第57話:青の原因。あたしを惚れさせた。1人の人間として
女児向けのゲームをして、周りに引かれるぐらいのテンションで遊びまくり、もういいかなぁ、という頃合いで今度はクレーンゲーム。
赤城さんが「任せろ!」なんて言って、よく分からない多分ポピュラーなんだろうキャラクターのぬいぐるみを渡してくれた。
ゆるキャラ何だと思う。詳しくないから渡されてもはてなを浮かべるだけだが、見てて癒やされるのは間違いなかった。
「……赤城さんが、取ってくれたぬいぐるみかぁ」
「ん? なんか言った?」
「え? あっ、何でもないです」
ぬいぐるみに顔を埋めて、盾にする。
わたし、なんてことを口走っちゃったんだ。
そ、そりゃあ恋人ごっこなわけだし、それらしいことはするよね。うんうん。例え相手がド陰キャのわたしだったとしても、それは仕方ないわけだから。
だから赤城さんのためにも依頼は早く終わらせなくちゃいけない。終わらせなきゃ、いけないのに……。
「そっ! それじゃあ次はどこに?!」
「おっ! 食いつきいいじゃん! 次はねー……」
このままデザインが決まらなくてもいいんじゃないか、なんて甘えが頭の中でよぎってしまう。
手をつないで、赤城さんのぬくもりを感じながら、少し肩をぶつけ合ったりして。
わたしなんかに似合わないような、恋人ごっこをしてて、本当に勘違いしそうになる。彼女がわたしなんかのことを好きになるはずがないのに。
「ここって、ネカフェですか?」
「うん、一緒にアニメ見たいなーって思って!」
やってきたのはビル街の一角。わたしでも知っているネットカフェの看板がでかでかと表示されていた。
そういえば、ネカフェも来るのは初めてかも。憧れてはいたものの、いつも1人だったし家にいるから別にいいかなーって思って行かなかったんだ。
エレベーターで受付の階に上がると、その場で会員証を獲得。発行料が意外と安かった。
それから部屋決め。まー、一番安いプランでいいのかなぁ。
「あ、ふたりとも1部屋、PC付きで」
「かしこまりましたー」
えっ?! 2人1部屋?! そんなあるんだ。
PCってことはそこでアニメを見るって感じかぁ。
赤城さんってどんなアニメが好きなんだろう。やっぱ日常系とか? それともガツガツのバトル系。果ては料理系などなど。最近に限らずアニメは基本幅広い。それぞれの作品にキャラクターがいて、設定があって、展開があって。そんな奥深さがハマるきっかけになったりするんだよねぇ。
「よし、ここだねー」
「……え、すご」
PCもある。座椅子もあるし、いざとなれば寝そべったりもできる。
程よい狭さ。周りだって静かだし、漫画も飲み物も使いたい放題借り放題。
なんだこの神空間は?! もしわたしが邪悪な悪魔だったらここに閉じ込めて封印しておけば、多分向こう5000年は堕落し続けます!
「あたしも数回来たことある程度だったけど、やっぱ楽だわー!」
赤城さんは荷物を放り投げて、座椅子に座り込む。
それに習い、わたしも遠慮がちにカバンを横においてから赤城さんの隣りに座った。明らかに距離が近い。いい狭さって言ったけど嘘。もうちょっと広くしてくれ。
「っはー! 疲れたー! 今日はアニメ見ながらおしゃべりしておしまいにしようかなーって」
「そうですか。いいですね」
なんか落ち着かない。
慣れない場所っていうのもあるけど、赤城さんの隣っていうのが落ち着かない。
さっきまで手を繋いでたし、いつも隣りにいるのに、今日はなんだか。余計に意識してしまっているというか。
あー、勘違いしそうになる。大体、陰キャは優しくされたらすぐに調子に乗ってしまう生き物だ。ひょっとしたらこの人はわたしのことが好きなのかもしれない。とか、そういうことばかり考えてしまう。
でも大概はそういうのはなくて、陰キャがただ勘違いしているだけ。そのはず。
こんな。こんな心を乱してくる恋人ごっこは早く終わらせなくちゃ。
じゃないと。……じゃないと。
「ねぇ、青原」
「っ! は、はい!」
「今日は、楽しかった?」
「あ、はい! もちろんです!」
楽しかった。楽しかったからわたしは辛かった。
赤城さんがわたしのことを気遣ってデートを申し入れていたこと。息抜きになれば。そう思ってのことだろう。
また赤城さんに無理させてしまった。わたしなんかより、もっと大切にすべきものがあるはずなのに。
「よかったー! 青原が思い詰めてるの知ってたから、チカラになりたくって!」
「…………」
誰のせいで。いや、わたしが承ったのに、未だにできてないから、か。
赤城さんはわたしに期待してくれている。だからそれ以上でもそれ以下でもない。
期待には答えなきゃいけないのに、納得の行く答えがでなくて。わたしにとって朝田世オキテっていったいなんなのか、分からなくなってしまった。
「ごめんなさい、心配させてしまって」
「そうじゃないって。あたしがそうさせたって分かってるし、それに……。恋人なんだから心配してトーゼンよ!」
「…………それは、ごっこ。じゃないですか」
最近妙に恋人という言葉を使ってくるのは知っていた。
だからその度に「ごっこ」という言葉を添えている。そうじゃないと、もしかして。なんて考えがよぎってしまう。
いや、もう巡り巡ってる。むしろ1番キャラデザが分からなくなっているのはこれが原因かもしれない。
赤城さんを見る度に話しかけてくれるかな? ってソワソワしてしまう。
オキテさんと一緒に通話していると、なんだか嬉しくなって会話が続いてしまう。
2人の姿を見て、もっと似合うわたしになりたいと願ってしまう。
紛れもなく、わたしは赤城さんに影響されていた。
そもそも関係性の始まり方がおかしいんだよ。わたしのVの姿に一目惚れして、わたしに話しかけてきてくれて。そしたら今度はパソコンもモデルも全部買ってVtuber、って。厄介ガチ恋勢みたいなムーブじゃん。
本当は気持ち悪い、なんて嫌いになって当然なのに、接し方も何もかも1人の人間として扱ってきてくれて。ファンとしても友だちとしても、相方としても。きっと悩みながら適切に接してくれていたんだ。
優しすぎる。こんなにオタクに優しいギャルがいていいのか?
都合が良すぎるんだよ、わたしにとって。
「っ……。青原、泣いてる?」
「へ……?」
気づけば頬を伝うのは一筋の涙。いつの間にか涙が溢れていた。
自覚すれば、それは徐々に溢れていく。ヒクヒクと鼻を鳴らして。泣きたくない。こんなところでダサいところなんて見せたくないのに。
「ちょっ! 大丈夫?! なんか悪いもんでも食べた?!」
「ズズッ! 違います。違いますからっ!」
恋人でも何でもない同性に、こんなことしてくれるなんておかしいよ。
でも口にしたくない。吐き出したくない。言ったら絶対嫌われちゃうかもって、わたしなんかが言葉にしたら赤城さんでも許さないかもしれないからっ!
やがて赤城さんは慌てながらもハンカチを取り出して、わたしに貸してくれた。
ずびずびと、とりあえず鼻水で汚さないように涙だけで濡らして。
「あたしさ。青原にどうしても言いたいことがあったんだ」
「……ふぇ?」
言いたいことって、なに?
もしかしてわたしのことが気持ち悪くなって、関係をやめたいとかそういう。
わたしが面倒くさいやつなのは分かっている。引きこもりで人とも喋らず、絵を描いてコミュ力を捨てた陰キャ。相手の接し方なんて分からなくて。
……気になっている人の考えていることなんて特に分からない。
だからだろう。その言いたいこと、が。とんでもなく怖かった。
「あたしはさ、青原が悩んでることがあったらチカラになりたいってずっと思ってるんよ。ず~っと。それこそ音瑠香ちゃんのことを知ったときぐらいから」
そんな前から。でも、わたしには接点がなくて……。
「青原と出会って、友だちになって。あたしの気持ちはドンドン膨らんでいった。お泊りとかしたり、恋人ごっことか言い始めたりしたのも、それが原因。ただ青原のチカラになりたかったから」
今までのまとめを口にされて、なんとなく。否が応でも、わたしの中に現れた考えを振りほどく。
だ、だって。今までそんな素振り……っ! いや、してきたけど。わ、わたしなんかじゃそんなのに値しなくて……っ!
同時にまさか……。という期待がわたしの中でも膨らんでいった。
だから急に怖くなってしまった。本当に赤城さんはそれでいいのかって。
「い、嫌です。わたしは、わたし1人でもなんとかなったはずなんです。わたしはあなたに好かれるような人間じゃないし、あのまま多分フェードアウトしていく予定だったVtuberでもあって……」
「好かれる人間だよ! 第一……。あたしを惚れさせた。1人の人間として」
「……え?」
その言葉がやけに遠くから聞こえる。
でも耳の中にはちゃんと、いや、脳裏にちゃんと焼き付いて。
振り向くことしかできなかったわたしに向かって、赤城さんは世界で1番美しい言葉を口にした。
「好きなんだよ、青原のことが!」




