第51話:青の夜長。あたしが頼みたかったから
配信は好調な様子で幕を下ろした。
そんなに他人のチョコの渡し合いが面白いのか、と言われれば少し疑問に思ってしまう。だがレモンさんが過去に言っていた女の子同士の百合絡みは健康によいのだとか。
『おつかれさーん! 今日もありがとねー!』
「いえ、こちらこそありがとうございました」
時刻は大体23時ぐらいか。ならもうちょっと喋る時間ぐらいはありそうだ。
なんとなく、今日は赤城さんと話したい気分だった。
「チョコ、美味しかったですよ」
『えへへ~! トーゼンっしょ! あたしが頑張って作ったんだから!』
「赤城さん、何でもできますもんね」
本当に、出来すぎなぐらいに。
赤城さんは太陽だと常に心の中で例えている。
太陽みたいな笑顔もそうだし、態度だって。それからVtuberのモチーフも。
でもそれ以上に勉強もできて運動もやれて。お菓子作りだってこんなに美味しくできて。それから友だち作りも。
こんなわたしでさえ友だちと言ってくれて、こんなに慕ってくれて。自分にはもったいないぐらいだ。わたしの中にふっと現れた、まるで嫉妬のようなモヤモヤだって、本来なら赤城さんに向けていいものじゃない。
陰キャのわたしが、陽キャに向けていいものなんかじゃないんだ。
だから時々苦しくなる。赤城さんが眩しくて、目を覆いたくなる。
一人ぼっちでいられずに済んだのは赤城さんのおかげなのに、チャンネル登録者が伸びたのだって全部。ぜんぶ赤城さんのおかげなのに。
『そんなことないってば! あたしは青原みたいな特化型の方になりたかったけどなー!』
「……全然器用じゃないので、あまりおすすめしませんよ?」
『不器用でも真っ直ぐに動けてるじゃん。それがカッコイーんだって!』
「……かっこいい、ですか」
かっこいい。その言葉を復唱するだけで、なんとなく心が浮ついた気持ちになる。
言われ慣れてないどころか、そんな風に褒められたことがなかったから。
特化型は真っ直ぐ動けててかっこいいんだろうか。わたしからしたら惨めにすがっているようにしか見えない。
わたしみたいな中途半端に尖った才能があっても、にか先生みたいな本物のにはなれない。
なりたいからずっと頑張ってるけど、オキテさんのキャラデザだってまだ滞っている。どこまでやればいいのか。どこを着地点とするのか。霧で視界が見えなくなってしまったようで、迷子になっている気分だった。
「どうなんでしょうね」
『不満?』
「いえ。自分でも、分からなくって」
結局のところ、あるものと言えば自己肯定感のなさとか、自分のことを信じられないこととか、そんなんばかりだ。
自分に自信を持っている赤城さんは強いなぁ、って話。
『じゃー、教えたげよっか? あたしがあんたに構ってる理由』
「へ?」
それは、なんというか。ちょっと……。怖い。
『あっ! 別に悪い話とかじゃないから! オタクってすぐそういうところ悪い風に考えるよねー』
「まぁ、Vtuberはふとした拍子に大切なお知らせから引退があるので」
『それとこれとは別じゃね? あはは!!』
幸いにもわたしは推しが引退、なんてことはなかったけど、引退したらきっと1日は手がつかなくなるんだろうなぁ。
あの人ずっとゲームしかしてないから、引退する理由が私生活以外だとあんまり考えられないけど。
「というかそれ、聞いていいやつなんですか?」
『なんで?』
「いや、秘密にしておこうみたいなのとか、あるんじゃないかなーと」
『なんでよ! 青原みたいに極端に秘密主義とかじゃないし!』
こ、これが陽キャのオープンな視野ってやつなのかな。あまりにも強すぎる。強すぎてまた眩しくなってきた。うぅ、目が痛い。
『とーもーかーく! あたしが気に入ったのは音瑠香ちゃんのイラストからなのよ!』
「え、わたしのですか?」
『うんうん。そっから配信見始めて、今に至るってわけ! 最初は青原も音瑠香ちゃん推しなんかなってずっと声掛けそびれてたんよ』
「へ、へー……」
えっと。イラストから見て、配信見始めて。わたしも音瑠香推しだと思って……。
ん? 結局どこから入ったんだ?
『なんかピンときてない感じ?』
「イマイチ点と点が繋がらないっていうか」
『……青原のスマホを覗き見ちゃったんよ』
は?
『いや、マジでたまたま! 悪意があったとかじゃなくってさ! 後ろを向いたら青原がスマホ見てっから気になるなーって見たら音瑠香ちゃんがね?!』
「な、なに覗き見てるんですかぁ!!!!」
なるほどなるほど。わたしのスマホから音瑠香の存在を知って、音瑠香の配信に来るようになった。それからわたしのことを知った、というわけね、なるほどなるほど。
「覗き魔! 変態ですか!!」
『そこまでは言ってないじゃん!』
「もしえっちな動画でも見てたらどうするんですかぁ!」
『え、青原ってエロい動画見るん?』
「みっ!! 見ません!!」
これっぽっちも興味がないわけではないけど、それは普通家で見るって!
わたしにはこのパソコンがあるわけだし、じゃぁなくって!
「はぁ……。ホント、そのエゴサ力どんだけなんですか」
『気になったらつい、ね。一応ロゴもあったからそれっぽいの探しまくったわ。3日ぐらい』
「どんだけ音瑠香に一目惚れしたんですか……」
わたしとしては、まぁ。嬉しいことですけども。
そんなに音瑠香のデザインがよかったんだろうか? でもありふれてるデザインな気がする。
赤城さんが3日探すぐらいには刺さったわけだから、音瑠香にはその価値があったのだろう。
『だからよ! それを生み出した青原もすごいってわけ!』
「そ、そですか……」
改まって声を大にして言わなくたって、一応伝わってますし。はい。
『キャラデザの件だって、あたしが頼みたいって思ったからなんだよ?』
「それは、お金がなかったからとかじゃなかったんですか?」
『そんなの我慢すれば貯まるでしょ。そーじゃなくって! あんたに頼みたかったの。あたしのことをいっちばんそばで見てるあんたに』
そ、そんな小説や漫画でしか見たことのないセリフを気軽に使わないでほしい。
いろんなことに鈍感なわたしでさえ、心臓を突かれたみたいにビクンッと反応してしまった。
大丈夫。これは百合営業の一貫。百合営業百合営業。
「ま、まぁ。それなら頑張らないとですね」
『あんまり気張りすぎるなよー』
気張りすぎないで、と言われても。わたしにはないものを出せと言われているんだ。それに期待だってされている。期待にはしっかり答えなきゃいけない。だから頑張らないと。頑張って、オキテさんを1番オキテさんらしく描かないと。
『お、もう0時じゃん』
「あ、本当ですね」
気づけばもうてっぺんの深夜0時。どうやらずっと喋り倒していたらしい。
『うっし、あたしはもう寝るわ! 青原も寝なよ?』
「分かってますよ」
『よろしい! じゃあおやすみー!』
「はい、おやすみなさい」
赤城さんが通話から落ちたのを確認して、わたしも通話部屋から抜けることにした。
さて、キャラデザ案をいくつか考え直さなきゃ。もっとオキテさんらしく、赤城さんらしく。わたしが、赤城さんの1番であるように……。
「……? なんか引っかかる言い回しな気が……。気のせいか」
よし、まずはギャル衣装は当然として、清楚っぽい衣装とか、あとは妖精みたいなやつとか。
赤城さんにはその場で寝るとは言ったものの、結局わたしが布団に入るのは大体2時間ぐらい後だった。




