第七話(2) ついに帝国到着!
「はい?」
「あっ、とゴホゴホ! すみません! 急に痰がからんだみたいで!!」
大きく咳をすると少し怪訝な顔をされつつ「お大事に」と言われたが、なんとか誤魔化せたみたいだ。
抱きかかえているモモを見下ろすと、こちらはまるで今生の別れのように、目で追いすがってきていた。
口に出してはいないこそ、なんとなく言いたいことはわかる。
置いていかないで、と。
「あの、すみません。処置って具体的には何をやるんですか?」
おそるおそる職員さんに尋ねると、彼はにっこりと笑みを浮かべてから一枚の紙を取り出した。
「基本的にはこの紙に書かれている通り、帝都に病気のもとを持ちこまないように、その病気を持っていないかの確認と、その予防のための注射となります」
注射、という言葉を聞いた瞬間、モモがか細い声で「く~ん」と鳴く。
どうやらそれはどの犬も共通らしいようで、職員さんは眉尻を下げてモモに視線を移した。
「ごめんね~、でも帝国の法律で注射してないワンちゃんにはしないといけないんだよ~」
「そ、そうなんですね……、じゃあモモも頑張らないとな」
職員さんと二人で、ははは、と和やかに笑う。
一度モモがこちらを見て再びか細い声で鳴いたが、その目つきはまるでこちらを裏切り者とでも思わんばかりのものだった。
「それじゃあ、また夕方に来ます」
「はい! お待ちしておりますね」
そうして俺たちはモモを一旦入り口に預けて、帝都の中へ入っていったのだった。
……あとでモモに美味いものでも買おう。
そうして帝都についた俺たちだったが、はじめにやることと言えば宿を探すことだった。
綺麗に舗装された石畳の上を、二人ならんで歩く。
やはり帝国の中心というだけあって、人が多い。ベルナーはすいすいと人を避けて歩くもので、俺はそれについていくので精一杯だった。
「そういやカインは、ここでまた調整屋をやるのか?」
「うーん……」
とっておきの宿屋があるとベルナーに言われそこに向かっている最中、ベルナーにそう問われ、思わず考え込んでしまった。
「なんだよ、帝国はあんまり気に入らなかったか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどさ」
ベルナーの後ろをついていきながら、俺はここに来るまでのことを思い出していた。
そもそも王国にはもう戻ることなんてできないからこの帝国に来たわけだけど、その道中に立ち寄ったダンジョンで運命的な出会いをした。
これまでは自分のできることを必死にやっていて、朝から晩まで調整屋として働くのが良いかな、なんて思っていた。
でも一旦そこから離れてみると、気づきがあった。
「別に、調整屋に固執しなくてもいいのかなって思ってて」
「ほう? つまり、冒険者を極めたいってことか」
「いや、それは違う……けど」
愉しそうに口角をあげてベルナーがこっちを見てくるので、即座にそれは否定しておく。
冒険者を極めたいわけではまったくないが、冒険者として活動したいという気持ちがむくむくと沸き上がっているのだ。
「旧文明の遺物、もっと見たいなって思ってはいる」
「あーなるほどな。恋しちまったわけか、旧文明の遺物に」
「…………」
さも上手いこと言ったみたいに頷くので、とりあえず無視する。
まぁでもベルナーの言ったことは遠からずであり、あの旧文明の遺物を構成する回路を、もっともっとたくさん見たい。
あわよくば調整して、操りたい。
そんな夢が、新たにできた。
とはいえ、一人でダンジョンに行くのは無謀の極致だし、この間行ったダンジョンの奥の奥なんて、普通はたくさんの人とパーティを組んで行くものと聞く。
あのマスターゴーレムを、俺とモモとベルナーの三人で攻略したのが異例なのだ。
「そういえば、ベルナーはこれからどうするの?」
俺が旧文明の遺物を見て回れるかどうかは、ベルナーにかかっている。
おそるおそる、ちょっとだけ答えを聞きたくないような感じはしつつも、そう聞いてみたのだが……
「え? お前についてくに決まってんだろ」
あっけらかんと、そう言われた。
逆にこちらが驚く番だった。
「え? いいの?」
「あたりめえよ。そもそも俺がお前のスキルにべた惚れしてパーティを組んでるんだから、ここで解散する理由がないだろ」
当たり前かのように言うので、驚きのあまり呆然としてしまう。
「でも、副統括長の仕事は?」
「副統括長ってったって、年に1、2回くらいしか大きな仕事はねえんだわ。あとは普通の冒険者と同じだ」
「へぇ……」
まぁ、ベルナーがそう言ってくれるのなら、良いのかな?
それにベルナーなら、我慢できなくなったら俺に武器の調整だけ頼んでから、夜な夜な一人でもダンジョンに行くだろうし。
「じゃあ、これからも、よろしく……?」
「なんで疑問形なんだよ……頼んだぜ、相棒」
人でごった返す通りの真ん中で、がちっと握手を交わす。
……なんだこれ?
「宿屋はこっちだ。あとは……小さくても店を開くんだったら、あとで商業ギルドにも行くか」
「わ、わかった」
そうして俺たちは、大通りから外れてすぐのところにある宿屋に辿り着く。
ひとまず部屋で休んでから、さっそく帝都の商業ギルドへ向かったのだった。




