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第六話 モモの独白

 

 ◆   ◇   ◆


「……むにゃ……うーん……」

「寝ちまったんだぜ」

「まぁ、今日は仕方ねえな。普段インドア派なやつがダンジョンを駆け回ったどころか、ぶっ倒れるくらい魔力を使いまくってボスを倒したんだからな」


 我輩は、宿の食堂で夕食を終えてこくりと寝に入ってしまったカインに抱えられながら、対面の席に座り肩を竦めるベルナーを見上げた。

 ここはあのダンジョンから出て、しばし歩いたところにある村の宿屋。

 我輩自体は宿屋なるものに止まったことはないが、この世界に生まれ落ちたときにおおよその人間の知識は手に入れたから、わかるもんなんだぜ。


「こいつはそんなにインドア派だったんだぜ?」

「俺が調べた限りでは、武器調整屋をやっていたころのカインは調整屋からほとんど出ずに、武器の調整をしていたからな……」

「そもそも、武器調整屋ってのは、なんなんだぜ?」


 我輩は首を傾げる。

 授かった知識の中に、武器屋というものはあれど、武器調整屋というのは存在しなかった。

 ここに来るまでの間、カインが調整スキルについて多少話をしてくれたとはいえ、知識としては不十分。

 ギルドの副統括長であるベルナーあれば、おそらく知っているだろう、というのが我輩の考えだった。


「そうだな……強いて言うなら、誰かが強い武器だの、強い防具だのをより強くするためのスキル……ってぇ認識だったんがな」


 うんうんと頷きながらも、ベルナーの表情は苦々しげだ。


「まさか、あんなことができる……ってのは予想外だった」

「…………」


 我輩は黙りながら、先ほどまでいたダンジョンでの出来事を思い出していた。

 この世界のダンジョンは、旧文明の遺物というものでできている。

 旧文明の遺物とは、今の世の中ができる前からすでに存在していた、高度な技術をもってして作られたもの、だ。

 知識としてしか知らなくて実感はないが、我輩もその旧文明の遺物の一つ。

 そしてその旧文明の遺物は、人間が意図的に動かすことも、変えることも、はたまた止めることもできないもの――というのが、一般常識だった。


「でも、カインは普通にできたんだぜ」

「ほんとな。はてさて、どうしたもんかね」


 ため息をついて頭をふるふると横に振るベルナーを見て、再び我輩は首を傾げた。


「なんでそんな残念そうなんだぜ?」

「残念ってか……」


 ベルナーはすぐに否定したが、どう見てもその表情は、少なくとも嬉しそうなものではない。

 悲しい、寂しい、同情的、そんな感情で見られる表情だった。


「それがバレたら、こいつは自由に武器調整屋として暮らせなくなっちまうな、と思うと、どうしようかな、って思ってな」

「どうしようかな?」

「ああ。ギルドの副統括長として、世界を安全にするために力を貸してほしいっていう気持ちと、こいつの友人として、これまで不当に扱われていたから自由に生きてほしいってのがある」


 ジョッキに入った酒を一気に呷る。

 結構酒精の匂いが強い酒のようだが、ベルナー気にせず半分ほどを一気に喉に流し込んだ。そして、ぷは、と息を吐く。


「こいつとはまだ会って日が浅いが、前々からいろいろと調べてたんだ。真面目なやつが損してるんだ、助けるのは当然だろ?」

「……カインからそんな話は聞いてないんだぜ」

「そらそうさ。こいつにバレねえようにうまくやったからな」


 ベルナーはにやりと口端を上げる。

 こいつ、脳筋で何も考えていないように見えて、実は結構な策士なんだぜ……


「んで、自由に生きてほしいと思っていたやつを、スキルを持っているという理由だけで縛り付けるのは、俺の意に反する」

「だけど、ギルドの副統括長としては、このスキルを使ってダンジョンを制覇して、安全な世の中にしたい……っていうことなんだぜ?」

「そういうこと。ま、見なかったことにするのが、一番手っ取り早いんだがな」


 半分ほど飲んだ酒の残りを一気に流し込み、ジョッキをドンと置いたベルナーはその場から立ち上がった。


「こいつを部屋に寝かせよう。お前はこいつの部屋で寝てくれ」

「我輩、寝る必要はないんだぜ」

「じゃあ、カインの安眠用抱き枕にでもなってやってな」


 そのままベルナーはカインを肩に担ぐと、危なげなく歩きはじめる。


「おかみさん、ごちそうさま、美味かったよ。テーブルにお代置いといたぜ」

「あいよー……って、あれ、お兄さんの連れ、寝ちまったんだね」

「ああ、今日はだいぶ頑張ったからな」


 先ほどの真面目な表情とは違って、軽薄そうにけらけらと笑うベルナーを見て、驚きと戸惑いが生まれてくる。

 おかみさんと話し終えてカインの部屋に向かったベルナーは、普通のサイズのベッドにカインを寝かせると、我輩をカインの腕の中へ収めた。

 そしてそのまま、きびすを返した。


「どこに行くんだぜ?」

「ちょっと、ギルドの出張所のほうにな」

「今からなんだぜ?」


 時間はすでに深夜近い。

 人間は夜に寝ないと良い動きができないという知識があるが、ベルナーの行動はそれに反している。


「ま、いろいろとやることがあるってわけ。副統括長なもんで」


 しかし多くを語らずに、ベルナーはひらひらと手を振って部屋から出て行ってしまった。

 やがて部屋は静寂に包まれる。

 しばしの間じっと抱かれたままでいたが、不意に我輩を抱く力が強くなる


「うーん……ゴーレム……逃げ……」


 首を巡らすと、カインの寝顔が険しくなっていた。

 ベルナーの言う通り、安眠させるために顎のあたりを軽く舐めてやると、すぐにその表情は和らいだ。


「うわぁ……旧文明、遺物……」

「やっぱりこいつ、我輩を犬じゃなくて旧文明の遺物だと認識してるんだぜ」


 薄々感じてはいたが、ほぼほぼ確信に近くなる。

 とはいえ助けてもらった手前、わがままを言うことはしたくない。

 そもそも犬だろうが旧文明の遺物だろうが、カインは我輩を粗末に扱ったりはしないだろう。


「ま、いっかなんだぜ」


 幸せそうな表情のカインを見てため息をつくと、我輩は再びカインの腕の中にすっぽり収まり、目を瞑ってみた。

 助けてくれたお礼に、安眠用抱き枕になってやるんだぜ。


 ◆   ◇   ◆


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