第42話:赤の苦悩。陰キャの自信の付け方
あたし、赤城露久沙は苦悩していた。
あの青原とかいう女、ぜんっっっっっっぜん! あたしの好意に振り向いてくれないんだけど!!!!!
軽率に「一緒にいて幸せだなー」とか「いやマジで青原以外勝たんわ!」とか言ってもさ!
あぁそうですか。やれやれ、赤城さんはすぐそういうこと口にしますよね、みたいに冗談だと思われてんのよ!!
まぁ、確かにあたしは元々リスナーで、ガチ恋勢だったみたいな感じだけどさ。今はリスナーと推しじゃなくて、対等なVtuber同士の関係なわけよ。あたしだってそのためにいつも朝は配信してるし。
あと普通にVtuberとして活動するのが楽しいっていうのもあるんだけどさ!
でもそれとこれとは別だよ。あたしはこんなにも青原のことが好きなのに、あいつはちっともあたしの方に振り向いてくれないし。もうなんなのさ!!
「ってことを愚痴りたくて」
『わー。なんか知らない間にすごいことになってるねぇ~』
こんな愚痴を聞いてもらえるのは舞かそれを除けば自分のママをしてくれている白雪にか先生ぐらいだけだ。
普段も時間が空いたら向こうから連絡してきたり、逆にこっちから声をかけたりしている。
コンビを組んだ辺りからあたしのことは気にかけていたが、ある程度仲良くなってきた辺りでこんな感じに聞いてもらっている。もちろん本名は伏せて、だけど。
そしてにか先生、この手の百合の話が大好物らしい。
「だいたい、あたしがこんなに好き好きムード出してるのに、音瑠香ちゃんのやつ全然気にしてなさすぎで。もう鈍感も鈍感。超鈍感すぎ!!!」
『うんうん、かわいいねぇ~、オキテちゃん』
「話聞いてます?」
いや、それにしたってあいつの鈍感力はおかしすぎる。
男女じゃなくて、女同士の恋愛なんてそんなものかもしれないけれど、クリスマスの件でだいぶ刺したはずなのに。それが冬休み明けにはケロッと無傷で帰ってくるんだもん。あいつおかしい。絶対ネジの1本や10本飛んでる。
『うん、聞いてるよぉ~。愛しい音瑠香ちゃんが振り向いてくれないってことでしょぉ?』
「う、うん。まぁ。そうなんですけど……」
そう、改まって口にされると、ちょっと。照れるかも。
『そんな好きな人に翻弄されるオキテちゃんもかわいいなぁ~って』
「あぁ、そういうことですか」
にか先生も大概変な人だ。
特にマイペース気味だし、言ってることが結構ふわふわしてるし。実際声もふわふわしてるんだけども。
音瑠香ちゃんといい、クリエイターは何かと人間性を欠損させている人が多いかもしれない。今後そんなクリエイティブな人と出会うときは気をつけようっと。
『でぇ、オキテちゃんはどうしたいのぉ?』
「どう、って。もちろん好き好き同士になって、恋人としてカップル配信なんかとかしたいなーとか!」
『甘いねぇ。甘すぎて砂糖吐いちゃいそぉ~』
その表現はちょっと甘ったるすぎて、逆に引いてしまうかもしれない。
『でも進捗は最悪なんだよね?』
「まぁ、そうですね」
きちっと交流は積んでるつもりだし、なんだったらクリスマスのお泊りだってあたしだから許してくれたと思っている。音瑠香ちゃんのことだから強引に迫ったら流されてしまいそうな危うさはあるが、あたし相手ならちゃんと意見を口にしてくれる。
だから音瑠香ちゃんからの好感度はそれほど低いはずがない。だけど高いか、と言われたらあたしにも分からない。なにせ相手は自分のことにも疎いし、自信もない。
「わたしなんかに好かれても……」みたいな自信のなさから来る遠慮だって、ないわけではないのだ。
総じて言えば、嫌われてないのは分かるけど、好意が分かりづらい。
これだからオタクって生き物は……。
『なるほどねぇ~』
「実際どう思ってるんだろ、あたしのこと」
嫌いではない。ならどのぐらい好きなんだろうか。
考えたところで本人しかわからないことで。音瑠香ちゃん本人だって理解しているかも怪しい。ならどうやって確かめればいいんだって話だ。
『うーん、少なくとも好きじゃない相手と愛してるゲームはしないと思うけどなぁ~』
「そうですかねー……」
『うん! 相手が生粋の遊び人じゃなかったら!』
音瑠香ちゃんが、あの青原が遊び人……。
想像しただけでありえなかった。そうなってたら今ごろ陰キャなんて名乗ってないし、友だちだっていっぱいいることだろう。
「ありえないです……」
『だよねぇ~! 天然の人たらしではあると思うけど』
「それはそうですよ! なんか、こう。気づいたら沼ってました」
『うんうん。ボクもなんとなくまた話したいなぁ~って気持ちあるもん』
そうなんだよ。音瑠香ちゃんって無意識下で人を肯定するし、人の弱いところを突いてくるというか、いつの間にか懐に入って頬ずりしてくる人懐っこい猫みたいなんだ。
前に妹みたいだと思ったけど、それこそ甘やかしたいって気持ちもあるし、逆に困らせてやろうみたいないたずら心だってふつふつと湧いてきてしまう。
そういう面では間違いなくVtuberに向いている。ただ一点、陰キャで自分からコミュニケーションを取れない事を除けば。
「でも、好きじゃなかったらただの鈍感としか……」
『まぁ~、そうなんだと思うよ~?』
ですよねー。
はぁ……。もうちょっと分かりやすいというか、自分に自信さえ持ってくれればなぁ。
音瑠香ちゃんも強くなって、あたしの恋も叶う。一石二鳥だと思うし。でもその方法があまりにも見つからないのだ。
『自信かぁ。ボクもそうだけど、そう簡単に自信ってつけれないしねぇ~』
「にか先生もそうなんですか?」
意外だ。マイペースだからこそ、自分には確固たる自信があると思っていたから。
まさに我が道を行く。この道はボクが選んだものだから迷いはない! みたいなのかと。
『ボクだってたまに自分を見失いそうになるし、オキテちゃんの依頼までは全然お仕事もなかったから、自信もなにもなかったからねぇ~』
「へぇー……」
やっぱ、イラストレーターって売り出していくまではお仕事なんかも特に舞い込んでこないのだろうな。そう考えたら、にか先生はやっぱりすごい。その道で食べていこうって思ってイラストを描いている。趣味を仕事にしたいって、難しいってよく聞くしね。
『でももう中間管理職とか御免だし、自分のペースで本気を出せるフリーランスがぴったりかなぁ~、ってね』
「じゃあもう音瑠香ちゃんにお仕事を依頼するしかないかな……」
『……有りだね!』
お仕事かぁ。冗談のつもりで言ったけど、にか先生が後付してくれたことを考える。
報酬を与え、それに全力になって仕事を納品した瞬間こそ、人は充実感を手にすると。
確かに適当な仕事なんてしたら、ヒンシュクも買うし、全力で報酬に似合ったことをするはずだ。なるほど、一理ある。じゃあ何を依頼し、報酬は何にするか、ってことなんだけど……。
「あたし、懐事情が……」
『大丈夫だよぉ! 自分の体を売っていこぉ~』
「……へ?」
それって、春を売るって、こと?!




