから、もう大丈夫だよ」
「は、はい!」
「ではカイン、行こうか」
「え? あ、わかりました……」
何が起きているのかわからないけど、手を振り払うこともできはしないので、とりあえずアンについていくことにした。
シャンデリアが何基も吊り下がり、目に眩しい受付の空間の真ん中を、アンに手をひっぱられながら進む。
「あの、手は離してもらってもいいですか」
「でもこうでもしないと、君は逃げるだろう? 前科があると聞いたよ」
「な、なぜそれを……!」
進むスピードは止めずに、こちらを振り向いてにやりと笑うアン。
なぜそれを知っているんだ、この人は!
かつて王国で調整屋を開こうとした時、今日と同じように別室送りにされかけて、あまりの怖さで逃げたことがあるのだ。
とはいってもそれももう数年前の話。さすがにもう逃げない……と思う。
結局、アンの手を振り払うことはできず、階段を上り1階の雰囲気とはガラリと変わって高級感のある落ち着いた雰囲気の2階を進み、最奥の部屋へ案内された。
……逃げたいかも。
そう思うにはもう遅く、統括長応接室、と書かれた部屋に入れられ、鍵を閉められた。
「え」
「さ、こちらに座ってくれ」
「あの、鍵……」
「紅茶も入れよう。ちょうど昨日美味しい紅茶を買ったんだ」
わぁ、統括長自ら紅茶を入れてくれるなんて!
……じゃないんだわ。
どうにもこちらの話を聞いてくれないようなので、俺はあきらめて指し示されたソファに座ることにした。
深い茶色の内装で落ち着いた雰囲気の雰囲気と合ったソファは、動物の革でできていて一目見るだけで高級品だとわかる。
実際に座ってみると、安い革にありがちな硬さもなく、ふかふかでいつでも座っていたいような居心地の良いソファだった。
「さ、どうぞ」
すぐにアンが目の前の一枚板のテーブルに紅茶を置いてくれたので、とりあえずいただく。
「ん、美味しい!」
「だろう? ここから西にあるドロイテ山脈でとれた茶葉だから、冷めても美味しいんだ」
ドロイテ山脈と言うと、標高が高いものの風や立地の関係で寒暖差が大きい場所だ。栽培するのが大変な一方、そこでとれたお茶は味が濃く、高級品として名高い。
……え、そんな高級品出してくれたの?
思わずカップから口を離してしまう。
たぶん、このいっぱいだけで俺の3日分の食事はゆうに賄えるくらいの値段だったはず……
というか、よくよく見たらこのカップも、マークを見るにそれはそれは有名なブランドのカップだ。
とてもじゃないが、割りでもしたら大変なことになる。
「そんなに緊張しなくていい。別に君を取って食おうだなんてしないさ」
「……でも、ここまでの待遇を受けるほどの人間ではないのですが」
かすかに震える手を誤魔化しながら、ゆっくりとカップをソーサーに戻す。
アンはその光景を微笑ましそうに見ていたが、やがて俺の対面にあるソファに座り足を組むと、腕を組んでから口を開いた。
「君に頼み事をしようと思っているんだ。それの対価としては十分だよ」
「頼み事?」
どうしよう、一気に逃げたくなってきた。
ちらりと背後を向くが、そういえば扉には鍵がかかっていた。
「意外と君は騙されやすい性格なのかもな。こういうのは十分に注意してからついてくるべきだぞ」
くくっと愉快そうに笑うアンに視線を向けなおす。
おちゃらけた軽い雰囲気で話してはいるが、隙を見せることなく常にこちらを狙いすましているような女性だ。
とはいえ敵意は感じない。どちらかというと、ベルナーと同じ好奇心で動いているような雰囲気を感じる。
「ま、別にこちらは騙そうとしているわけではないから、安心してくれ」
「なら、いいんですけど」
「そうだなどこから話そうか……」
アンは腕を組みながら、顎に手をやる。
「まあいいか、ひとまず結論から言おう」
アンの目をじっと見つめると、眼鏡の向こうの瞳がきらりと光ったような気がして、ごくり、と息をのむ。
そうして彼女は、先ほどとはうってかわって落ち着いた声音で言い放った。
「――君に、旧文明の遺物を調べてほしい」




