第36話:青の聖夜。好きな相手、おりゅ?
あまりの真剣な声に思わず視線がオキテさんの方へ向く。
強い眼差し。熱のこもった、少し息苦しさも感じてしまう吐息。
生唾を飲み込む。そんな目で見られたら、わたしはどうしたらいいか分からなく――。
「好きだよ、音瑠香ちゃん」
心臓が大きく跳ねる。まるで魔法のように耳に入った愛情の二文字は、脳内を侵食する。
好きって、わたしのことが好きってことなの、オキテさん。いや。いやいやいやいや、これはゲーム。ゲームで愛してるゲームで口にしているだけだ。彼女がわたしに対してそんな感情を持ち合わせているわけがない。第一、わたしなんかよりももっと素敵な相手はいるでしょ。こんな自己承認欲求しかないような女のことなんて……。
でも、そんな真面目な好きを囁かれて、照れないわけもなく。
「はい赤くなったー! あたしの勝ちー!」
「あ……」
:オキマシタワー!!!
:キマシタワー!!!
:てぇてぇ……
:仰げば尊死……
:生きててよかった……
:良……
:これはガチ営業
「あっ……」
そうだ。今は配信中だ。配信中になにガチ照れしてるんだ。切り替えろ切り替えろ! 頭にこびりついて離れない言葉をなんとか引き剥がして、悪態をつけるんだ!
「どーーーーよ! あたしのガチ演技はさ! じゃあ音瑠香ちゃん自語り1個ねー!」
う、うん。そうだ。演技だ。彼女も言ってる。ちゃんと演技だから今の言葉なんて、ただの口からでまかせ。百合営業なんだから、ビジネスラブなんだから当然なんだ。
「じ、自語りって言っても、特には……」
「何もないの? 参考書一緒に買ったこととか」
「あー、あるね。最近キャラデザの参考書買ったね」
:一緒に?
:おお、流石未来のイラストレーター!
:勉強熱心やなぁ
:一緒に?
:いま、一緒にって言った?
:デートしたんか?!
「あー、っと! 今のは口が滑ったなー」
「絶対わざとでしょ!」
そう。ただの演技だから、それ以上でもそれ以下でもない。
だから今の言葉に、好きには何もないんだ。例えすごい熱があったとしても、それは紛い物なんだ。
それはそれとして言われたままなのは癪だ。こういう勝負事に置いて、真っ先に優先すべきなのは必ず勝つこと。そして不意打ちだ。
幸いにも今、オキテさんは油断をしている最中だ。赤い忍者も言ってた。アンブッシュは一度だけなら許されると。気付かれないようにそっと耳元に近づく。
「ん? どしたん?」
わたしはニコッと笑って、それから偽りの愛の言葉を口にする。
「わたしも好きですよ、オキテさん」
「っっっ?!!!」
:おっと?!
:反撃だ!!
:てぇてぇ~~~~~!!!!
:これは不意打ちだぞ!
:秋達音瑠香、卑怯なり!!
:これは卑劣
:不意打ち囁きは愛の特権
見てみろ。へへっ、耳を抑えて顔を真っ赤にしてすっごい照れてる。可哀想なギャルめ。かわいいぞ。へへへっ!
「あ、あああああ、あんた、それはないっしょ!!」
「これは百合営業以前に決闘だからね」
「こいつぅーーーーーー!!」
「ほら、自語り」
:音瑠香ちゃん、急にマウント取り始めおった
:さっきまで照れてた女とは思えない
:ゲスい
:これは陰キャ
:さすが陰キャ
「い、陰キャじゃないし……」
「さすがのあたしもドン引きだわ……」
え、そんなに悪い事したかな? まぁ、アンブッシュ――不意打ちは卑怯だとは思うけど。
でも好きでもない女の子に好きって言われても照れないでしょ。
「はい自語りして」
「……ぅーーーー。あ、そうだ」
「ん?」
オキテさんが何かを思いついたように、今度はわたしの方にニヤニヤと口元を歪めながら寄り添ってくる。何だ、気持ち悪いぞ朝田世オキテ! こっちに寄ってくるな!
「あたし、ずっと悩んでたことがあってさ」
「あ、はい……」
さっきの嫉妬の話かな? でもそれはわたしとにか先生が喋ってたら起きた、って言う話だし。直近で何かを悩んでたことってこの人にあったのかな? ギャルだから悩み事なんてパーリーでピーポーに解決すると思ってたんだけど。
「最近よーやく解決したんよ」
解決? 最近ってことは今日じゃないってことか!
はー、よかったー。もしかしたらこのまま悩みに悩んで、Vtuber引退とかそういうのされたら困っただろうし、安心だ。
さてさて、どういうことか聞いてやろうじゃないか。
「あたし、好きな人ができたんよね!」
「ゲホッゲホッ!!!」
:今かよ!!
:くっそむせてて草
:これは不仲営業
:オキテちゃんのガチ恋……あっふーん
:あっ
:あぁ……
:草
「え、みんなオキテちゃんの好きな人分かるの?!」
本気で?! わたし全然思いつかないんだけど。
んー、舞さんはちょっと違うというか、悪友って感じだし、わたしはないとして。後はやっぱり……! にか先生、ってこと?!
あー、なるほど。やっぱりわたしの慧眼は正しかったってわけか。わたしがオキテさんとにか先生の間に挟まったばかりに。百合と百合の間に挟まるのは死刑にされるから、そういうのは良くない。うん、実によくないね。
ってことなら、わたしは潔くクールに去るとしよう。
:いや、うん
:気付いてないの?!
:え?
:ん?
:あっふーん……
「その『お前だけ分かってない』みたいな顔するのやめてもらっていい?!」
「実際分かってないでしょ」
全くそのとおりでございます。
が、それを煽られるのは嫌なので、分かったフリをしておきます。
「いやいやいや、分かってるって。にか先生でしょ?」
:…………
:え?
:あっ
:ふーん……
:オキテちゃんも大変やな
「オキテさんも、なんで頭抱えてるの?」
……おかしい。なにか、世界がおかしいのかもしれない。
オキテさんの好きな人。オキテさんの好きな人。オキテさんの好きな人。
どうしてだろう、ちょっともやもやするというか、誰なんだよホントに! オキテさんの好きな人って! わたしがいの一番にご挨拶に上がって、結婚おめでとうって言いたいのに!
まぁそれから何度かゲームをしたけど、オキテさんは負ける度に「あたしには好きな人がいる」の一点張りだった。何が罰ゲームだ。同じ言葉を繰り返したって意味がないだろ。
というかオキテさん、負けすぎなんだよ。真正面から言っても、ちょっと緩急つけてもすーぐ真っ赤になる。わたしの方がよっぽど愛してるゲームに向いている。
オキテさんは最初の一回がものすごくて、次以降はなんかそっと背中を撫でてくるような言い方で、照れはしなかったけど恥ずかしかった。なんか生殺しにされているような、そんな感じ。
で、でもわたしの回では大体一撃で仕留めてるし。
だからわたしは強い! オキテさんは弱い! 以上!
「お、今日はこんな時間かー! じゃあ終わりの挨拶しよっか!」
「う、うん……」
なんとなく、へその下辺りがムズムズしてる気がするけど、多分気のせいだと思いたい。
生殺し感覚の愛の言葉のせいだ。誰だってそうなるもん!
それから今年の配信予定を伝えてから、配信を閉じた。
視聴者はかなり居たらしく、チャンネル登録数も300人を越えようかというレベルにまで達していた。
まぁ、オキテさんと比べたら雲泥の差なんだけども。
「お疲れ様です」
「ういー、おつかれさん!」
「もう夜遅いですけど、お迎えとかあるんですか?」
そういえば時間にしてみればもうすぐ23時になろうとしている。
いくら都会とは言え、こんな時間に女の子1人は流石に危ない。誰かにお迎えを用意してもらうのだろうか。と思っていたところ、赤城さんの答えは別だった。
「うんや。青原んところに泊まろうかと」
……ん?
「え。なんて言いました?」
「青原の家で、お泊り!」
やけに太陽が似合う笑顔が輝いて、わたしという名の存在が灰や塵に変わる瞬間だった。
は? わたしの家でお泊り?! 聞いてないんですけど!!




