第58話:青の理解。心の底からありがとうを
「もう一回言う! あたしはね、あんたが悩んでることがあればチカラになりたい。そのぐらい愛してるから!」
皆さんは、友だちから告白されたことはあるだろうか。同性の。しかも自分には何もないと思っていたはずだったのに。
でも実際は違うみたいだった。赤城さんの眼差しは真剣そのもので、冗談なんてものがそこに混じってくることはない。
純粋に、真っ直ぐで眩しい光を、わたしは受け止めてしまった。
信じられない。そんなわけがない。何かの勘違いだ。
そんな自信の持てなさが先に来てしまうが、同時に気になっている人に選ばれたんだという喜び、嬉しさ、この勘違いは本物だった。なんて浮かれてしまう自分もいて。
だからすぐに返事を出すことができなかった。
あっけらかんにボーッとしてしまい、ただただ赤城さんの顔だけを見ている。
でもいくら見たって、そこにあるのは赤城さんがわたしを好きだという事実そのものだけ。
何度でも言う。冗談なんかでこの人が人を惑わすわけがない。
「あはは、やっぱ信じられないみたいな顔してるね」
「えっと、あの。……えっと」
「その顔、あんまり飲み込めてないでしょ?」
「あ、はい……」
お恥ずかしながら。
だって突然そんな告白を言い出すんだから、戸惑ってしまうのは無理もない。
もしかして、泣いているわたしに同情していたのかもしれない。でなきゃ、こんなわたしのことを好きになる人なんか……。
そんな言葉が思わず口から漏れてしまってハッとする。
違う、そんなつもりはない。今の言葉で赤城さんの気分を害してしまったら……。
そう考えていたけれど、実際の顔を見ていたらやれやれ、みたいな。相変わらずだなぁ、と言わんばかりの顔で少し意外だった。
「ほんっと、青原って自分に自信なさすぎでしょ。あたしが告白したのに何なのさ、その態度は!」
「いや、えっと……」
「どうなのさ、あたしに告白されて! 好きだぞって言われて!」
それは、その。なんというか。
わたしには恋愛経験がない。だから好きになっている感情を知らないし、これが恋なんだとか、愛とはどういうものかなんて、遠い世界の話だと思っていた。
でも赤城さんと接するようになってからだ。なんとなく。そうなんとなく、1人の人間として。個体としてハッキリと意識するようになったのは。
毎日赤城さんのことについて考えているし、最近は特にそうだ。
わたしの中に勝手に入り込んできて、さらにだらだらと居座って。最初は迷惑だった。本当に最初だけは。
今は……。今、わたしが思っていることは……。
しばらく、沈黙がわたしたちの間を取り巻く。10秒、1分。それとも10分?
うすーく引き伸ばされた沈黙は実際のところたった数秒何だと思う。
でも、そのたった何秒かでわたしの考えていたことは、朧気ながら形を丸めていく。
分からないを分からないなりに形にしても、多分ふわふわしたものが出来上がる。
それでもいい。わたしはそれでも、今この胸の中にあるふわふわしたものを赤城さんに伝えたい。
「なんでわたしなんだろう、って思います。他にもたくさんいい人がいるのにド陰キャで取り柄も何もないわたしなんだろうって。……でも、赤城さんはそうじゃなかったんですもんね」
わたしを選んでくれたってことは、たくさんのいい人の中からわたしが良かったと言ってくれたようなもの。
ド陰キャでも取り柄がなくても、赤城さんはいっぱい喋ってくれて、遊んでくれて。その内わたしのことを好きになってくれて。その気持ちは絶対に間違いではない。だって赤城さんだもん。赤城さんが選んでくれたのがわたしなら、その。半分ぐらいは納得できる。
「だから分からないから教えてほしいんです。わたしが好きなことを……」
「……っ!」
さっきまで泣いていたのもあって、多分上目遣いの潤んだ瞳になってしまったのはあざとい部分だと思う。
けど、教えてほしいんだもん。自信にさせてほしいんだもん。
わたしのことをちゃんと好きな人がいるんだって。愛してくれた証明が、欲しいから。
「……ほんっと、ずるいよ。青原は…………」
赤城さんの暖かい右手がすぅっと髪を撫でる。
徐々に。そうゆっくりと。赤城さんの顔が近づいてくる。
く、来るんだ。わたしのことが好きな証明が。
ちょっとだけ怖い。こんなに間近に人の顔が来ることなんてなかったから。
思わずギュッと目を閉じる。いつ来るかもわからないその暗闇の中は、ただの逃げ場のない逃げ場。怖いって気持ちが助長されるだけの空間。
でも赤城さんのぬくもりを、優しい手を信じたかった。わたしのことをいつも考えている優しさを。
そう考えていたら、ちょん、っと鼻の頭が何か柔らかいものに当たる感触がした。
恐る恐る目を開いて見る。すると、赤城さんの透き通った肌が視界全体に入ってきた。胸がトクンと大きく跳ねる。
目を閉じた赤城さんのまぶた。鼻筋を通って、わたしの鼻の頭と赤城さんの鼻の頭がキスをしていた。
満足したのか離れていく頭。心臓はバクバクで、まともに視線が通わない。
息は、苦しいけど。でも悪くないって気持ちで、よく分からない。
よく分からないなりに、安心した気持ちになった。
赤城さんはいつもの太陽のような笑顔でこう口にしてくれた。
「分かった?」
「あ、あの……。なんで、口じゃなかったんですか?」
赤城さんの気持ちはすごく伝わってきた。
けれど唇同士にキスじゃなかったことが、少しだけ分からなくて。そこに安心したのかな。全然分からないから聞く。
「いやー、あたしもホントはちゅってしたかったよ。でもなんか強引な気もして。青原も友だちと唇でキスとか嫌かなー、とか考えてたら自然と。えへへ……」
あぁ、この人は。本当に……っ!
本当にわたしのことを考えて、自分のことみたいに想ってくれてるんだ。
それが。それが……、すっごく嬉しくて、優しくて……っ!
気づけば衝動的に赤城さんの胸の中に飛び込んでいた。
「あ、青原?!」
「ありがとう。ありがとう、ございます……っ!」
「あたしは、なんも……」
「そんなことありませんっ! わたしのことをいっぱい考えてくれたの、すっごく嬉しかったから……っ! ずずっ」
「……んん。考えてるよ。だって好きなんだから」
少なくともわたしには恋愛の好きが分からない。恋愛経験なんてないし、そもそもひとりぼっちだったし。
でも今日、その考えは改めるべきだと思った。
分からないけど、分かりたいと強く願う。だって、こんなにもわたしのことを考えてくれる人がいて、優しく割れ物のように触れてくれる大切な友人を得て。
その人から告白されて。
ちゃんと答えたい。分からないをちゃんと理解して。そして……。
「ありがとうございますぅぅぅぅぅ!!!!」
「うわぁ! ハンカチ! ティッシュもあげるから!!」
わたしも、赤城さんを好きって言いたい。




