第47話:青の恋人。恋人ごっこ中だから恋人つなぎもセーフ
始まりました。第二次赤城さんにチョコあげるかどうしようか論争。
司会はこのわたし、青原文佳がお送りいたします。
という冗談はさておいて、放課後になってしまえば男の子たちは何故か女の子に色目を使うようになり、それを嫌がった女の子がそそくさと逃げ帰っていく教室を眺めて、ため息を付いた。
そうだよなぁ。バレンタイン、そりゃ学生にとってみれば、大きなイベントかぁ。
誰が好きとか、誰のことを愛してるだとか。そんなの考えたこともないわたしには遠く眩しい存在にしかならないわけで。
そんな眩しい存在がいるとしたら、そこにいる相方、もとい今は恋人ごっこ中の赤城さんだ。
ひたすら男子に声をかけられたと思えば、愛想笑いをして速攻で突っぱねている。人気者は大変だなぁ。流石クラスカーストトップの女だ。
そんな女の子とわたしが仕事とは言え、恋人ごっこの契約を結んでいるんだから変に調子に乗ってしまいそうで困る。もっと冷静に。冷静になれ。
「よっ、待たせた?」
「いえ、今日も人気だなぁと思って眺めてました」
「クラス全員に義理チョコ渡す予定なんだから慌てんなって話よ! 帰ろ!」
へー。赤城さんはすごいなぁ。クラス全員に義理チョコって、どれだけお金かかるんだろう。
やっぱりバイトしてるとそれくらいお金が入ってくるのだろうか。常に散財しているイメージしかないから、貯金とかはなさそうだけど。
「今日はどこに行くんですか?」
「んー、スーパーかなー。チョコ作んなきゃだし!」
「へー……」
……ん?
「赤城さん、チョコ作れるんですか?!」
「まーねー! 驚いた顔してんなー!」
赤城さん、普通にお菓子作れるんだぁ。見た目によらずだいぶ器用なことができる。というか赤城さんにできないことってあるんだろうか?
もうここまで来ると、できないことなんてありません。完璧超人です! ふんすふんす。みたいに威張れるでしょ。
「まぁ、意外でしたね」
「青原は作れなさそう」
「うっ……。まぁ、相手がいませんでしたし……」
たまにグサグサ刺してくるのは本当に無意識なのか、わたしをいじって遊んでいるのか。
確かにチョコを作ったことはないですけど、あれですよね! チョコを溶かしてなんかなめらかにして型に入れて、冷蔵庫チンして完成、みたいな。
その程度ならちょろいちょろい。わたしを舐めないでください。一人暮らしウーマンですよ。
「今年はいるじゃん。……あたしとか、さ」
「百合営業もしてますしね。あとは星守さんとか……」
あとはオンラインだけど、写真でも撮ってツブヤイターとレモンさんとにか先生にでも自慢しておこうかな。作ったことはないけど、多分やれるやれる。
などと考えていたら、赤城さんがものすごく不機嫌そうな顔でわたしのことを見てくる。え、わたしなんかやっちゃいました?!
「いるじゃん。恋人のあたしとか、さ!」
「い、いや……。それはお仕事の対価と言いますか……」
「……へー、お仕事の対価ってそんなに雑に扱っていいんだー。ふーん」
むしろこういう空気になりそうだったから雑に扱いたかったんですよ!!
だいたいなんですか、恋人ごっこって! 赤城さんだって好きでもない同性と恋人になる趣味はないでしょ。だからこうやって塩対応を続けていたのに、報酬として頑張りすぎなんじゃないんですか、赤城さんは! もっと自分を大事にしてくれ!
「だ、だって。とっ、友だちですし……」
「じゃあ友だち兼恋人のあたしには特別なチョコくれないん?」
「いや、あの……」
「ダメ?」
そ、そういうの反則だってば!
自分が顔がいいことを分かっててやってるでしょ! 首を少し傾けて、ちょっとうつむきがちに上目遣い。普段は赤城さんの方が背が高いから甘えた風にはしてこなかったけど、こういうときだけきっちりやってくるあざとさ。これがコミュ力ってやつか。甘え方もコミュ力に通じる。わたし理解した。
理解したけど、自分で出来るとは言ってないよ!
思わず照れて声が出ない。声が出ないとあまりにもガチで照れてる感じが出てきてしまうから嫌なんだ。だからなんかこう、あ、とか。うん、とかそういう軽い音でも出ないと、この空気感に負けてしまいそうだ。
「……ふふっ、青原ガチ照れしてる」
「しっ、ししし、してない、です……」
「いやー、青原いじると楽しいわー! 普段仏頂面で塩対応なのに、いじったらこれだもん!」
「こ、こいつ……っ!」
でも照れてしまったことは間違いないわけで。なんにも言い返せない。
「じゃあ本命チョコってことでー!」
「そ、それは聞いてないですって!」
「どうせあげる相手なんてあたしぐらいなもんでしょ? だからいーじゃん!」
「……まぁ、いいですけど」
本命、って言われると、まるでわたしが赤城さんのことが大好きでたまらないみたいな風に聞こえてしまう。
ま、まぁ。好きですけど、そういう恋愛的な好きが分からないから、友だちとしての好きですよ、うん。友だちとしての。
「じゃあ恋人ごっこ始めー! ってことで、手貸して!」
「え、あ。はい」
またもや考え事をしている最中に声をかけられたので、とっさに手を差し出すと、赤城さんは次にとんでもない行動に出る。
手のひらからゆっくりとなぞるようにわたしの指の隙間に自分の指を滑り込ませる。そしてぎゅっと指を折り曲げれば完成。恋人手つなぎだ。
「なっ?!」
「はーい恋人ごっこなー! 一緒のときはこれで移動ってことで!」
「えいやあのそのなんと言いますかそのこれは」
「ごめん、何言ってるかわかんないや!」
動揺しすぎて言語能力が一時的にショートしてしまう。
え、なんで? いや恋人ごっこだもんな。恋人ごっこなら恋人つなぎも普通なのか? あ、恋人って付いてるもんね? あ、じゃあいいのか。恋人ごっこ中なら恋人つなぎも普通かぁ。
わたしも恐る恐る指を折り曲げる。触れているのは赤城さんの健康な手の甲。触れてるだけでしっとりと保湿されていて、冬なのに肌がスベスベだった。
なんか。なんか、すごいなぁ。そんな言葉しか出てこないぐらい、頭の処理スピードが低下していた。
「意外とこれ、密着するね」
「そ、そうですね」
それと気づいたことがもう1つ。
恋人つなぎは意外と距離感が近い。当たり前だけど腕も絡み合っているのだから、赤城さんがすぐ隣りにいて、肩が歩く度にちょっとぶつかってしまう。
少し隣を向けば赤城さんの顔が近くにあって。目と目があったりでもしたら、なんかもう。照れてしまう。陰キャは目と目があったら死んでしまうんですよ? スーパーに行くまでの間、わたし生きていられるかなぁ?




