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Vtuberの陰キャとギャルが百合する話  作者: 二葉ベス
第3章:聖夜のように綺羅びやかな毎日
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第40話:青の疑念。これは朝チュンでよろしいか?

長かったクリスマス編も終わりです

 夢を。夢を見ていた。昔の、小さい頃の記憶。

 小学校ぐらいのときだろうか。その頃から自分にコミュニケーション能力がないと自覚していたし、根暗な方だとも思っていた。

 勉強も得意じゃない。体育なんてだいっきらい。人とのやり取りだって、出来ればしたくなかった。

 けれど人一倍寂しかったわたしは、日常的に描いていたイラストにドはまりしていた。

 イラストを描いている最中はペンを走らせることと、アニメや漫画のキャラクターを模写することで頭がいっぱいになる。周囲に気を配る必要がなくなって、1人と1枚というイラストへの確かな絆を感じていたんだ。


 幸いにもそれが原因でいじめられることはなかったが、すっかり人間不信イラストレーターもどきの完成だ。

 だから厄介絡みされることなんて初めてだったし、その相手がまさか自分のリスナーだったなんて到底思えなくて。


「……でも、実際にいたんだよなぁ」


 まだ確かに感じているぬくもりの残り香を隣から感じる。

 赤城さんはわたしが起きる前に「ランニングに行ってくる」と、メッセージに送っていた。あの人は朝が強い。流石朝の化身だとか、朝のギャルとか言われてるだけある。

 わたしはと言えばいつも通りスロースタートだ。朝はいつも弱い。グラフにしたら徐々に下から上へとテンションが上っていく図形になるかもしれない。

 眠気覚ましにとりあえず電気ケトルを起動して、買い置きしていたインスタントコーヒーをマグカップに入れる。


「……ふあぁ。赤城さん、帰ってくるかなぁ」


 事前にコーヒー入れておいたほうがいいかな。

 そもそも赤城さんからコーヒーという概念を感じる気配がない。うーん、麦茶でいいか。ランニングで水分飛んでるだろうし。


 電気ケトルでお湯を沸かしている最中、赤城さんが持ってきた荷物を見て思いふける。


「そっか。友だちとお泊りしたの、初めてかも」


 修学旅行や林間学校などは数に数えないものとする。

 こうやって自宅やホテルなんかで友だちと一晩明かす日が来るなんて思わなかった。

 わたしみたいな変わり者のどこがいいんだろう。赤城さんはめちゃくちゃ褒めてくれるけど、そればっかりはよく分かっていない。


 おそらく自己肯定感が足りないからだと思う。自己肯定感がないから、自分のことを褒められてもすべてお世辞のように受け取ってしまうし、まるで他人事のようにスルーしてしまう。

 赤城さんからしたら、それって結構失礼にあたることで。

 できるだけ恩義には報いたい。けれどイマイチ自分の中で褒め言葉が着地してくれない。

 収まらないものを、どうやって捕まえればいいんだろうか。


「もうちょっと人付き合いしておくべきだったなぁ」


 こればっかりは後悔しても後ろにしか立ってくれなくて、先に見せてはくれない。

 じゃあこれからすればいいじゃん、という話なんだが、今は冬休み。学校の人はみんなコタツでぬくぬくしているはずだ。

 それではVtuberの友だちは? レモンさんや最近知り合ったにか先生がいる。

 他にも挨拶程度は交わしたことがある子もいくらかいる。でもやっぱり面倒臭さと怖さが何よりも勝って、ただタイムラインを見るだけに落ち着いてしまう。これじゃあダメなはずなのに。


 赤城さんの褒め言葉を受け取りたいから、自己肯定感を身に着けたい。そうしたらやっぱり自信をつけるしかない。

 平凡なわたしに特別なものなんて、イラストぐらいしかなくて。

 にか先生にもたくさん褒めてもらった。作画力ならプロレベル。商業誌のイラストレーターとタメが張れると。

 でも逆に彼女が口にしていたのはキャラデザ力の無さだ。


 今まで版権のキャラクターばかり描いていたこともあり、自分で1からキャラクターデザインをするということをしたことがなかった。

 Vtuberになって初めてデザインしたが、あまりにも分からなかった。分からなすぎて1ヶ月半ぐらいはキャラデザに悩んでいた気がする。

 出た結論がパジャマエプロンなんだから救いようがない。


 愛着はある。でももう一歩先に進みたい。

 こんなわたしのことをかわいいって言ってくれた露草さん――赤城さんのために。


「ふー! たっだいまー!」


 そんな悩みごとを繰り返していると、電気ケトルの沸騰音と共にドアが開け放たれる音。

 外からの寒々しい真冬の風を浴びてしまい、身体が震えてしまう。

 でもそんな寒い朝を吹き飛ばすような太陽がわたしに向かって歩いてくる。


「おっ! なんか飲むん?」

「眠気覚ましにコーヒーを。赤城さんは麦茶でいいですか?」

「いーよー!」


 冷蔵庫から麦茶のタンクを取り出して、コップにだばー。

 8分目まで注がれた麦茶を、赤城さんはごくごくと小気味いい音を鳴らしながら、1度に飲み干した。


「っかー! 全身がうるおうー!」

「それはよかったですね」

「うん! さんきゅー!」


 ウインドガードを脱いでから、内側に来ていたジャージを脱ぎだそうとする。

 が、一度手を止めた。え、どうした。

 と思えば、スンスンと腕の匂いをかいで、絶望に満ちた顔がこちらに向けられた。


「あたし、臭くない?!」

「……いや、特に」


 試しにスンスンとその場で部屋の空気を吸ってみるけど、特に異臭みたいな匂いはしない。

 あ。いやでも、赤城さんが入ってきた辺りからちょっと汗臭い匂いが……。これは流石に言わないでおこう。なんか気にしてるっぽいし。


「でも汗かいたんじゃないですか? シャワーとかどうです?」

「そ、そだねー。あはは……」


 だがその気遣いも察してしまったらしく、また肩を落としてる。

 す、すみません。そういう上手い気遣いの仕方が分からないんですわたし……。

 赤城さんは脱兎のごとく洗面台へと駆け出していた。


「確かに、自分が汗臭かったら嫌だもんなぁ」


 それも人前で、となったら。

 わたしも恥ずかしくて死んでしまうかもしれない。

 まだハラキリして血で匂いを上書きしたほうがいいかも。いや、どっちの匂いも混ざってさらなる悪臭を生み出してしまうかもしれない。あぁ、なんと罪深きわたし。

 だからわたしはコーヒーを飲んでリラックスすることにした。


「……はぁ。コーヒーが染みる」


 流石にブラックは飲めないからシュガースティックを入れて微糖にした。

 そういえば朝ごはんはどうしよう。昨日の残りでいいかな。わざわざ作るのは骨が折れるし、その辺りでいいか。

 あとは散らかした場所を片付けて、それから赤城さんが帰る、って感じか。


「………………」


 シャワーの音がわたしの耳に届く。

 赤城さんが、帰る。か。そしたら今度赤城さんに会えるのはいつだろうか。

 流石にわたしも今年は実家に帰るから、そうなったら赤城さんと会える機会もなくなるだろう。

 ならもう今年は会えないんだなぁ。


 自覚すればするほど、心の中の満たされたものが急になくなってしまったみたいになる。

 自分という中心から周りに何もなくなってしまうような感覚。俗に言う、寂しいって感情だ。

 最初は怖いだとか、あのギャルだとか考えていたのに、気付けばそんな間柄になっていた。

 すごいなぁ、赤城さんって。いつも周りの中心で光り輝いていて。

 強く考えれば考えるほど思う。どうしてわたしなんかと仲良くするんだろう、って。


「……やめやめ。戻ってくる前に朝食の準備しよっと」


 わざとらしく声を上げながら、わたしは昨日の残りを冷蔵庫から取り出す。

 どうしてわたしなんだろう。もう一度心の中で唱えたあと、一心不乱に朝食の準備を進めたのだった。

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