第31話:青の謝罪。ねぇキミ、クリスマスって空いてる
目の前で脱走していったギャルの背中を見て、ボーッとしていた。
あまりの出来事に、立ち尽くしていたと言っても過言ではない。さっきまでの熱くなっていた頭が急激に冷え切ってしまった。
「赤城さん……?」
「あー、こりゃ重症だわ」
星守さんが呆れたように机に肘を突いて顎を手に乗せているけど、わたしには何の話かさっぱり分からなかった。
確かに昨日から赤城さんはこんな調子だった。すぐ赤くなったり、しおらしかったり。わたしの専売特許だぞそれは、と言いたいが、そういうことではない。
問題なのは"あの"赤城さんが何故かわたしに対しての反応が、とてつもなく過敏? になったからだ。前は地味な奴だと思ってたー、とか言ってたくせに。
まぁだから。考えうる限りの情報をまとめて、1つ答えを出してみた。
星守さんに聞いてみようと思う。
「あの。わたし、なんかやっちゃいましたか?」
「…………」
え、何その呆れて物も言えないみたいな顔は?!
いやだって、赤城さんがあんな態度取るなんて、わたしが何かしたぐらいにしか思いつかないって!
まさかこんなところでなろう系主人公のテンプレートを口にするとは思ってなかったけど。
「アンタって、悪女だな」
「なっ?! えっ?!!」
「ジョーダンだよ。あいつもその内帰ってくるだろうから、授業の準備したら?」
「あ、はい……」
冗談にしてはやけに心臓を突いていた声だったが、きっと気のせいだろう。
じゃないと今度は星守さんにまで謝らなければいけなくなる。
はぁ、先が思いやられるっていうか、なんというか。
「そういえば、クリスマス。もうすぐだっけ」
授業の準備をしながらふと思った。季節はあと2週間もあればクリスマスで、もう1週間あれば年を越してしまう。
あとは消化試合と化した授業に身が入らないのは当然のことではある。
クリスマスは陽キャがみんな大好きなイベントだ。そんなのにうつつを抜かしているほど、暇ではないけど、クリスマスは暇だった。
わたしだって何かしたい。できれば赤城さんと。
赤城さんとはコンビなんだから当然だよね、なんたって百合営業してるんだから。
「誘う……」
誘うって、ギャルに? クリスマス一緒に居ないかって?!
想像しただけで爆発しそう。まぁでも、そうなるよね。折角のクリスマスなんだし。
でも赤城さんはあの調子で……。
「やっぱ、謝んなきゃ」
ホームルームなんて今は知ったことか。そんなことよりも今は赤城さんの方が大事なんだ!
椅子を引いて立ち上がった瞬間、先生がホームルームを始めようと教壇に立つ。やば、なんでこのタイミングで!
「おい、青原ー。どこへ行こうっていうんだー?」
「え、えっっと……あの……」
言わなきゃ。言わなきゃ。トイレだとか腹痛だとかで保健室に行くとか言わなきゃ。
でも言えない。これは一種の冒険だ。戦いだ。1日の進行から背いて、自分のやりたいことをやる。自由だけど無秩序的で、陰キャにはできないことで……。
だけどっ! 赤城さんに謝んなきゃいけないんだ。1分1秒でも早く。正直何が悪いか分からないけど、とにかく謝ってそれからクリスマス!
「あ、あの……っ!」
「せんせー、青原のことはほっといてホームルーム始めたらー? トイレ行きたいんでしょ?」
「……そうなのか、青原?」
「星守さん……。はい、トイレ、行ってきます!」
ダッシュで教室から飛び出す。
ありがとう星守さん。なんだかんだいろいろ友だち思いなんだろうな。教室ではいつも赤城さんと煽り合っているようにしか見えないけど、いい人なんだろうなぁ。
じゃない。どこか赤城さんがいそうな場所を探さなきゃ。逃げる時って大抵1人になりたいものだし、やっぱり人気のない場所。階段の下! は、いない。えーっと教室は全部埋まってるだろうし、あとは外。こんな時間に外?! 寒くない?! で、でもありそう。下駄箱で外靴に履き替えてから、えーっと……。
「ここじゃない」
校舎裏のスペースでもなければ、体育館裏の砂場でもない。あとは……。
「グラウンド。…………いた」
前に食事を取ったところだ。たまにあのグラウンドの隅っこのベンチで食べていたけど、今は赤城さんがしょんぼりと珍しく丸まっているように見えた。近づいてくるわたしにすら気づいてない模様だ。
よし、謝って、クリスマス。謝って、クリスマス。謝って……。それから――。
「赤城さんクリスマス!」
「へ?」
「あっ」
なーーーーにしてるの、わたしは?!
謝って、それからクリスマスのお誘いだってのに、なんでクリスマスから先に言っちゃうかなぁ! あ、あぁあぁあぁ! もうどーにでもなれ!
「いやあのえっと……。クリスマス、暇かなぁ、と」
「は?」
「あ、嫌でしたか? すみません……」
「い、いや。そうじゃなくってさ。そのためだけに授業サボってきたの?」
ま、まぁ結果的にはそうなるんですけども……。
「そ、その。赤城さんのこと、ほっとけなかったんで」
「……まぁ、座りなよ」
座ってた席から横にずれてもう一人分の席が空いた。
わたしも少し気まずかったので、ちょこんと隣に座る。半分は外気で冷やされた場所と、もう半分は元々赤城さんが座ってた温かい場所がおしりで半分こになっていた。ちょっと変な感覚。
それから冬の風に痺れながら、黙って十数秒。あ、そっか。話題を振ったのわたしだったっけ。
「えっと、まずはすみませんでした」
「なんで?」
「え? わたしが何かしたから逃げたのでは?」
「……あー、うん。そういうことにしておくわ」
え、逆に何があったらあそこまで逃げることになるの。
ま、まぁ。今は深く掘り返さないことにしよう。今はクリスマスの話が重要なんだから。
ってあれ? 重要なのは謝るって話じゃ……。話は音速で終わったし、いっか別に。
「あと、クリスマス、なんですけど……。よかったら一緒に配信してくれないかなぁ、と思いまして」
「一緒に? 2人で?」
「え? はい、そうですけど」
「そっか。……そっかー! えへへ、そっかー!」
あれ、そんなに2人の配信がよかったの? それともクリスマスに誘われたことが?
たまに赤城さんのテンションが訳わからなくなる時があるけど、今がそれみたいだ。
「あそうだ! じゃあさ、ついでにクリスマスパーティでもしない? 青原んちで!」
「わたしの家でですね。まぁ、一人暮らしだし、いいですよ」
「じゃあオフコラボね!」
「え?!」
オフコラボ。
「オフコラボ?」
「うん、パーティしながらオフコラボ配信して盛り上がろ!」
瞬間! 思考が一瞬だけ静止する。
戻ってきた頃には、赤城さんが嬉しそうに満面の笑顔を浮かべる。
さっきのまるで失恋したようなOLのような雰囲気が全くなくなっている。やっぱり赤城さんはそう言う顔をしてなくちゃ。
「じゃあ何買ってく?! チキンは必須でしょー。あとはシャンメリーとかー!」
「あと鮭も買いましょう」
「え、なんで」
「流行りなんですよ」
この後、教室に戻ってからめちゃくちゃに怒られたのは、語るまでもない話だ。




