第43話:青の委託。あんたにしてほしいこと
「はぁ……進路かぁ……」
学校机に置かれた1枚の進路調査票を見ながら、1つため息を付いた。
まぁ、もうそんな時期だよねぇ。もう1年も経てばVtuberもイラストもそれどころじゃなく受験シーズンに入ってしまうんだから。そうなったらやっぱり休止宣言はしなくちゃだよね。なんか負けた気がして嫌なんだよなぁ。
やめたいやめたい、とは思っていたけど、いざやめるとなったらVtuberリスナー全員のアレルギー『大切なお知らせ』を出さなくちゃいけない。アレを出してしまったら、個人的に何かに屈してしまった、って思ってしまう。なんだろう。責任感? 義務感? 分からないけど、とにかくわたしの中にあるちっぽけなプライドですらそう思うのだから、周りの引退したVtuberの悔しさはとても大きいんだと思う。
まっ、ここまで言っても最近はやめる気なんてサラサラないから、いいんだけどさ。
わたしの中にあるのはそろそろバレンタインが近づいてきたし、何か用意したいなぁ、という気持ちだけ。コンビ物のVtuberならやって当然。どんとこい百合営業みたいな代名詞だ。
わたしは何かイラストを渡せたらいいなぁ程度。チョコなんて作ったことないし。あげる相手もいなかったし。くっ……。
なら作るのは赤城さんだろうか。割と何でもできるし、モテそうだからチョコとか作ったことあるんだろうなぁ。チョコ作成配信。いいなぁそれも。あ、でもわたしの家オーブンとかないけど大丈夫かな。
なんてことを永遠考えているところに、突然冷たい何かがほっぺたを突く。
思わず悲鳴にも似た声を上げてしまった。
「な、なんですか?!」
「あははっ! ごめんごめん! 進路調査票とにらめっこしてんなー、って」
うるさいやい。どうせ赤城さんも『進学』ぐらいしか書いてないだろ。
白昼の上に晒すべく、進路調査票についての質問を赤城さんに投げかけてみた。
「そんなこと言って。赤城さんはどうなんですか?」
「あたし? まぁ近くの大学行って、キャンパスライフっしょ!」
「だろうと思いました」
赤城さんの学力ならどこの大学でも行けるとは思うが、わたしは勉強苦手だし。
そう考えると就職なんだけど、就職もこんな陰キャを採用してくれるとは思えない。なので結果として、わたしがなりたいものはたった1つだった。
「はぁ。ニートになりたい」
「そこはVtuberで食べていけるようになりたい! とかじゃないんだ」
「赤城さんじゃないんですから、無理ですって」
目の前にいるギャルはもう収益化プログラムを通して、実はもうお金を得ることができるようで。
もちろん最初の内はお金は入ってこないとも聞いたので、何かメンバーシップの特典を作って勧誘しなくちゃなー、とかは聞いていた。どこも最初は一緒なんだなぁ。
「でも赤城さん、ニートは夢なんですよ。外に出なくてもお金を稼げて、自由に惰眠を貪れる。最高じゃないですか!」
「んー、そんなんじゃ不健康じゃない?」
不健康? ふざけるな。わたしは不健康になりたくてニートになりたいんだ!
太っちゃうのは嫌だけど、動くとつかれるから、ずっと寝ていたいし。
ほら、わたしの挨拶はいつも眠たい系Vtuberですよ!
「それがいいんじゃないんですか! 誰にも縛られず、自由でのんびりな毎日。最高です」
「まぁ、それは憧れだけどさー」
うんうん、そうでしょうそうでしょう!
「でもあたしらって結局お金には縛られるわけだから、働かずにお金を稼ぐは都合が良すぎだって」
「うぐっ!!!!」
それは、そうなんですけど……。
はぁ。実家に帰った時も早く就職しろだの、独り立ちしろだの言われたし、嫌だなぁ就労。働きたくないでござるなぁ……。
「そんな働きたくない青原にお仕事を持ってきたんだ!」
「嫌味ですかそれは」
いま、働きたくないって言ったばっかじゃないですか!
「なんですか。知らない人からのお仕事とか怖くて受け取れません!」
「だーいじょうぶだって! あたしからのお願いだからさ!」
「……そうですか。ならいいですけど」
この前もそういうお仕事のお話になったけど、赤城さんってもしかしてわたしにイラストを描いてほしいんだろうか。ならお仕事とは言わずに、無料で描いちゃうんだけどなぁ。
友だちからはお金は受け取れない、ってやつだ。そこまでしてもらうとは思わない、というのも1つ考えとしてはあるんだけども。
「で、どんな内容なんですか?」
問題は内容だ。
キービジュアルや1枚絵とかならいいけど、他のなにか別のこととかだったら嫌だなぁ。例えば新しいVtuber作りたいから親になってくれ、とか。
「あたしの新衣装モデルのキャラデザしてくんない?」
「ゲホッゲホッ!!」
「どした?! 大丈夫?!」
だ、だいじょうぶじゃ……!
「大丈夫じゃないですよ! 赤城さんにはにか先生がいるじゃないですか!」
「まぁそうなっちゃうよねー」
ったく、依頼したいならにか先生にご依頼すればいいのに。
わざわざわたしなんかのキャラデザを経由する理由がわからない。お金がないなら分かるけどさ。
それから赤城さんは隣の席の椅子を引っ張ってくると、わたしの真正面に座った。
いつにも増して真剣な眼差しに、少しうろたえてしまう。
「これはマジな話なんよ。にか先生とも相談した」
「……どうして、わたしなんですか?」
「理由は2つあるんだ。1つはにか先生がキャラデザ省いてくれたら安くしてくれるってー!」
やっぱりそれが目的なんじゃん。
金銭面的な理由はまぁ大事だけど、赤城さんに関してはちょっと使いすぎなんだよなぁ。ちゃんとバイト代溜めてるのかなぁ。
「んでもう1つ。……あたしが青原にしてほしいんだよ」
……やたら艶っぽく真面目に口にした赤城さん。
なんだよ、その青原にしてほしいって。
「な、何を……?」
「新衣装のキャラデザ! やっぱコンビだし少しは青原成分欲しいなーって!」
「そ、そういうことですか……」
今、わたし何を期待した? してほしいって、さっきからの流れからキャラデザって分かってるはずなのに。心がちょっとだけソワソワした。赤城さんがあまりにも真剣に言葉にするから。
でもキャラデザって聞いて安心した。そっか。そうだよね。わたしと言えばイラストだもんね。
ってそうじゃなく!
「わたしにキャラデザさせるんですか?!」
「うん、そだよー」
「いや、赤城さんも知ってますよね、わたしのキャラデザ力の無さ!」
「でも勉強してるんでしょ?」
「それは……」
勉強してたらキャラデザ力がうまくなる保証なんて、どこにもないだろうに。
自分の実力は自分で知ってる。だから赤城さんの、人気ストリーマーの朝田世オキテさんのキャラデザなんて……。
「にか先生も言ってたよ。披露する場所は必要だって」
「…………」
確かに一理ある。
いつまでも巣穴に引きこもっていても、自分が成し遂げたことを見てもらえることなどない。
だからにか先生も赤城さんも、わたしにそういう発表の機会をくれたんだ。そう考えたら、確かに必要なことだ。
「でも、やっぱりわたしには自信が……。お金を受け取るほどの仕事なんて……」
「大丈夫だよ! 受け取るのはお金じゃないから!」
「え、じゃあ何を……?」
お金じゃない。じゃあいったい何をわたしに……。
「あたしだよ」
「…………」
ん?
「赤城さん?」
「うん、あたし!」
ん?
「…………んえっ?!!!!」
赤城さんを?!!!!!!




