第71話:青の感謝。わたしの好きな人
「これ、は……」
そういえば前に言っていた気がする。記念イラストがどうこうと。
いつものように選択肢から外していたし、お金がないと嘆いてた彼女のことだから他の方に頼むと思っていたから意外だった。
妖精の森の夜。三日月の光が照らす木の下で。
一人の少女が木の幹を背もたれにして、スケッチブックを片手に、ペンを片手に持って寝落ちている。
そんな彼女の周りには妖精がそれぞれ花を持ってきていて。びっくりするかな、驚くかな? なんて話しているような顔でいたずらする。
きっと彼女は目を覚ました後、周りの花束で驚くことだろう。
だって他の誰でもない、秋達音瑠香。つまりわたしなんだから。
「言ってたっしょ、いつかにか先生に描いてもらいたーい! って! そんなわけで描いてもらいました!」
わたしの、音瑠香の理想がそこに表示されている。
繊細なタッチ。だけどアニメやゲームから飛び出してきたような可愛らしさで。
青の彩色が際立って光る。肌の白さが透き通っていて。妖精の森の背景とマッチし、実はわたしも妖精なんじゃないか? なんて思わせてしまう。
どこまでも憧れた、描いて欲しいとずっと願っていた、想像以上の神イラストだ。
「…………」
「あれ、どうしたん? 絶句しちゃったみたいな?」
「……ううん」
この神イラストを描いたのは他でもない白雪にか先生だ。
でも依頼して、足りないお金をいつもの生活から更に無理して、頑張って……。
わたしのために、頑張ってくれて……。
「嬉しいだけみたい」
「……えへへ、ならよかった!」
思わず涙をこぼしてしまいそうなほどだった。実際もう一筋の涙として頬から落ちてたかも。
でもさ。このイラストを、わたしのことが好きな人が頑張って工面してくれて。
当然にか先生にも感謝している。それだけじゃない。オキテさんは、赤城さんはいつだってわたしの嬉しいことをしてくれる。優しいことをしてくれる。それらが全て詰まって、胸の奥でぎゅうぎゅうに詰められて。もう弾けてしまいそうだ。
「にか先生からのお祝いメッセージもあったりー」
「えっ?!」
わたしがもはや鼻声なのを知ってから知らずか。
そんなことどうでも良さそうに追撃してくるオキテさんは、にか先生からのメッセージを読み上げていく。
「拝啓 秋達音瑠香 ちゃんへ」
まずは音瑠香ちゃん、1周年おめでとうございます。
ボクはオキテちゃんにキミのことを教えてもらって応援し始めましたが、今では立派な推しの一人です。
最初はオキテちゃんがそんなに言うなら。と半ば半信半疑でした。
音瑠香ちゃんがボクのイラストを好きだから、依頼した。って、ちょっと不純な動機だったんだけどね。
でも音瑠香ちゃんのイラストを見て、確かに確信したんだ。
ボクの絵柄に影響されているんだなーって。
絵師としては誰かに感動を与えたり、影響を与えたりすることはすっごく嬉しいことなんだ。
目の前に繊細なタッチと可愛らしさが溢れて、でも自分の道をしっかりと歩んでいる素晴らしいイラストを見て、ボクはオキテちゃんの気持ちがわかったんだ。
やがてオキテちゃんを通じて交流を始めて、真摯にイラストに向き合う姿を見て、ボクも刺激を受けた。
もっともっとイラストがうまくなりたい。立派なイラストレーターになりたい。
キミにあっと言わせられるイラストが描きたいって。
今回のイラストもオキテちゃんからのご依頼だったけどね、実はちょっとサービスしたんだ。
普段は先払いなんだけど、今回だけは後払いにして。
他でもないオキテちゃんからの依頼で、応援したい相手だったから。
気に入ってくれたら、嬉しいな~。
2年目も、音瑠香ちゃんとオキテちゃんの活躍を、楽しみにしています。
「白雪にか。ってことで、めっちゃ愛されてるねー。ちょっと嫉妬しちゃうわー」
「うん……」
:泣いてる?
:泣かせにきてる
:泣け
:てぇてぇ
:ねるにか。ありか?
:神に感謝
「ずず……。本当に、皆さんありがとうございます……っ!」
泣くつもりはなかった、というつもりはない。
けれど、尊敬する師から他でもないわたしへの贈り物だったから気合を入れてくれたんだろう。
それにそんなわたしのことを好きなオキテちゃんの人徳だから、彼女の頑張りが報われたんだと思う。
すべてはわたしなんかの。……ううん。わたしのために。
こんなに愛されたことなんて人生の一度もない。
Vtuberはチヤホヤされたいからやっているという人がいることは知っている。
でもいろんな苦難や困難、孤独に苛まれて、1年も満たない内にやめちゃう人が後を絶たない。
わたしも、その1人だと思っていた。適当に過ごして、頃合いを見て終わらせて。
でも露草さんが、赤城さんが、オキテさんがずっと見ていてくれた。
眺めていただけの理想が、にか先生がわたしを認めてくれた。
こんなご褒美、嬉しすぎて……。
だから、恩返しもしたくなる。
わたしだって、もらってばかりじゃない。
せめて、わたしの。……オキテさんには、見てもらいたい。
画面の操作を始め、最初からセッティングしていた秘密の画像ファイルをわたしは開いた。
「……だから、これはお礼です。応援してくれた皆さんに。オキテさんに」
「えっ。えぇぇ?!!」
:おっ?!
:こ、これは!!!
:アッ!
:仰げば尊死
:てぇてぇ死
:ああああああああああああ!!!!
:キマシタワー!!!!
:オキマシタワーーーーーーー!!!!!!!!!
その画面に表示したのは、わたしが丹精込めて描いたイラスト。
超特急で、本気で、大好きなみんなに。……オキテさんに向けて描いたイラストだ。
音瑠香とオキテが、お互いに恋人つなぎで手を結び、笑顔で笑い合う2人。
その周りは光に包まれていて、きっとわたしたちを中心に光っているんだな、とか思ったら流石に自分のことを過大評価し過ぎかな。
少なくともわたしはオキテさんのことを光だと思っている。
「ずっと、ずっと。出会ってから臆病だったわたしの手を引いてくれて、わたしの見たことない世界を見せてくれて……。ずっと素直になれなかったけど、今日ぐらいは、言おうと思います」
「は、はい!」
普段とは違って珍しく敬語で、ガッチガチに固まったオキテさんを見て、少し微笑む。
変なの。そういう役目はわたしのものだって。
初めて口にすると思う。わたしの想っていること。考えていること。
告白されてからずっと考えていた。オキテさんの好きってなんだろうって。恋愛の好きってなんだろうって。
結局分からなかった。だって経験がないから。
経験がないのに、オキテさんはわたしに告白してくれた。
その勇気が、その愛情が、わたしにもあるだろうか、と考えたこともあった。
そんなの、最初から分かりきってた。
「最初はただのギャルだと思って、苦手だなって思ってた。でもその優しさというか、あったかさを知って、わたしも優しくしたいって思ったんです。でもわたしは不器用だから、傷つけたり素直に言えなかったりで。オキテさんにはいつも迷惑をかけていたと思います」
「そんなことない! 確かにちょっとうざいな、とか空気読めないな、とか思ったことはあったけど!」
「あったんじゃないですか。……でもお互い様ですよ、そんなの」
陰キャとギャルは反りが合わない。
趣味趣向が似通っていても、根本的な行動力の差が、優しさの総量が違う。
不器用に突き進んで、たまに傷つけあって、それでも手を伸ばして焦がれていた。
わたしは、その光に。その優しさに憧れた。
「だから好きになったんです。いいところも、悪いところも」
反りが合わないのは当たり前だ。陰キャとギャルだけじゃない。他の人たちだってきっと合ってない。
合ってないなりに、ちゃんと考えて、理解して、優しく許しあえばいい。
だってわたしも、オキテさんのことが好きなんだから。
「あ、あはは……。ね、音瑠香ちゃんにしては素直なこと言うじゃん……」
「もっと言います。わたしは、朝田世オキテさんが好きです! 大好きです! 推しとかじゃなくて、相方とかじゃなくて、もう恋人として! この前の告白の答えはこれです!」
「…………はぁ」
まるで身体から魂が抜けたような声が出た。
耳の先っぽまで真っ赤で、口元だってだらーんと緩んでしまっている。でもニヤニヤしてるのか口角はちゃんと上がったままだし、何より目線が泳いでて。いつものしっかり堂々としたオキテさんはどっかに行っていた。
……やりすぎた? やば、わたしも段々照れて動けなくなりそう。
その前に、さっさと枠は閉じる!
「は、はい! じゃあそんな感じで、皆さんありがとうございました! 次回の配信でお会いしましょうでは!!!!!!!!」
:ありがとう、おきねる
:神に感謝
:これがイヴとイヴか
:ありがとうおきねる。末永く幸せになれ
:次回のコラボ配信も安泰だわ
:死
:お互いに照れ照れですわこれは
:スゥーーーーーーーーーーーーー
この瞬間の同時接続がやたら多かった気がするのは、きっと気のせいだろ。
決してレモンさんやにか先生が配信を宣伝していることに対して怒っているわけじゃない。
ただ。恥ずかしいものは恥ずかしいんだよ……。




