第62話:青の惰性。明日は何をすれば
Vtuberを何故続けているのですか?
最近こういう質問を意見箱から聞かれたことがある。
みんないろんな回答を持っている。
友だちを増やしたいから。有名になりたいから。夢を叶えたいから。
それぞれの考えは立派で素晴らしくて、わたしにはない考え方だなと思う。
わたし? わたしがその質問を答えるとき、少し戸惑った。
首をかしげて、うーんってしばらく唸ってしまったんだ。
どうして? そんなの簡単。わたしにはそれらしい夢や目標をすべて叶えてしまったからだ。
友だちという名の相方、もとい友達以上恋人未満の関係性の子がいる。
その子のおかげで登録者数も夢だと思っていた300人を超えて、今もじわじわと伸びている。
イラストだって自分のキャラデザが結構ウケていることを知ったし、実際に依頼らしきものもDMに投げられており、それらをどうしようか今は保留中だ。
友だちも、評価も、すべてに満足してしまったわたしは、ふとそんな質問を目にして悩んでしまったんだ。
「わたし、なんでVtuberやってたんだっけ?」
贅沢な悩みだとは百も承知だ。だが掘り返せど、掘り返せど、始めた理由も達成していればやめる理由も特にない。だから惰性で続けているだけ。そういう事になってしまう。
「あはは、よく考えたらオキテさんとかレモンさんとも知り合ってるし、憧れのにか先生ともお話できてるわけだから……。わたしって結構幸せなのでは?」
:お気づきになられたか
:せやな
:V満喫してて草
朝田世オキテ:あたしも音瑠香ちゃんと出会えて幸せだよ!
:友達少ない
白雪にか:嬉しいな~
何も懸念することはないんだけど、何もないと言えばそれまでだ。
だから惰性で続けるならもっと目標を持てばいいんだろうけど、いったいどういう目標を持てばいいのだろう。
本格的にイラストレーターへの道を歩むとか? それともとりあえず美大でも受験して、絵の勉強とか……。
いずれにせよ、Vtuberとしての範疇ではないよね。
「友達少ないって言わないで。割りと、気にしてるから」
:草
:音瑠香ちゃん、オキテちゃん居ないとぼっちだから
:同志よ
:イラストだけの女
朝田世オキテ:音瑠香ちゃんにはあたしがいるし! それ以外は全員いらないっしょ!
「オキテさんさぁ、たまにめっちゃ重いよね」
白雪にか:わかる
:わかる
:わかる
:特に音瑠香が絡むと
朝田世オキテ:えぇ、そう?
この際だし、いろいろ全部ぶちまけてしまおうか。
Vtuberを始めた動機も不純だし、それまでなかった機材を一括購入する行動力の怪物といい、これが陽キャってやつなのだろうか。いや、それが朝田世オキテというバーチャルギャルであり、赤城さんって言う距離感バグ人間なんだと思う。
まぁ、流石にやめておくけど。
「わたしは重いと思うよ。まぁここまで引っ張ってきてくれたのは紛れもなくオキテさんだから何にも言わないけど」
朝田世オキテ:お、おう……
:デレ
:はいデレ
:キマシタワー
「え、今ので?! 別に感謝するくらいはいいでしょ! それより、こっちもできたから見て!」
そう言って話をそらしつつ、出来上がった1枚のイラストを配信上で公開する。
というのも今日はいつものお絵描き雑談配信。わたしの配信の6割はこれで埋まっている。
残りは? と聞かれれば、3割はオキテさんとのコラボ。1割はゲームだ。ゲームはその。……マジで苦手なんです。ドン引きされるぐらいには。
:おみまいのイラストか?!
:かわいい!!
朝田世オキテ:かわよっ!!!!
白雪にか:あー、かわいー!!
「えへへ、ありがとー。最近なんか妙に人気だったし、試しにアニメ見たらドはまりしました」
妹がこっそり盛った薬のせいで、兄がTSして幼女になっちゃうアニメなんだけど、作画も然ることながら、こう。一つ一つの仕草がかわいいんだ! 指先まで骨入ってますねあれは。アニメーターさんが丹精込めて骨を入れて動かしてる。それだけ所作が男らしくも、徐々に矯正されていくのがまた……。
「これがTSの文化なんだね」
:あかん
:あのアニメはこじれる
白雪にか:あれは歪むね、性癖が
「身近にあんな可愛い子が居たら、わたしも突撃してるかな」
:おらんやろwww
:陰キャには無理
朝田世オキテ:え、音瑠香ちゃんがそれ言う?
オキテさんのコメントを見て、思考が一時停止する。
ん? なんかおかしいこと言ってないこのギャル? わたしはそういう所作がかわいい女の子ではなく、ただの陰キャだ。背中を丸めて歩いてたら怒られるし、いつも眠そうにあくびしてるようなそんなダメ人間。分かってるよ、わたしだってそう思ってるぐらい……。
白雪にか:オキテちゃんの癖の話ししてる?
:オ、オキテちゃん……?
:オキテネキ???
朝田世オキテ:みんな会ったことないからそう言うんだよ! 音瑠香ちゃんはマジで可愛いから!
「そ、そこまでにしましょうか。あはは……」
コメントが完全に沈黙してる。オキテさんがダダ滑りしてしまっているんだ。
でも本気でわたしのこと、可愛いって思ってるから美容室行ったり、メガネを一緒に買いに行ったりしてくれたのかな?
それはそれで嬉しいけど、あまりにもガチ恋がすぎるでしょ。あ、いや。ガチ恋だった。この前このギャルに告白されたんでした。
「じゃあオキテさんが空回りしたところで、今日はこの辺で終わろうかな」
:おつねるー
:おつねる!
朝田世オキテ:ひどー! おつねるー!
:おつおつ!
次回の配信予定などもちょこっと伝えてから配信を閉じた。
ふぅ、今日も1枚イラスト描けたし、いっぱい話もできたから満足だなぁ。
でもVtuberを続けている理由、か……。
赤城さんと出会ってから考える暇がなかったから、この半年ぐらいですごく充実したV活になった。だからだろう。赤城さんがいれば、ぶっちゃけVtuberやめてしまってもいいんじゃないかなー、とか考えてしまうのは。
「はぁ……明日から新学期、かぁ」
それもこれも、高校最後の1年がもうすぐ始まるからだ。なんかこう、青春ノスタルジックみたいな、そんなのに浸ってしまったんだ。よく分かってない単語を並べただけだけど。
進路とかいろいろ、ちゃんと決めなきゃなぁ……。はぁ、気が重たい。
「ん? DM来てる」
それは噂をすれば、というか赤城さんだった。
内容は配信お疲れさま! っていう労いの言葉と、明日から3年生だね、という世間話だ。ごく一部を除けば。
「3年生も同じクラスになれるといいねー! かぁ……」
ぼんやりと考えて、すぐさま二度見した。
「同じ、クラス……?!」
ってことは……!
「クラス替えじゃん!!!!」




