第28話:赤の嫉妬。彼女を理解しているのは
「はぁー……結局言えなかった」
家に帰れば温かいご飯と家庭が待っていて。
でも今日のあたしはそんな暖かさじゃ埋まらない、ポッカリと空いた心でボンヤリツブヤイターを見ていた。
あたし、どうしちゃったんだよ。いつもならかわいいとか、好き! とか言っちゃうはずなのに、今日だけはそれが言えなかった。
青原がにか先生にフォローされたのだって、本来は嬉しいことのはずだ。でも素直に喜ぶことができなくて、自分で自分が分からなかった。
「かわいい。音瑠香ちゃんはかわいい。青原だって見た目を整えたらちゃんとかわいい。そこに違いはないはず」
否が応でもVの姿とリアルの姿が混同してしまうけど、ある種別人なわけで。
音瑠香ちゃんはVとしての性格や姿、立ち振る舞いというものがある。青原だって、他人から見たらお粗末かもしれないけど、れっきとした根っこがあるわけで。
それが同じかどうかなんて言われたら、違うと言い切れる。けど、青原と音瑠香ちゃんは同じ人物であるわけで。でも、あーーーーーー!!!!
「わっっっかんない!!!!!」
自分でもどうしたいのか分からなくて、頭をくしゃくしゃと掻きむしってベッドに身体を放り投げる。
なんかすっごい言い訳してる気分。こんなことだったら青原=音瑠香ちゃんって知らなければよかったとすら考えてしまう。
けど違うんだ。音瑠香ちゃんがいたから青原と知り合って話せているわけで。
あたしにとって、青原は……。
「好き……。いやいや、そんなんじゃないし」
音瑠香ちゃんは好き! これは断言して言える。
けど、青原は……。どっちかと言えば放っておけないがメインだと思う。
1人じゃ誰にも話しかけることもできないし、何考えてるか分かんないことだってある。だからあたしはお姉ちゃんだ。青原の事を妹ぐらいにしか見てない。そう、そのぐらいには好きだよ。
だから百合とか、そんなんじゃないし……。
「はぁ……。今日、配信予定とかなかったけど、どうしようかなー」
ポチポチとツブヤイターのアンケート機能を取り出して呟く。
内容は今から配信やるけど、何が見たい? という質問だった。
選んだのは無料でもできるゲームとか、雑談とか、そういうのを選んだはずなのに返ってくる内容は音瑠香ちゃんとのコラボとか、音瑠香ちゃんにまつわることばかりだった。
「やんねーよ、ばーか。音瑠香ちゃんはそこまで暇じゃないっつーの」
そういうところやぞ、オタクくんの悪い癖は。
でも、まぁ。みんなが期待してくれてるんだったら音瑠香ちゃんに連絡してもいいよね。突発コラボとか、みんな喜ぶだろうし。へへっ。
よーし、さっそくデコードで音瑠香ちゃんに相談だー! 音瑠香ちゃん、というか青原はロインよりも何故かこっちの方が反応いいからなー。
「えーっと『今からコラボやんない?』っと」
音瑠香ちゃん、今オンラインみたいだし返事はすぐ返ってくるだろう。
あたしはさっさと配信の準備でも始めて、っと。もう返ってきた。
『にか先生にイラストのコーチングしてもらうことになったから、ちょっと難しいかも』
ふ、ふーん。まぁ。そんなこともあるよね。
あるか? あの音瑠香ちゃんが尊敬している人相手に積極的に立ち回れるようなキャラしてたっけ? いやしてないよね?!
じゃあにか先生の方から? ……ちょっと聞いてみよ。
「いま、音瑠香ちゃんにコーチングしてるってマジですか?!」
なんか、もやもやする。分かんない。別にあたしが関わってなくてもなんらおかしいことはないはずなのに。そうだよ、2人にはイラストっていう共通点があるわけだし。にか先生が結構グイグイ行くキャラだから、それで自然と繋がっただけ。仲良くなっただけだから、あたしが気にする必要なんてないんだ。
なんだけど、つい自分の胸ぐら辺りの服を掴んでしまった。
よく分からない。胸の奥の方が、妙にざわつく。今、音瑠香ちゃんとにか先生が二人っきりなんだと思うと、無性に邪魔したくなるような気持ちというか、間に入りたくなってしまう。
なんだよこの面倒な感情。意味分かんない。頭では理解してるはずなのに、身体のどっかが全然納得してない。いっそ誰かに話してしまおう。舞辺りならきっと反応してくれるだろうし。
と、考えているところににか先生からのメッセージが届いた。
内容は、こんな感じだった。
『うん、してるよぉ~。音瑠香ちゃんいい子だね~』
ま、まぁ! あの子はそういうところあるしな。初対面じゃあんまり語らないようなタイプだし。
『でもやっぱりイラストは一流っていうか、独学でここまでたどり着いたのはすごいねぇ~。たくさん褒めてあげたら、コーチングして~、って頼まれちゃった!』
音瑠香ちゃんの方から? で、でもイラストは一流なんでしょ? じゃあ教わることなんて……。いや、音瑠香ちゃんって異常に自己肯定感低いんだ。そのぐらいも理解してないレベルで、あの子は、あの子は……。
「……はぁ。配信しよう」
もう自分で自分が何を考えようとしているのか分からない。
少なくとも理解できるのは、音瑠香ちゃんを、青原を理解できているのはあたしだけなんだ、っていう驕りと、現実問題評価されれば、彼女は遠くへ行ってしまうかもしれないという危うさだけだった。




