第四話(3) ダンジョン最奥部の、もっと奥
「うぉっと!?」
「ベルナー!」
ベルナーはマスターゴーレムの素早い拳を即座に受け止める。
しかし勢いを受け止めるには力が強すぎたようで、眉間に皺を浮かべるなりすぐ横にいなし、距離をとった。
普段のような軽口は一切たてず、腕をさすりながらマスターゴーレムをじっと見つめるところを見るに、生半可な相手ではないと思ったのだろう。
その間にも、再び壁の別の場所から大砲が出てくる。
――ベルナーが戦いに集中するためにも、あれをどうにかしなきゃ。
「モモ。ベルナーが危なくなりそうになったら、教えてもらってもいい?」
「おう! 任せとけだぜ!」
モモを足場から落ちないようなところに下ろすと、俺は両手で壁に触れて目を瞑る。
そして先ほどよりも多くの魔力を流し、回路の様子をさぐった。
鮮明に見えるようになった回路の数に、少しめまいがするが、ここで止まっていてはいけない。
壁一面に広がる回路と、円筒の大砲を形成する回路。
そして大砲の後ろにある、回路を自動生成するための形作られた回路でできた魔法陣。
それらを認識した瞬間、自分の中にあった緊張感を遥かに凌駕する高揚感が湧き出てきた。
普段の武器では見られないような緻密で精巧な回路。
そして回路で形成された魔法陣は、新たな回路を生み出し、消費した砲弾を生成し続けている。
今の技術では作れないような難解な機巧を目にし、夢中になっていた。
「これが……旧文明の技術……」
これまで調整した武器とは違って、どこを切ったら動かなくなる、どこを繋げたら動くようになる……といった単純なものではない。
理解するのに時間も頭も酷使しそうなそれを前に、口端が上がるのを抑えられなかった。
「最っ高じゃん……!」
意識的にか、無意識か。
両手から送る魔力を勢いづかせるように、倍量を流す。
回路が克明に見えるようになった瞬間、もう笑いが止められなかった。
「モモ!」
「おう! 楽しそうだな」
「うん! 今から大砲の回路いじるから、どうなったか結果だけ教えてくれる?」
「任せろだぜ!」
モモの声の後ろから、ガキンと硬いもの同士が当たる音が断続的に聞こえる。
「いまベルナーってどのあたりにいる?」
「あー……っと、兄ちゃんの体勢で言うところの、左側の後ろだな」
「おーけー」
今まさに動きそうなのは、俺の背中に広がる空間の大体2時くらいに位置する大砲。
そしてその大砲の回路はちょうど向かいの方向に照準を当てている。
ならばまずは、この大砲の向きを移動させて照準を外さないといけない。
「これかな?」
大砲の根本にある回路に着目してみて、回路の対称性をいじってみる。
片方の回路を太く短くしてみると、後方からモモが「左回りに動いたぜ!」と叫ぶ。
それならば、と早く動かすために同じ部位の回路をもっと太くすると、一瞬回路がすべてなくなったかと思ったら、部屋全体を揺るがすような振動とともに凄まじい爆音が鼓膜を震わせた。
「大砲が射出されたぜ! 兄ちゃんの連れは避けたぜ」
「あまりいじりすぎると、自動で防衛機構が働くのかな……」
もしくは一気に太くしすぎたことによって、魔力が回路の耐久性を凌駕して、誤作動で射出されてしまったか。
ただ、これで大砲が射出される方法はわかった。
ならば次の大砲だ。
今度は6時に位置する大砲が動き始める。
これも再び回路をいじり、今度は射出のタイミングを自由に制御することに成功。
10時の大砲をいじったときには、一度目よりも柔軟に大砲の方向を調整することができるようになった。
「おい兄ちゃん、大丈夫か? 汗やばいぜ」
「やばいけど、でもいま最高に楽しいから大丈夫」
モモからの指摘で気づいたけれど、頭はくらくらしてるし、服は汗でびしょびしょだし、ベルナーの戦闘の音も聞こえづらくなっている。
おそらく魔力が欠乏してきているサイン。
元々魔力が多いほうなのに魔力が欠乏するなんて、昔どれだけ武器を一日で調整できるか試したとき以来か。
でもここでやめるわけにはいかないし、こんな最高のものをいじれるのを前に倒れるわけにはいかない。
――倒れてやるものか。
「今、ベルナーとマスターゴーレムって、どんな感じ?」
「さすがにベルナーは疲れてきて色々と遅くなってるが、マスターゴーレムはピンピンって感じだぜ。さすがにナックルダスターじゃ歯が立ってないみたいだぜ」
「おーけー。そしたら、マスターゴーレムが中央に止まった瞬間に合図して。大砲を動かすから」
モモは「わかったぜ!」と言い、それからベルナーに何かを叫ぶ。
その辺りの声はもう聞こえないけれど、ひとまず一つの大砲をいじり、中央に向ける。
その場で少し待っていたところで、「今だぜ!」という合図とともに大砲を射出した。
今度は壁が大きく震えることなく、轟音が空気を震わせる。
「マスターゴーレムに当たったぜ! しかも当たったことで、マスターゴーレムが少しだけ小さくなってるぜ!」
「よっしゃ。じゃあ、この方法で一気にカタを付けよう」
「おうだぜ!」
おそらくベルナーも今の今まで戦闘し続けているから、体力が減ってきているはず。
となると、ちんたらちんたら当てている暇はない。
なんならこっちもちんたらしている余裕はない。普通に今にも倒れそうだし。
魔力をさらに強く壁に流し込むと、ぐらりと大きく頭が揺れる。
しかしそれを気力でなんとかして壁に当てて動かないようにすると、モモの言葉を待ちつつ、すべての大砲を同時に動かし始めた。
思ったよりも難しいが、大砲の調節機巧はすべて同じ仕組みだから、魔力さえ続けば問題なくできる。
「あと10秒ほどで中央に来るぜ!」
遠くのほうでモモの声が聞こえる。
もう返事をする気力もないが、こくりとわずかに頭を動かして返事をする。
「5、4、3――」
カウントダウンが続き……
「今だぜ!」
その言葉と同時に、すべての大砲をぶっ放した。
鼓膜をつんざくような轟音とともに、金属が弾ける甲高い音が耳に届く。
少しして静寂が訪れたのは、耳が轟音で負傷したからだろうか。
しかし耳元で、「マスターゴーレムを倒したぜ!」という興奮していそうな声が聞こえてくるので、無事に倒せたのだろう。
俺は壁から両手を離すと、そのまま後ろに倒れた。
口の中が血の味がするし、頭はガンガンして痛いし、体は倦怠感が支配している。
でも――
「あー……楽しかった……」
高揚感だけは、体から消えなかった。
そしてそのまま、意識を失った。




