第三話(4) 初ダンジョン
扉の向こうは、宿の部屋が何十個も入りそうな広さの、開けた円形の空間だった。
何本もの柱のような装飾が部屋の壁に彫られ、荘厳な雰囲気を漂わせている。
だが中では大量のゴーレムがひしめき、中央に襲い掛かるゴーレムをひたすら殴り続けているベルナーがいた。
すごく笑顔で、そして悪魔ような声で殴りつづける彼は、なかなか近づきがたい様子をしている。
ただ後ろから足をひきずるような音が聞こえてくるので、時間の余裕はない。
近づくことは難しいので、ひとまず彼に呼びかけることにした。
「ベルナー!」
「お? カイン、どうかしたか?」
「いったんそのゴーレムたちを倒すのやめて!」
「は?」
途端に怪訝な顔になるベルナー。
しかしとくに手を止めることなく、ゴーレムの拳を受け止めては殴り返している。
さっきまでは一発で仕留めていたから、倒さなくなっただけ譲歩ということなのか。
「ドデカイゴーレムが出たんだよ!」
「ドデカイゴーレム……?」
首を傾げて訝るベルナー。
とりあえず彼に危機感を植え付けよう。
そしてとっととこのダンジョンから逃げることを考えさせなければ。
「なんかめちゃくちゃ大きいし、めちゃくちゃ硬そうで黒々としてるんだよ!」
「ほう……」
「なんかすごい強そうだし、安全エリアも全然効かないし――」
「その、後ろのやつみたいな感じか?」
「そうなんだよ! …………え?」
ベルナーに促されて振り返る。
いつの間にか再び扉がひらいていて、先ほど追いかけてきたドデカイゴーレムが背後に立っていた。
その赤い目は、さきほどと変わらず俺を見ている。
「ぎゃーーーーーー!!!!」
「ちなみにそいつは、マスターゴーレムって言って、このダンジョンのボスに当たるんだ」
「いまそんな説明はいらないよ!!!」
俺はひとまずモモと安全エリアの魔法具を抱えたまま、部屋の端に沿って走って逃げる。
ベルナーはというと、ドデカイゴーレム――もといマスターゴーレムを認識した瞬間に目をカッと見開き、それまで戦っていたゴーレムたちとの戦闘を早々に切り上げてしまった。
一応俺の傍までやってきて、マスターゴーレムから距離を取っているものの、戦いたくてうずうずしている……ような雰囲気を感じる。
戦闘狂たる所以はこれか……
「ここから逃げる手段ないの!?」
「そうだな……ところでその子犬はなんだ?」
「モモだぜ!」
「モモか。よろしくな」
「おう!」
「しゃべってる場合じゃないんだけど!!!!」
右腕で抱えるモモと普通にしゃべるベルナー。
あれ、もしかして王都に引きこもってた俺が知らないだけで、世にはしゃべる犬って結構いたりする?
冒険者の中だと当たり前の存在だったりするのかな。
いや、いまはそんなことどうでもいい!
「さっさとこの部屋から出て、ダンジョン出ようよ!」
「いや、出られねえ。ダンジョンの最深部の部屋は、ボスを倒さないと出られない仕様になってるんだ」
「はぁっ!?」
突然のその言葉に、開いた口が塞がらない。
あの超絶硬そうなあいつを倒す……?
「ちなみにあれの倒し方は……?」
そう問うとベルナーは、それはそれは素敵な笑顔で、右手につけたナックルダスターを俺に見せてきた。
「そりゃあもちろん、拳で、よ」
「…………」
脳筋ここに極まれり、ということか。
がっくしとうなだれる。
「お二人さん、だがこのダンジョン、まだ完全制覇はされてないぜ」
走りながら、やはりベルナーと一緒にやってくるという選択を間違えたか、と心の中で落胆していると、右腕のモモがふいに口を開いた。
「そうなの?」
俺がそう問い、ベルナーも首を傾げている。
「ここは何十年も前に俺たち冒険者ギルドが、あのボスを倒しただろ? その戦利品もギルドに保管されてるはずだ」
「ああ。だが、それはあくまで第一段階の制覇なだけであって、完全制覇じゃないぜ」
すでにこの部屋に入って、マスターゴーレムから逃走し続けること数分。
もうこの部屋の端を回るのも、何週目か。
相も変わらずマスターゴーレムは俺たちに狙いを定めて追いかけてきている。
全速力で走る必要はなく、他のゴーレムとの比較で速いとはいえ速度自体はそこまで早くはない。
でもそろそろ疲れてきたから止まりたいんだが。
「完全制覇すれば、この追いかけっこもなくなる?」
「おうよ! というか、完全制覇すればダンジョンからモンスターがいなくなるぜ!」
「そうなのか!」
ベルナーが目を瞠って、モモを見つめる。
副統括長からすれば、危ないダンジョンで命を落とす危険のある冒険者を減らしたいだろうね。
「ちなみにその方法は?」
「こんな可愛い子犬が知るわけないだろ?」
そうダンディな声で言い放ち、モモはぱちりとウィンクをした。
ちょっとイラついたから、魔法具をいったんベルナーに渡して、その手でモモの顔を掴み、ぶるぶる震わせた。
「今そういうのは求めてないんだけど!!!!」
「あわわわ、やめろ~~~」
そうしてちょうど逃げ続けて、マスターゴーレムが入り口の傍を通って何週目になったか。
ピシリ、と大きな音が部屋の中に響いた。モモじゃなくてもわかるくらいの大きな音だ。
するとマスターゴーレムが立ち止まり、なぜか丸まりはじめた。周りを見るとその他のゴーレムもなぜか丸くなっている。
俺たちも立ち止まり、辺りを警戒しはじめる。
「……なんだ?」
「さぁ…………って、ん?」
部屋の様子を見ていると、ふいに視界に違和感を覚え、おれはそちらに視線を移す。
「なんか、柱にヒビみたいなのが入ってない?」
たしか、この部屋に入ったときには、そんなボロボロなものではなかったはず。
そうして俺が柱の様子を見ようと足を踏み出そうとした瞬間。
ビシビシイッ!と一際大きな音がしたと思ったかと思うと、部屋が大きく揺れ、そして――
「うわぁああああっ!!!!!!」
部屋の床が、一気に崩れた。




