第37話:赤の聖夜。ベッドは1つ、女は2人
ぶっちゃけ、恋愛とかよく分かんないままだ。
友だちが言うにはさ、その人のことで頭がいっぱいになるとか、どうやったらその人と両思いになれるかとか、そんなことばかり言うんだよ。
あたしにはそういう頭がいっぱいになるとかいう感覚分かんなかったんだけど、最近ようやく分かるようになってきたかも、って。
「今日、やけに荷物多いなと思ったら……」
「じゃじゃーん! かわいいっしょ!」
お気に入りのもこもこふわふわのパジャマに着替えてから、無遠慮に好きな人の隣に座る。
あれこれ悩んだし、これからも多分考えると思う。陰キャのくせに、地味子のくせにやたら気にかかる危なっかしい子だし、見た目だって整えればちゃんとかわいい。
いずれ学校での友だちだって増えていくと思う。そうしたら自信だってついてくるはずだ。その時にあたしが胸を張って、友だちとの間に入る。そして「あたしの好きな人、どーよ!」ってね!
あーーーーはっず! 1人で考えてるだけで顔でお湯を沸騰させちゃいそうだわ!
「いや、かわいいけど。なんで持ってきてるのって」
「かわいい?! マジで! やったー!」
「話聞いてないし」
だが目下の問題は青原は自分のことを恋愛対象外だと思いこんでいるところだ。
さっきの配信で確信した。こいつは恐るべき鈍感人間であることを。
これ、好きになる人全員をふこうにするやつじゃん。ってあたしだわ。へへっ。
じゃなくて! 隣でスマホをいじりながらツブヤイターを見ている青原を見て思う。こいつをどうやってその気にさせるかを。
やっぱ自信をつけるとか? 自分は価値がある人間だって思い知らせるとか。
いっそのことあたしが目の前で好きです、付き合ってください、って言うか。流石にそれぐらいしたら信じてくれると思うけど、あたしが恥ずかしい。
うーん。ボディタッチして、自分を性的対象として見せてみるとか?
試しにやってみようかな。
「なーに見てんの?」
「ひゃぁあああああああああああ!!!!」
肩をこちらに抱き寄せた瞬間、めちゃくちゃ甲高い悲鳴が耳元を劈く。
思った以上に声が通り過ぎて、ちょっと耳がキーンってなっちゃった。普段からそのぐらいの声出せっての。
「なっ、なななななな、なんですか急に?!」
「い、いや。何見てるんかなー、って」
「ツ、ツブヤイターですよ。さっきの配信の反響とか見てたんです……」
なるほど。勉強熱心なことで。
でも身体の方は全然未熟、っていうか、そんな痴漢されたみたいに叫ばんでも……。
あたし、陰キャのこと全然理解してなかったみたいだ。青原は必要以上に肌の接触をすると、あたしの鼓膜が死ぬ。覚えました。
それはそれとして、この前頬を触った時はなんともなかったんだろうか。とも考えるわけで。
このよく分からなさが青原の魅力とも言えなくもないけど。
ってあれ。じゃあ今日のお泊り、どうやって寝ればいいんだ?
黙々とツブヤイターを見て、一喜一憂する青原。ベッドは1つ。ふすまは、ない。
この12月24日という真冬に、カーペット一枚は流石にキツすぎる。
「ねぇ、お客さん用の布団とかない?」
「あるわけないじゃないですか。わたし1人で住むことしか考えてませんし」
「だよなー」
「?」
こいつ、まだ理解してないのか。
あたしが分かりやすいように指を指そう。
あたしと、青原。ベッドは1つ。どうだわかったか!
「そっ、そこはほら。寝袋とか持ってきてないんですか?」
「そんなもん持ってきてないし」
「じゃあシュラフ、とか」
「同じだってそれ」
「…………」
「…………」
やらかした。ボディタッチ有りなら普通にベッド1つで良いんだけど、肩に触れただけで絶叫するような柔肌持ちと同じベッドで寝れるわけないじゃん。
確かにそういうことを考えたりもしたよ。聖夜の6時間、だってまぁまぁまぁまぁ。知らないことはないわけで。そのままくんずほぐれつしつつ、既成事実を作っちゃってもいいわけだけど、青原相手にすると考えたら、なんか可哀想になってあたしの心が痛む。
どーしよ。やっぱあたしが床で寝るしかないか。
妥協案として口にすると、青原がものすごい勢いで否定してきた。
「いやいやいやいや! 勝手に入り込んできたけど、仮にもお客さんなわけですし、わたしが椅子で寝ますよ!」
「それじゃあ明日身体がバキバキじゃん! どうせ運動するし、あたしが寝る!」
「椅子で寝るのは得意なんです! だから赤城さんはベッドで寝てください!」
こいつ……。こんな時に負けず嫌い発動しちゃって……。
こうなったら頭いい系のギャルとして、この生意気陰キャを黙らせるしかない。
「考えてもみてよ、毛布だって数があるわけじゃない。椅子で寝るとなったらそれも必要になるけど、流石に暖房もついてない真冬の夜。寒くて目が覚めちゃうでしょ?」
「ま、まぁ……」
「それに一人暮らしで風邪でも引いたら大変だし! あたしなら帰ったら家族がいるし、運動してるから耐性あると思うし! だからあんたはベッドで寝ること。いい?」
よし、決まった。
青原を黙らせるなら、これぐらい言い包めて「青原がベッドで寝ることが正しい」ということを植え付けなくちゃいけない。やるぞあたしは。この際悪魔にでも鬼にでもなってやる。
「……じゃ、じゃあ…………」
「ん? 青原がベッドに寝るって?」
「い、いえ……」
歯切れが悪いのはいつも通りだけど、今に限ってはものすごく嫌そう、っていうか。言葉をなんとかひねり出そうとしている力み方を感じる。
な、なんだ。何が出てくるんだ?
「あ、あの……。い、いいい一緒に寝れば、いいんじゃないですか?」
「……は?」
それ、あたしが一番最初に選択肢から外したことなんですけど。
「あっ! 嫌だったらわたしが椅子で――」
「それはダメ!」
「じゃ、じゃあ。一緒に寝てください」
待って。マジであたしどうにかなっちゃうぞ。
最愛の推しと聖夜にベッドでふたりっきり……。
いやいやいやいやいや、何考えてんのあたし! 既成事実とかありえないし!
青原なら押し切ったら行けそうな気がするけど、それとこれとは違うじゃん! 流石に襲いかかったら今後口も聞きたくない、とか言われそうだし。そんな気持ちを持たせたくないし……っ!
だっ、だから! なんというか。その。触れなければいいじゃん! そうそう。壁と一緒になろう。あたしは壁だ。クッションにだってなってやる自信ある! 行けるって! 多分……。
「ま、まぁ。それなら……」
渋々出した声は、明らかに浮かれた色になっていたけど、きっと青原は気づかない。だって青原鈍感だし。
「じゃ、じゃあ! あたし、シャワー浴びるから! お風呂場借りるね!」
「あっはい……」
とりあえず、配信で流した汗をシャワーでスッキリさせよう。
冷静になることは大事。大事すぎていつも以上に身体を洗ってしまうかもしれないけど。




