第38話:赤の聖夜。緩やかな時間も大事とされている
冷静になったら、他人の家でシャワーを浴びることって、結構えっちなことなのでは?
冷えた身体をお湯で温め直した辺りでなんとなく考えてきたことが浮き彫りになってしまった。ドライヤーで髪の毛を乾かしつつ、考えることは今宵のベッド配置だった。
あたしはともかく、青原は少なくとも肩を触られたら痴漢に遭ったかのような悲鳴を上げる。それがご近所迷惑に直結することもあるけれど、そんなのより先にあたしのメンタルに来る。あたしが触ったせいで好きな人に悲鳴を上げられてしまった。そっか……しょんぼり。みたいな。
だからどうやって寝ようかを考えいた。
このままだと確実にお互いにお互いを向いたままか、背中合わせの状態で寝ることになる。どっちも恥ずいっつーの。向かい合わせはもちろん目があって緊張。そのまま寝れないなんてことも。じゃあ背中合わせは? と言われたら、答えは体温が伝わってちょっと気まずいというもの。
「どーすりゃいいんだよ」
むしろあたしが抱き枕になれば!
ダメだ。今度はあたしが午前7時に遺体で発見されてしまう。
うぅー! どうすればいいんだ! 教えてカミサマ!
▼しかし、カミサマは何も答えてくれない。現実は非情であった。
「はぁ……」
シャワーの音だって耳に入ってくる。青原が入っているんだ。
青原がシャワーを浴びている。服を脱いで、下着を取って。ありのままの姿で……。
「あー、ダメダメ。想像すんなヘンタイ」
青原は決してスタイルがいい方ではないけど、あたしにとってはそれはもうご褒美というか、最高の体形と言いますか。いやいや。マジで変なこと考えんなよあたし! ホント、好きな人で妄想するとかありえないから!
でも……。そういう色欲はないわけではないって言うか。
ないわけではないんだけど、そもそも女同士でどうやってやるんだっつーの。
何も分かんない。青原に恋してからあたし本当におかしくなってる。これが恋は人を変えるってやつなんかな。あー、自己嫌悪って感じ。
「てか、好意を持たれてる相手の前で裸になるなっつーの」
なので逆ギレしておいた。さらに自己嫌悪が加速した。
そんな生殺しみたいな時間を数分送った後で、お風呂場の方からキュッ! と蛇口が閉まる音を耳にした。
く、来るっ! 思わず口の中にあった水分を一気にごくりと飲み込む。
青原の寝巻って、ど、どんな格好なんだろう。やっぱり音瑠香ちゃんのエプロンなし衣装みたいにシンプルな青いパジャマだろうか。
あるいはちょっとだらしなく半袖短パン。もしくはジャージだけの……っ!
「お待たせしました。冷えてないですか?」
「……う、うん」
青原が着ていた寝巻。それはちゃんと予想通りだった。
音瑠香ちゃんのパジャマ on エプロンからエプロンを引いた衣装。つまりは足のつま先から胸元の襟まで控えめな青色。袖だけは少しぶかぶかで萌え袖気味にはなっているものの、それもまたいい。
全体的に見れば、優等生の寝巻。といった印象だった。
「どうかしましたか?」
「い、いやっ!? なんか、予想通りだなーって!」
「……。あぁ、パジャマのことですか。音瑠香の元のデザインなので」
あ、本当にデザイン元ってそれなんだ。だからってエプロンを上から重ね着するのは、突拍子もないセンスというか。前から思っていたけれど少し独特の感性をしているなって。
「へー。あ、そうだ! 髪梳かしてあげる!」
「えっ? あぁ、はい……」
てか、これも青原的にはどうなんだろう。
肩がアウトなら頭だってそこそこ黒よりのグレーなんじゃ。いや、何回か触ってるし、なんとかなるかな。うーん、青原のウィークポイントが分からない。
青原がパソコンスペースにある椅子に座って、あたしは立ったままドライヤーを持つ。うーん、青原ん家のシャンプーの匂い。あたしの頭からも香ってくるから変な気持ちだ。
「触るよ?」
「はい……」
シャワーに濡れて、湿った髪の毛をそっと梳きながらドライヤーをかける。
やっぱ綺麗な髪してる。でもところどころやっぱり引っ掛かるところがあるから、癖毛っていうのはあながち間違いでもないらしい。
青原が少しだけ気持ちよさげな声を上げる。
なにその「んっ」って。ちょっと心を乱してくるのやめてほしいんだけど。
「なんか、変な気持ちです。人に髪を乾かしてもらうの」
「ま、美容室とかじゃなきゃ、他の人にドライヤーしてもらわんし」
「それもそうですね」
まぁ。こんな緩やかな時間も悪くない。
青原といるといつもはしゃいだり、とめどなく喋ったりしてたけど、2人っきりで髪をとかすのとか、なんかいいな。
あ。ふと、自分の中で思い出したことがあったので、青原の髪を乾かした後に自分のカバンへとダッシュしていく。
「ん、どうしたんですか?」
「や、クリスマスプレゼント、忘れてたなーって思ってさ! はいこれ」
小さな袋。丁寧に包装されているラッピングを慎重に開けていく。
ふふっ、何が待っていると思う。ねぇ、青原?
「これ、ヘアピンですか?」
「そそ! 流石にパレット型のヘアピンなんてなかったから、別のにしたけどねー」
あたしも探しては見たけど、流石に音瑠香ちゃんと一緒のヘアピンだけはどこにも置いてなかった。まぁ仕方ない。そう思いながら自分のモデルであるオキテのモチーフ元である太陽の髪飾りと対になる月の髪飾りを送ってみた。我ながら、結構いいセンスしてると思うんよね。
「……月ですか」
「月だよ。音瑠香ちゃんっていつも寝てるイメージあるし!」
「キャラとして、ですけどね」
蛍光灯に透かしてみたり、裏を見たり、表にして自分と合わせてみたり。
なんか気に入ってくれているご様子だ。よかったよかった。
「……しまった。わたしなんにも用意してない」
「ウケる」
「どこも面白くなくないですか?!」
「いやだって、らしいなーって思って!」
こういうことに無頓着というか、気にしてなさそうだもん。クリスマスは平日です、みたいな顔してたわけだし。
「ら、らしい、って……。まぁ。はい……」
「照れてやんの」
「…………」
黙っちゃった。かわいいなぁもう。
「ほら、もう寝ますよ!」
「……そうだった」
でもこれから始まるのって、2人で添い寝なんだよなぁ。




