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第五話(2) 一緒に行く?

「兄ちゃん、もしかして何か治癒術みたいなスキルが使えるのか?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど」


 つぶらな瞳でこちらを見るモモ。

 しかしその声音は少しだけ期待と、悲しさに満ちているように聞こえた。

 モモはとてとてとダンジョンとは反対側のほうへ歩くと、俺たちから少し離れたところで歩を止める。

 そして宙に前足を当てた。


「おれはこの遺跡で生まれた犬だから、ここから先出られないんだぜ」


 そう言い、てしてしと宙をひっかき始める。

 きっとそこに、三人の中ではモモにしか感じられない障壁の存在があるのだろう。

 俺は立ち上がりモモのそばに歩み寄ると、おもむろにその柔らかな毛の体をなでた。


「慰めてくれてんのか、兄ちゃん?」

「まぁそれもあるんだけど……」


 しんみりとしたモモをよそに、俺はモモの体に触れて、今度は確信すら得始めていた。

 やはり、モモの体はあの旧文明と同じ感覚がする。

 ゴーレムといった遺跡が生み出した生物であれば調整スキルでどうすることもできないが、遺跡が生み出した遺物であれば話は変わる。


「もしかしたらさ……モモ、ここから出られるようになるかも」

「なんだって!?」


 モモはそれを聞くなり、つぶらな瞳をカッと見開く。

 ベルナーも少し遠くで驚いた様子だ。


「必ずとまでは言い切れないから、俺の勘違いの可能性も否めはしないんだけど」

「いいな、ぜひやってみてくれなんだぜ!」


 先ほどまでの哀愁の雰囲気が一転、尻尾は激しく振られ耳が垂れている。

 ここまで嬉しがるとは思っていなかった。

 それはそれでこちらの緊張感が増すな……


「じゃあ、ちょっとやってみる。なんか体に異常とか出たらすぐに教えてね」

「おうだぜ!」


 俺はその場にあぐらをかいて、組んだ脚の間にモモを置く。

 そして今度は両手でモモの体にしっかりと触れて、目を瞑り魔力を流し込んだ。


「……やっぱり」


 モモの体全体に回路が現れる。

 頭のてっぺんから尻尾の先まで、ボス部屋の壁とは比較にならないほど細部まで作り込まれている。

 つまり、モモは生物ではなく、遺物になる。

 だとすると、俺の調整スキルでどうにかできそうなはず。


 少しの間、体をくまなく探して、体内でかすかに魔力を吸収し続ける機巧を発見した。

 おそらくこれが、モモが活動するために周囲から燃料として魔力を吸収するための、人間で言うところの心臓に当たるのだろう。

 それを分析していくと、モモがここから出られない理由がわかったのだった。


「お、終わったのかだぜ?」

「うーん……」


 俺が目を開けて手を離すなり、モモはわくわくした様子でこちらを見る。

 しかし俺が浮かない顔を浮かべた瞬間、一気に尻尾が垂れ下がった。


「やっぱり、ダメだったか……?」

「このままだと、ちょっと難しいみたい」

「そうか……」

「ただ、いま調べた感じ、1つだけ突破口があるかもしれない」


 再び尻尾が立ち上がり、ふりふりととてつもないスピードで振られる。


「いまのところは、モモの心臓にあたる機巧が何かしらの魔力を発生させて、この障壁を生み出していると思うんだよね」

「……なるほどだぜ?」

「……たぶんわかってないよね」


 なるほど、と言いながら首を傾げるのは、わかってない証拠なんだよ、モモ。


「まあとにかく、調整しちゃマズいところの機巧のせいで、この障壁が発生しちゃうわけ」

「そうか……」

「そう。この障壁が現れるのは俺のスキルではどうしようもできないんだけど、たぶん壊せそうなんだよね……ベルナー! こっち来て!」


 再び疑問に支配された瞳を前に、俺は、いつの間にか戻って鍋をかき回していたベルナーを呼ぶ。

 こちらの話はしっかりと聞こえたようで、拳にナックルダスターを嵌めながらやってきた。


「俺の出番ってことか?」

「そうなんだけど、そのナックルダスターはいらない」


 そう言うと、ベルナーはモモと同様に首を傾げた。

 なんで犬と同じ挙動をするのか、このギルド副統括長は……


「モモを抱っこして、体が動かないように押さえてくれる?」

「別に良いが……何をするんだ?」

「見てればわかるよ。モモは障壁のギリギリ近くのところで、外を向き続けて」

「わかったぜ!」


 二人は疑問がさめやらない様子だったが、ひとまず俺の言った通りにしてくれる。

 そして俺は、配置についた二人の横に移動すると、またモモの体に両手で触れて魔力を入れた。

 先ほどモモの体を見たときに、喉奥あたりに謎の機巧を見つけていた。

 旧文明の遺物らしく回路で魔法陣が描かれていて、細部はわからないけど、機巧の形を見るにおそらく何かしらを射出するものだと思う。

 ただどことも回路が繋がっておらず、あるだけで機能しない無駄な構造と化していたのだ。

 でも俺たち人間や普通の犬にはないものだから、きっとこれが仕事をしてくれるはず。


「それじゃあ、行くよ」


 調整スキルでほかのところから回路をじわじわと伸ばしていく。

 距離自体は短いからすぐにその謎の機巧に回路が届き、ゆっくりと魔力が充填される――


「おわっ!」

「なんだぁ!?」


 と思いきや、俺たちの体の魔力が一気に吸収され始めた。

 なんとか両手を離さずに、俺は目を開けてモモの様子を見る。

 モモは障壁のある方向をぼうっと見つめ、俺たちの変わりようには気づいていない様子だ。

 そんなことをしている間にも、どんどん魔力は吸収され、まるで根こそぎ奪われそうだ。

 ベルナーも同じ状況のようで、額に汗をかき、目の焦点が少しぶれ始めている。


 ――まずいかもしれない。


 とはいえ調整中に体から手を離すのは、あまり良くない。

 どうするか……と悩む。

 すると、突如としてモモの目と口が光りはじめた。


「え」

「え」


 二人の素っ頓狂な声が辺りに響く。想像だにしていなかった変化に、顔を見合わせる余裕もない。

 直後、モモの口から凄まじい勢いで、明るい光線が射出された。

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