第70話:青の不明。なんだこの線の塊
「なーんにも見えない」
「だろーねー!」
これ、実はコメントも見れなかったりするのでは?
前も見えないんだから、コメントが見れないのも当然じゃん!!
「あの。これ、配信的に成立してます?」
「面白ければよし!」
陽キャはこんなノリだから困る。オタクのわたしに超絶優しいギャルこと、朝田世オキテだがこういう普段の言葉の端々から感じる面白ければ何でもいいじゃん感。
後先考えずとりあえず面白ければ、楽しければ。あとからどうしようと考えるのは陰キャの悪いところだとは思うものの、もうちょっと節操というものをですね……。
「あ、じゃー音瑠香ちゃんにもアイマスクをつけておいてっと」
「そこまで用意してるんですか?!」
「にか先生に作ってもらった!」
「えっ?! いいなぁ」
プロイラストレーターと知り合いになったものの、友だちよりもアイマスクよりも描かれないことに定評がある白雪にか先生オタクのわたしです。
何をしているかは分からないけれど、こそこそと右腕に髪の毛が触れるからちょっとくすぐったい。
「はい、じゃーこれからゆるキャラを描いてもらうよー! なんかリクエストとかあるー?」
「事前に決めてるとかじゃなかったんですか?!」
「そこまで考える時間なかったんだもん。許して!」
そんなハートのマークがついてそうな謝罪。……まぁ大したことないから許してしまうかもしれないけれど。
そんなこんなでわたしは目隠ししながら雑談をおよそ数十秒。帰ってきた最初のリクエストはこれだ。
「メロンスイカマンだってー!」
「なにそれ?!」
め、めろんすいか、まん? メロンなの? スイカなの?
分からない。マン、ってついてるから人だよね? え、人にメロンとスイカが装備されているの?
「ちなみにオキテさん、これ分かるんですか?」
「うんや? 分からん」
ですよねー。インターネットに狭く浅い知識しかないわたしでも、そんな有名になりそうな名前を一発で分かるよ。
有名になれないからゆるキャラなのか。それとも創作上の生き物で、実は存在しないのでは?
「あ、いるっぽいよ! スイカとメロンの名産地だってー」
「いるんだ……」
どうしよう。1周年記念なのに、むしろそっちの方が気になって仕方ないよわたし。
「今からその動画ここで流しましょうよ」
「興味出すぎでしょ! ウケる!」
「いや、1週回って気になりません?」
「分かるけど、それはまた今度ってことでー!」
まぁ、同時視聴会でも今度しよう。
これからの配信に加えてもいいかも。おきねると見るアニメ鑑賞会、とかさ。
口先ではそのようなことを半ば脳死気味で発しながら、真面目にメロンスイカマンとやらを描いていく。
とはいえ、完全にナニモンなのか分からないゆるキャラ。想像10割。妄想100割で何となく、それっぽーく感覚で描いていく。
でもさ。普段は板タブレットで描いているんだよ? 液晶タブレットで直接入力するわけじゃない。ってことで、いまどんな線を描いているのか、全く分からない。
「くふふ……! アハハハ! ヤベー!!!」
隣ではこのように爆笑されていた。
これ正解時のイイコト、というのはもう無理なんじゃないかな。
ま、まぁいいさ。配信中にえっちなことでもされて、わたしの変な声が全世界へお届けせずに済んだということで。
「うーん、まぁ。こんな感じかな」
「おっけい! じゃーマスク外そ!」
耳にかけていたゴムを外して、アイマスクを取る。
視界にいきなり光が入ってきたことで、眩しい。強く目をつぶってから、恐る恐る開いた。
ぼやけた視野がやがて輪郭を帯びていく。謎の線の塊も、一緒に。
「……なんこれ」
:俺が聞きたい
:頑張った方
:ムリゲーでは???
:草
:やりたくなってきた
:草
「あの。オキテさん……」
「はい、これがメロンスイカマンね」
「……似てない!!」
本物は両肩にメロンとスイカの鎧を付けた、左右真っ二つに色が違う正義のヒーローみたいな風貌。
目の前にある線の塊は……。これ、なんて言ったらいいんだろう。丸につぶされてる人間の図?
「ま、だいぶ正解に近いっしょ!」
「これでいいの?!」
:草
:判定ガバで草
:ガバガバで草
:あ、うん。はい
:草
:こんな草しか生えん
:誰がなんと言おうとメロンスイカマン
えー、これはだいぶぐちゃぐちゃで欠片もあってない気がするんですけど。
で、でも……。わ、わたしも頑張ったし! なら正解でいいか!
半ば自暴自棄に正解判定を下したわたしには果たしてどんなイイコトが待ち受けているのか。
何をするのか分からないオキテさんの顔を見る。めちゃくちゃニヤニヤしていた。え、わたし何されるんですか?!
「じゃーご褒美、あげなきゃねー!」
「……。あの」
「なにー?」
「なんで手をワキワキさせているんですか?」
わたしに何かをしたくて堪らないような彼女はとにかくにニヤニヤしていた。それだけでわたしの恐怖感がものすごく高まった。
「ま、待ちましょう! 何か分からないけど待ってほしい!」
「罰ゲームは嫌だーって言ってたじゃん」
「い、いや。それはそれ。と言いますか……」
:腹をくくれ秋達音瑠香
:誉ぞ
:おとなしく首を差し出せ秋達音瑠香
:我々にてぇてぇを献上せよ
:草
コメントに助けを求めようと思ったら10割全部わたしの敵だった。
うわーーーん! 何されるのさホントにさぁ!!!
「はい、じゃあ前向いてー」
「あっはい……」
まぁ陰キャと言えば強い圧力に抗えない生き物。
これが同調圧力、というものなのだろう。わたしはか弱い生き物。そんなものなんのその! なんて言えたら、今頃陰キャにはなっていないんだよ。およよ……。
大人しく前を向いたわたしは、外してあったアイマスクを再度身につけさせられる。
こ、こんなところで目隠しプレイ?! い、いや。流石のオキテさんもそこまで節操と倫理観とその他諸々が欠けている人間ではないはずだ。
……だ、だよね?
「……ちょっと待ってて」
「ひぅん!」
待って! そんな至近距離で耳元に囁かないで! いきなり耳に息がかかったからびっくりしたっていうか、もうなんというか怖いよ! 怖すぎてちびっちゃうかも。
左肩に手をそっと置かれて、右肩にはオキテさんの。その、豊満で柔らかい感触が押し当てられる。
おぉ、これがおっぱいの感触かぁ。ってしみじみ納得している場合ではない。
マウスに添えられた右手がオキテさんの手と重なる。ぴくっと反応するけれど、フェザータッチで優しく包み込む彼女のぬくもりを感じていたら、少しどうでもよくなった。
それからいくらかマウスが移動し、クリックを数回。それでオキテさんの手が離れた。ちょっと、もったいない気がした。
「はい、もーいいよー! マスク外して!」
言われたとおりに外す。身に着けた時とは別の画面が見えた気がする。
何だろう。まぶしくて見えないけれど、徐々に。そう光に目が慣れていく。
「わぁ……」
そこに表示されていたのは、わたしが長年望んでいたもの。
白雪にか先生による、秋達音瑠香のイラストだった。




