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第三話(1) 初ダンジョン

「さて、ダンジョンだあぁっ!」

「……はぁ……」


 結局、いろいろと考え込んだ末にダンジョン経由で迂回することになった俺たちは、王都から北西に位置するダンジョンへやってきていた。

 この国のダンジョンは様々な形態があり、遺跡のような石造りのものもあれば、南国の木々が生い茂ったジャングルなどもあるし、外から見ればただの洋館といったようなものもある。

 そもそもダンジョンの定義というものが『旧文明の遺跡によって、絶え間なくモンスターが湧いているエリア』なので、姿形は問わないのである。


「まぁここはもう人の手が入ってるし、そんなに大きなとこじゃねぇから、気にすんな!」

「とはいってもさぁ……」


 目の前に広がる石造りの遺跡群を前に、俺はガックシと頭を垂れた。

 王都を出てから数日。

 武器調整屋という珍しい職業ではあれど、基本的には商人というか職人として生きてきた俺が、なぜダンジョンに来ることになってしまったのか。

 戦いには慣れていないし、武器を振るうことも慣れていない。

 モンスターを見たらびっくりしちゃうし、本当にちゃんと戦えるのか不安でしかないのだ。

 俺は何度目かのため息をつく。

 するとベルナーはバシバシと俺の背中を叩いて、ガハハハッと笑った。


「大丈夫だ、モンスターは俺がなんとかしとくから、武器を調整してくれたらあとは陰で隠れてりゃいいさ」

「……そうさせてもらうよ……」


 あまりに気が進まなすぎるが、でもここまで来てしまった以上、もう腹をくくるしかない。

 幸いなことに魔力だけはあるほうだから、いざとなったら防御系の魔法具を取り出して隠れてよう。


「あとは、いつか空を飛ぶ魔法具を開発して、ダンジョンの上を通れるようにしよう……」

「なんか言ったか?」


 意気込むために深呼吸をしながらブツブツ呟いていると、ベルナーの声が届く。


「なんでもない――って! ちょっと置いてかないで!」


 顔を上げるとすでに彼はダンジョンの先のほうに歩いていっている。

 俺は慌てて彼のもとに走っていった。



 ベルナーの言う通り、すでに人の手が入っているダンジョンということもあって、道中は思いの外サクサクと進むことができていた。


「は~! 疲れた~!」


 ダンジョンに入ってからはや数時間。

 モンスターが入ってこられない魔法具が設置された安全エリアにようやくたどり着いた俺は、バッグを下ろしその場に座り込んだ。

 安全エリアは人が数人入れる程度の大きさのエリアで、今は誰もいない。

 ゆっくり休めそうでよかった、と俺は息をついた。


 ちなみにここまでに現れた敵はすべて、ベルナーがさくさくとナックルダスターで倒していた。

 調整スキルでナックルの強度を頑丈にしつつ、ナックルダスター全体に魔力が行きわたりやすいようにしたから、魔法を帯びさせて戦うのもそれなりに楽だったと思う。

 この遺跡のモンスターは、石でできたゴーレムという種類のモンスターが主。

 動きこそ遅いが体が大きくて重いため、一撃くらっただけでも大怪我に繋がるらしい。

 さらには剣の刃だと攻撃するどころかとっとと刃こぼれしてダメになってしまう。

 だからベルナーにはナックルダスターを渡したうえで、魔法を帯びさせてゴーレムの外壁を壊しやすくしたというわけだ。


「こんなところで疲れてちゃ、まだまだ先は長いぜ?」

「仕方ないだろ、もともとインドア派だったんだから」

「ははっ、じゃあ運動不足解消だな」


 くるくるとナックルダスターを手で回しながら、 ベルナーは笑った。

 普通の武器商人であれば金属を武器にするために槌を振るうし、そもそも剣やハンマーといった金属を自分で採取する人もいる。

 対照的に、武器調整屋だった俺は、材料は必要ないし槌を振るう必要もないから、普段から体を動かすわけではない。

 この数日、ダンジョンまでやってきて、ダンジョン内を歩いた歩数だけで、これまでの歩数と同じくらい歩いているんじゃないだろうか。

 やっぱり運動って大事だな、って実感する。


「お手柔らかに頼みたいよ……」


 俺が手をひらひらとさせると、ベルナーは「けけっ」と笑い、そしてふいにあたりをぐるりと見回しはじめた。

 彼の手にはまだナックルダスターがはめられている。


「ちょっくら小物退治に行ってくるわ、ここから出るんじゃねえぞ」

「はーい」


 返事をするなり、ベルナーはとっとと安全エリアから出て行ってしまった。

 耳を澄ますとゴーレムが移動するドシンという重い音が近くから聞こえるから、そのゴーレムと戦いに行ったのかな。

 拳で戦うのは初めて、って言ってたから、慣れさせるという目的もあるのだと思う。


「ふ~……」


 まだまだダンジョンを通り抜けるまでには数日必要だし、なんならまだダンジョンに入って一日も経ってないが、体の疲れがそれなりに溜まっている。

 この調子でダンジョンを通り抜けて、帝国にいけるだろうか……なんて思いになってしまう。

 体を休ませるために、その場に横たわる。

 安全エリアの魔法具さえ壊さなければここにモンスターが来ることはないから、気楽に過ごすことができる……とベルナーが言っていた。


 ――とはいえ、いつかはここから出てダンジョンを歩かないといけないんだけど。


「よう、兄ちゃん。悪いがちょっと端に寄ってもらってもいいか?」

「あっと、すみません!」


 ふいに凄まじくダンディな声が響く。

 他にもこの迂回路を使う人がいたのか。ベルナーだけだと思ってたんだけど、そうでもないらしい。

 俺はすぐに体を起こすと安全エリアの端に寄って声の主を見る。

 だが視界には人の姿が見当たらない。


「ん? あれ?」

「どうした兄ちゃん」


 もう一度声の方向を見るが、人は見当たらない。

 そうして視線を下ろしていくと、訝しげな表情の生物を見つけた。


「そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔して、何か我輩の顔に変なものでもついているか?」


 凄まじく低音で、落ち着くような声音。

 そんな声を発するのは――


「……ポメラニアン?」

「おう! ポメラニアンだ!」


 白くて可愛い、ふわふわな毛並みの、子犬だった。

次話→3/29 22:00ごろ。

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