第49話:青の暗雲。バレンタインデーがやってきた!
それから数日が経過し、本日はバレンタインデー当日となった。
もちろん下駄箱にチョコが入っていることがなければ、机の下のスペースにも入っている様子はなかった。
まぁわたしのような教室の隅っこでボーっとしているような女の子に渡すチョコなんてそうそうないか。
当の本人。つまりわたしはと言えば、スクールバッグの中に透明な袋にラッピングしたチョコが1つ。うーん、ちょっと味気ないかな。でも作って欲しいって言われたし、今日のバレンタインコラボでお互いに食べ合うということをする以上、味気なくても食べられれば問題ない。
「青原」
「はっ! はい! って、星守さんでしたか」
「なんか態度雑い」
「そ、そんなことないですよ?」
実はありました。
声をかけられるならまずは赤城さんから、だと思っていたからか、星守さんが声をかけてきてくれたことが少し意外だっただけで。
別に星守さんだからガッカリしたわけではない。そう、ガッカリじゃない。むしろチョコを渡す口実にだってなるんだから。
「で、今日は。その、挨拶だけですか?」
「もしかして、アンタも実は期待してんの?」
ギクッ!
星守さんとはちょこちょこ交流してるし、ワンチャン貰えないかなー、と考えていたのは本当のことだった。
その気持ちが表に出てしまっていたみたい。乞食みたいで嫌だったかな。
ま、まぁ、そんなことより。あげるものはさっさと献上しなければ。
「た、確かに期待はしてましたけど……。これ、星守さんの分です」
「……へー、友チョコ持ってくるとか、感心感心」
「赤城さんの分を作ったら、余ったので」
「余り物かよ」
ケラケラと笑いながら、星守さんは袋のリボンを外してから、中にあるトリュフチョコをひとつまみして、口の中に放り込んだ。
結局友チョコ用に作ったものとしてはトリュフチョコが定番だって言うので、試しに作ってみた。結構疲れた。世の女子力のロマンというものはなかなか面倒くさくて、1年に1回もこんなイベントがあるんだと考えるだけで億劫になった。
「んん~、甘い」
「赤城さんの好みに合わせたので」
「余りとか言ってたもんなー」
「お味のほどはどうですか?」
「……フツー」
うーん、反応しづらい反応。普通と言われたら、まぁ普通かぁとしか答えられない。
もっと美味しくて満足度が高い代物のほうが赤城さんは喜んだかなぁ。
一応懐にはもう1つ用意している、本命もどきがあるけど、これを本当に赤城さんにあげていいものやら。
「ま、つゆなら喜ぶんじゃね?」
「なら、いいですけど……」
ちょっとは話す、という間柄だが、所詮は友だちの友だち。間に入ってくれる赤城さんがいなくては、会話もあまり捗らない。
赤城さん、どこにいるんだろう。迷子の子供の気分になってしまったが、そもそも赤城さんは母ではない。妹みたいなやつとは言われたから、姉でもいいけど、同級生を母とも姉とも言いたくはない。
もう、どこにいるんやら。
「あ、つゆなら今日は忙しいかもよ」
「え、なんでですか?」
「まー、アイツ人気者だから」
付いてこいみたいな視線を感じつつ、教室から出て廊下へと進む。
……確かに人気そうだ。知らない女の子がデレデレしながら、赤城さんにチョコを渡していた。
何チョコだろう。流石に義理チョコかな。
「アイツ結構面倒見いいし、すーぐ挨拶してちょっかいかけるじゃん? そしたらガチ勢もそこそこいるわけよ」
「……まぁ、でしょうね」
なんとなく。そう、なんとなくだ。
心にもやもやとした暗雲が立ち込めるのを感じた。
赤城さんのあの顔は使い慣れた外面の笑顔だ。彼女に裏表はないと分かっているが、クリスマスに一晩泊まった実績があるわたしにとって、物足りなく感じる光だ。
太陽は辺り一面を広く照らせる。わたしだけに優しいんじゃなくて、周りにだってその笑顔を振りまいていることはよく知っているはずだった。
でも最近はずっとわたしに付きっきりだったし、もしかしたら赤城さんもわたしのことを特別視してくれているんじゃないかって変な期待を抱いてしまっただけに、使い慣れた外面でさえ女の子に向けてほしくはない。
って、何考えてるんだわたし。そもそも変な期待って。恋人ごっこはあくまでごっこで、特別視も何も、わたしと赤城さんは仕方なく百合営業してるだけだし、裏表がないから外面はみんなに見せても問題ないわけで。
段々自分じゃない自分が少しずつ傲慢になっていくのを感じて、すぐさま檻の中に閉じ込めたくなる。
わたしの感情だけど、わたしは知らないモノ。まるでテセウスの船のように、中身が変わっていって、その後出来上がったものもわたしと呼べるのだろうかという問題。
わたしには、簡単に答えられそうにない問題だ。
「どーよ、行ってきたら」
「……いえ、遠慮しておきます。こんな日ぐらいは赤城さんの好きにしておきたいですし」
「…………そっ。でもスキを見て渡しておけよー。今日はコラボなんだろ?」
「まぁ、そうですけどね」
どんなに変わっても、目の前にある予定だけは変わらない。
なんとかして渡さなきゃなぁ……。
お昼休みもクラスの人に持て囃されてるし、気付けば放課後。
赤城さんの肩には明らかに疲労の色が見えていた。
「さすがに、ここで行ったら迷惑かな」
他人に遠慮して、相手に遠慮して。そうしたらこんな自分本位に引きこもりになってしまって。
正直に言う。赤城さんがわたしをどう思っているか分からない。だから怖いんだ。チョコを渡すのも、恋人ごっこするのでさえ。
でもここで引っ込んだらコラボでチョコの食べ合いとかできなくなるわけで。
それはなんというか。……その。嫌だなぁ。と思う。
赤城さんが迷惑するかもしれない。でも結果的にコラボで迷惑をかけてしまうかもしれない。人は矛盾の中で選択を迷ってしまう時がある。今がそれだ。どちらにせよ迷惑をかけてしまうのであれば、いっそ選ぶ勇気を決めてしまえばいい。
その勇気があれば、こんな陰キャにならずに済むんだけどさ。
息を吸って、1つ吐く。息を吸って、2つ目を吐く。
……うぅ、ダメだ。やっぱり自分から人に話しかけるなんて陰キャ根性が根付きすぎて、スタートダッシュが引っかかってしまう!
くぅうぅぅぅ!!! 動けわたしの足! チョコを持って、さぁ!
「うぅぅぅぅっぅうううううう!!!!!」
「なに唸ってるん?」
「うわぁぁぁあああ!!! あ、赤城さん?!」
白か黒かを選ぼうとしていたら、向こうからやってきていた。
あ、よかったぁ。結局陰キャだから、話しかけられて安心してしまった。
「えっと、これは。その……。気合、ですかね?」
「何の気合なのさ」
「さ、さぁ? えへへ……」
愛想笑いで誤魔化したけど、懐にあるチョコは結局出すしかない。だってコラボで使うし。そのために作ってきたんだし。本命もどきチョコを。
「あ、あの……。これ」
「……ぅお、これ、あんときのチョコ?」
「ま、まぁ……。こんな感じかなぁ、って」
大きくハートで作られたチョコ。表面には I Love You と描いてしまったチョコペンのサイン入り。まさかこの歳になってこんな小っ恥ずかしい事を描くことになるとは思ってもみなかった。我ながら反省してる。
で、でも。赤城さんの反応が良ければ……! って、なんで口元抑えてるの?
「え、そんなにブサイクでした、わたしのチョコ?」
「い、いやー? ふぇへへ……。な、なんでもないってマジで。へへへっ……」
なにそのキモオタみたいな反応。
まぁ一応推しからのチョコだし、間違いはない、か。
「いや、マジかぁ。マジかぁ……。めっちゃ嬉しい!」
「そ、そうですか。ありがとうございます……」
やばい。なんだかわたしまで少し照れてきた。
まったくもって、このギャルはやることがずるい。ニヤけて褒めて、それから他人には見せないようなくしゃくしゃっと崩れた無邪気な笑顔が、わたしだけの太陽が暗雲立ち込めていた心の中を晴らしてくれた。
「ほ、ほい! これチョコね! じゃ、じゃあまた後で!」
雑に投げられたお返しチョコを受け取ったら、赤城さんはそのままダッシュでカバンを持って逃げ出してしまった。なんかこれ、見覚えあるなぁ。もうあれから3ヶ月ぐらいか。
「……すご、高そうなラッピングしてるし」
流石に今開けたら楽しみを取って置けないよね。
透明なビニール袋ではなく、ちゃんとしたラッピング袋に包装されたチョコの中身を想像しながら、今日の大一番、バレンタインコラボまで待機することにしよう。




