第33話:青の聖夜。ここが音瑠香ちゃんのハウスね
「ただいまー」
「おじゃましまーす! って誰もいないの?」
重い荷物、主に1リットルのペットボトル数本をビニール袋の中に入れて、自分の家へと帰ってきた。
もちろん中には誰もいない。だってわたしは一人暮らしだから。
「はい、わたしは一人暮らしなので」
「へー、すっげー!」
そこ、すっげく思うところなのだろうか。まぁでも。わたしのために配信機器をすべて自前で買ってきた赤城さんは多分実家住まいなんだろうし、一人暮らしに憧れがないわけではないんだと思う。実際大変だけども。
ペットボトルや常温で置いてはいけないものなどは冷蔵庫に全部入れる。あぁ、ダメだ。入り切らない。
「こっちのオレンジジュースは横においておきますね」
「うーい」
返事がどことなく魂が抜けている感じだったが、大丈夫だろうか。ちらりと横を見れば、狭い部屋にベッドとPCデスクと、赤城さん。
……うん。なんか、1番輝いて見える気がする。なぜかは分からない。けど、友だちを家に呼んできたって思ったら、それはそれで緊張するわけで。
ま、まぁ! そんなことはいいんだ。コーラは冷蔵庫の中。もてなすために麦茶をコップに注いでから、キッチンシンクの上に放置する。こういうのはおもてなしする心ってのが重要だ。冷静になるためにも、ギャルを大人しくさせるためにも。
「はい、麦茶。冷えてるけど大丈夫ですか?」
「うん、おっけー。てかこの時期に麦茶とかウケるんだけど」
ウケないでほしい、そこは! だって安くて量産できて、味にも安定性があるんだから!
たまに麦茶を入れているハンディタンクを掃除してあげないと、酷い味がして飲めるものではないのだけども。それも大丈夫。昨日ちゃんと洗ったから。
「なんか、なんにもないねー」
「まぁ、貧乏人の一人暮らしなんてそんなもんですよ」
「この前買ったキャラデザ? の参考書ってどこ?」
「そっちの棚に入ってますよ」
あの本だって結構なけなしの懐から引っ張ってきたわけで。多分美容室も、となったら今月はそれ以降もやし生活だったかもしれない。そう考えると、神様仏様、ギャル様と言った具合に赤城さんの奢りがありがたかった。
「ほー、中はこんな感じなんだー」
「そうなんですよ。いろいろ参考にしながら描いてみましたけど、やっぱりキャラクターのデザインって素人とプロとでは全然描きやすさや印象の付け方が違っててですね! この前もにか先生にコーチングをお願いしたんですけど、それはもう……。って聞いてます?」
「……えっ? いや、なんでもないよー」
なんだろう。いま一瞬だけ、ミニテーブルの向こう側にいる赤城さんの表情に若干陰りが射したような気が。うーん、気のせいだったのかな。
というか赤城さんにキャラデザの話をしてもしょうがないか。どうせ理解できないだろうし。
気怠げに1ページずつキャラデザの本をめくっていく赤城さん。あながち気のせいでもないような。そんなに集中して読んでるようにも見えないし、どことなく不満そう?
この前のよく分かんない時期も不満そうな顔をしてたし、わたしに遠慮して言えてない可能性はないだろうか。確かにこれでも豆腐メンタルを自称しているけれど、親しい友人にならちょっと失礼なことを言われても気にしないはずだ。
……嘘付いた。普通に気にするわ。友だちだったらなおのこと。
だから些細な不安にも気付いたわけで。やっぱり聞くべきかなー、うーん……。
「…………ねぇ、にか先生の話ってさ。どんな感じ?」
「へ?」
そんな心を見透かしたかのように、赤城さんは恐る恐る自分の親との会話を聞いてきた。
どんな感じって、どんな感じだよ。特になにもないけどなぁ。
「なんか、親しそうだったし」
「まぁ絵師同士ですから」
実際、白雪にか先生はわたしの推し絵師であり、リスペクトしている対象でもある。
そんな相手からの直接的なコーチングなわけだから、テンション上がるのも間違いない。にか先生からはもっと自信を持ってって言われたけど。
「ふーん……」
なんださっきから。この空気感、微妙に息苦しい。
自分の部屋で不機嫌ギャルと二人っきり。文字に起こしたら微妙どころじゃない。とっても気まずい!!
なんとかご機嫌取らないと! えっと、麦茶? それともオレンジジュースはー、ってそれは冷蔵庫の横に置いてたんだった! コーラはまだ冷やしている最中だし。け、ケーキを先にお出し……ないない! 配信グッズの一部だしあれは!
じゃ、じゃあ、何をお出しすればいいのでしょうか?
混乱した中から出た結論はわたしの首だった。
「えっと……、ハラキリでもしましょうか?」
「え、どうした?!」
「なんか分からないけど、とにかくなんかしたみたいなので、わたしの首を差し出せれば、と!」
「…………ぷっ」
え、今笑われた?
「あはははっ! なんでそうなるのさ!! あはは!!」
「え、いや。赤城さんが不機嫌そうだったから……」
「これが機嫌悪そうに見えんの?」
「……見えない、です。けど」
「けど?」
いや、これ以上は言うべきか言わないべきか。
にか先生の名前出した辺りから妙に機嫌悪そうにしてたから、もしかして2人の間になにかあったんじゃないかなー、と。
Vtuber界隈の中でも絵師とVtuberの間でトラブルが起きたってケースをいっぱい聞いたことあるから。もしかしたら赤城さんとにか先生の反りが致命的に合わなくて、ほぼ絶縁状態、みたいなことになってたら……。
「とか考えてまして……」
正直に言ったら赤城さんに大爆笑されてしまった。
「ないない! むしろ向こうは初手で『ギャルギャルしい声だねー、興奮する』って言ってきたんだよ?」
「え、そんなこと言ってたんですか?!」
「うんうん。青原も言われなかったん?」
「い、いえ。特には……」
よかった。2人の間に亀裂でも入ってたら、これからの関係をどうしようか考えるところだった……。心臓バックバクだ。こんなの冗談でも言わせないでほしい、頼むから。
「じゃあなんで不機嫌そうにしてたんですか?」
「んー。そう、だなー……」
パラパラとめくっていたキャラデザの本をパタンと閉じてから、ミニテーブルの上に置く。
それからコップに入った麦茶を一口飲んで……。
「あたしもわっかんないの!」
「えぇ……」
分からないことをあっけなく口にしていた。
「なんつーか、最近青原とにか先生が絡んでるのがちょっと気まずいっていうか」
えっ? それ結構重めの話だったりします?!
「いや、そういうんじゃないんよ。にか先生を嫌ってるとか、そういうんじゃなくて。ただ2人が楽しそうに交流してるなー、って思ったらモヤモヤー、ってなる感じ? あたしも分かんないんだよねー」
なんだそりゃ。わたしもそれよく分からないけども。
でもそれとよく似た感情ならVtuberを推している時によく見かけたことがある。要するに……。
「それって嫉妬じゃないですか?」
「嫉妬?」
そう嫉妬だ。推しのVtuberが自分じゃない他のリスナーと会話してたり、身近なVtuberと会話しているのを見ていると、胸の奥がモヤモヤとする感覚。わたしにも話しかけてほしい、という強欲。人間の誰しもが持つ嫉妬という欲望の怪物だ。
「つまり?」
「自分のママであるにか先生と赤城さんの間に割り込んだわたしを疎ましく思っているということです!」
「いや、そうじゃないと思うけど」
「え、そうなんですか?」
てっきりわたしが邪魔だから消え去れー! うわー! みたいなことではなく?
うーん。なんというか、じゃあ逆とか? 赤城さんがわたしと誰かが交流しているのが嫌、とか。冷静に考えたらありえない。なんでわたしなんだ。別にわたしが誰かと交流してたって、赤城さんは何も思わないだろうし。
「って、どうしたんですか、赤城さん?」
「…………へっ?! いや、なんでもないけどぉ??」
突然黙り込んだと思ったら、今度は慌てているような素振り。なにかやましいことでもあったのだろうか。
じゃあまぁ。触れないでおこう。わたしはその辺のオタクとは違うのだよ。ギャルと交流があるんだし、ね! 赤城さん!
「そそそそ、そうだ! パーティの準備しなきゃじゃん! 青原は配信の準備進めてて! あたしが盛り付けとかするから!」
「あ、はい……」
まだ慌ててるというか、また顔が赤くなってる。熱でもあるのかな?
まぁムリはしない程度にクリスマスを楽しんでほしいところだ。




