第44話:青の不安。あんたは1人じゃない
驚きの等価交換を聞いた気がする。
2回も同じことを質問しても、2回とも同じ返事が返ってくるなんて。
いや、おかしいでしょ! いくらキャラデザ料が足りないからって、自分を身売りするって! それだったら友だち料金として普通にタダやってもいいのに。よし、打診してみよう。
「そんなっ! 赤城さんが身売りする必要なくないですか? これはお友だち料金ということでタダでやるみたいな……」
「ダメ! これはあんたの勇気づけも兼ねてるから!」
「勇気づけ?」
勇気って、あの勇気でいいよね? 胸の奥底から湧き上がってくる敵に対するチカラとかそういうの。あるいは勇者がよく使ってる不思議パワーみたいなの。勇気があるから強くなれた、みたいなさ。
わたしにそれがあるか? と聞かれたら、まったくもってない! と首を横回転させて否定する自信がある。そこらへんの自己否定意識はその辺の陽キャとは真逆なのだ。
でもそれを付けようとしてくれてるって、赤城さんはやっぱり優しい。わたしなんかにも手を差し伸べてくれるのだから。
「あたしはさ、青原にはもっと自信を持ってほしいんよ。例え人見知りで、1人じゃ黙って作業するしかできなくてもさ、イラストは神がかってるしこんなにもかわいくなったし!」
それ、褒められてるのか褒められていないのか分からないんですけど。いや、両方か?
そりゃ人見知りのコミュ障で、話しかけたいけどできないから黙って1人でイラスト描いてるし。でもそれが褒められて、赤城さんのおかげでかわいくなったのなら、それはそれで嬉しいというか。なんと言うか。落として上げられた気分。
「急に1人で知らない奴と話しかけるってわけじゃないし、どーよ?」
「……でも、それとこれとは」
キャラデザの勉強だって1か月ぐらい前から始めたばかりで。
ひたすらアニメのキャラや描いたイラストを眺めて、模写しての繰り返し。
実際に1から錬成することなんて、わたしには……。
「あたしはそれもこれも、ぜーんぶ自信がなかったからでしょ?」
「まぁ、そうですけど……」
だから自信があったら苦労はしないって言うか……。
そんな陰気な空気を漂わせていたわたしの手に向かって、赤城さんの手が静かに伸びる。
怖がるように、それでも脆くて儚いものに触れるみたいに優しく手の甲に触れる。なんとなくだけど、赤城さんも手が震えている気がした。
「にか先生もバックアップしてくれるし、依頼したのはあたしってことで丸く収めるつもりだしね! だから心配しなくてもいいんだよ。あんたは1人じゃない」
「……1人じゃ」
新しいことを始めるのはいつだって不安だ。不安で不安でたまらないし、今だってすぐに断りたいって頭の中で強く叫んでいる。お前にはそのチカラはない。まだ先送りにすればいいって。
でも逆に言えばこれはチャンスだ。イラストレーターとしてキャラクターデザインも出来るということは、仕事の幅がさらに広くなるということ。もし、万が一だ。イラストレーターとして食べて行こうと思うのであれば、これは大きな夢への第一歩だ。
怖い。不安。自信がない。
うつむいた先にあるのは、優しくなけなしの勇気に触れてくれた赤城さんの手。
病的に白いわたしと比べて、健康的で適度に血の通った綺麗な手。
1人じゃない。
勇気なんて、自信なんてない。
けれど、いつだって赤城さんは、露草さんはわたしのことを褒めてくれた。
かわいいって、イラストすごく上手いねって。わたしを勇気づける言葉をいつだって。
そんな赤城さんがまたわたしのために勇気づけようとしている。
……こんなの、嬉しくないわけ。ないじゃん。
「分かりました、お引き受けします」
「やったっ!! ありがと、青原!!」
勇気をもらって顔を上げた先にある赤城さんの笑顔。なんか、心の奥底がぽーっと暖かくなった気がする。
何故だろう。いや分かっているんじゃないのか?
暗かった道を赤城さんっていう太陽の光が照らしてくれている。それが嬉しくて、暖かくて。
「……ありがとうございます」
「へ?」
「わたしなんかに、付き合ってくれて……」
最初は失礼な態度を取り続けていたわたしだったけど、なんだかそれが恥ずかしく思える。
陽キャだからとか、陰キャだからとか、そんなのどうでもよくて。自分が仲良くなりたい相手に毎朝挨拶し続ける胆力が今さらすごく見えてくる。
やっぱり人としても、登録者数としても勝てないや。
「なんかじゃない!」
「え?」
「あたしはあたしが当然だと思ってるからやってるだけだし! それに自分のことを『なんか』とか言わない! まずはそれ取って!」
「え、あ。はい……」
よくは分からないけれど、これは整えるのであればまずは見た目から、ということだろうか?
なんかは使わない。なんかと言わない。自分のことを卑下しない。
「でもわたしなんかがそれを出来るか……」
「なんか!」
「あっ! えっと。頑張ります……」
「あはは! それでよし!」
やっぱり勝てない。でも一度はぎゃふんって言わせたい。陰キャが無害だなんて誰が決めたー! って思わせたい!
……ん? 待って。陰キャに人が寄り付かないのは不気味だからとか、奇行をするからであって、無害ではなくむしろ有害なのでは?
また1つ。わたしは真理にたどり着いてしまった。じゃなくって!
「あ、それはそれとして。結局赤城さんが報酬って、具体的に何をしてもらえるんですか?」
そういえばそこを聞いていなかった。
勇気づけることが目的なのは分かるけれど、それだったら友だちとして応援するのでもいい。自分自身を報酬とするということは、何かをしてもらえるということだ。
な、なんだろう。ちょっと恐ろしい。
「んんー、例えばキスとか」
「キ、キス?!」
「あとは抱きついたり、手を繋いだりー……」
あ、あれ? なんか。思ったよりも過激なこと言ってません?
「まー、要するに期間限定の恋人ごっこってことで!」
「こい、びとぉぉぉぉおおおおお?!!」
いやいやいや、待ってほしい。こここ、恋人って! 恋人って何!?
わたしたちは友だちで、Vtuberとしてはコンビ。いわゆる百合営業の相方だ。そんな。そんな関係性にホンモノを持ち込んでしまったら、それこそちょっとヤバいんじゃないんですか?!
ほ、ほら! 炎上とか。よく聞きますよ、アイドルに彼氏彼女が出来て炎上! みたいなの!!
「だだだだ、大丈夫なんですか……?!」
「ダイジョーブっしょ! あくまでごっこだから!」
「ご、ごっこ……」
「そ! ごっこだよー!」
それ、ごっこでは済まない気がするんだけど。
ま、まぁ。とりあえず契約内容はそういうことで……。
それから新衣装モデルのイメージなどを聞いて、それをスマホにメモしながら赤城さんと一緒に帰宅した。




