第27話:赤の謎心。顔がいい陰キャはとりあえず美容室行け
それからいろんな雑誌を見て回ったんだけど、青原の奴はあたしが言ったショートボブ以外勝たん、みたいな思想になっていた。なんでそんなに偏るんだか。青原だってもっとちゃんとオシャレしたら可愛くなるだろうに。
「いいですよ、わたしはそんな。ファッションとかあんまり、分からないので」
とか、言って何かと避けたがる。
若い女の子がどうしてそこまで避けるんだか。青原って意外と頑固だったりするのだろうか。
そんな腐った性根、あたしが叩き直してやる!
「これとかどうよ!」
「いや、えっと……」
「イマイチそうだなー。じゃあこれは?!」
「そ、そうじゃなくって……」
なんだなんだ。やっぱりダメなのか?
あたしのファッションセンスもあまりイカしてないと言いたげだな。むしろ青原がどんなセンスをしているか気になりはする。
でも思い返してみればあたしって青原の私服姿、見たことないんだよね。あるのは制服姿とVtuber秋達音瑠香ちゃんの姿だけ。制服だってきっちりとまともに着飾っていて、まさに優等生の風貌。頭はからっきしだけど。
音瑠香ちゃんの姿だって、美術系の大学生が着ていそうなエプロン。それから下は寝巻き姿と結構突拍子もない服装はしてる。
もしかして、センスが無いのは青原の方では?
「そうじゃなくて、なんなのさ」
だから聞いてみる。結局何かゴモゴモと言いかけているのであれば、あたしの方から聞かなきゃ一生言えずにいるから。1人じゃ自分の意見もまともに言えないなら、確かに陰キャと呼ばれるだけのことはある。
でもその後に続く言葉は、あたしも確かに言えないな、というものだった。
「赤城さんがおすすめしてくれた髪型にしたいなぁ、と……」
恥ずかしそうに、顔をうつむかせながら、彼女はそう言う。
なんだよ、そうならそうって言ってよ本当にさぁ。イラつくとかそういうのじゃなくて、青原の場合は背中をくすぐられるようなか細い声で、推しみたいな声で恥ずかしいことを言うから良くない。
もっとハキハキ喋ってよ。でないと、なんか。もうなんかすごいもやもやする!
「……んだよ。じゃあさっさと美容室行こっ!」
「あぁ、ちょっと待ってくださいー!」
そういうところが苦手って言うわけじゃない。
ただただこそばゆい。くすぐったくて、胸の奥に直接触ってくるような……。わっかんないけど、言われてるこっちも恥ずかしくなるっつーの。
そんな奥の方で煮詰まった気持ちを12月の寒さに溶かしていく。
はぁ、もう少しでクリスマスか。今年はどうしようかなぁ。やっぱりVtuberとしてはクリスマス配信とかするべきなんだろうか。恋人も居ないし、友だちも彼氏とかいる連中だから、気がれなく誘えるのって舞ぐらいなんだよなぁ。
「そういやさ。青原はクリスマス、配信とかするん?」
「……あー、そういえばそんな時期でしたね。全く考えてませんでした」
「まぁ、音瑠香ちゃんの配信って、良くも悪くも年中いつも通りだしね」
「そうです。赤城さんの方は?」
「んー、わっかんない。どうしようかなーって」
周辺のVtuberはもう早くも準備を進めている人が多い。
例えば歌枠とか、特殊なゲームイベントとか。あとはパーティ? そういう企画物まで。
あたしもファンのみんなとクリスマスパーティしたいけど、なんかこう。これだー! って言うものが見つからなくって。
「だからあと2週間ぐらいなのに、モヤモヤしてんの」
「にか先生に頼んでクリスマスのイラストとかは?」
「まずあたしのお財布がすっからかんだし」
「Vtuber始めるのにどんだけ使ったんですか……」
聞きたいか? って言ったらブンブンと首を振られた。そりゃそうだ。あたしも言いたくない。
でも、できれば青原と、音瑠香ちゃんと何かができればいいなぁ、とは思ってる。
ほら! コンビだし、百合営業だし! クリスマスってうってつけの期間にビジネスライクがウケないわけがない。
っと、そんなこと言ってたら美容室に着いちゃった。
「…………っ!」
「なーにブルってんのさ」
「い、いえ。ここから先は魔界なので……」
「いやフツーに美容室だって」
相変わらずこのノリにはついていけないけど、楽しいからいいやという気持ち。
というか、このモードに入った青原はちょっとかわいそうだがかわいいので、そっとしておくに限る。
迷子になった子供のような青原と店内に入って、あたしが案内。とりあえずバッサリ切って整えて、ショートボブにしてください的な。あとはお任せ。
待合スペースで雑誌を読む。もちろんちらっと見たらこれから改造されそうな人間みたいな顔でこっちを見てくるし。ウケる。
あ、でも美容師と喋るのはよくなかったかもしれない。
数十分後。げっそりした顔ですっきりした髪型の青原がそこにはいた。
「ごめんごめん! 美容師さんに言うの忘れてたわ」
「…………」
返事がない。答える気力もないようだ。
これはあたしが悪かったし、あとでワックでも言ってジュースでも奢ってあげるとしよう。
でもそっか。これがショートボブな青原かぁ……。なんかすごく清楚に見える。
黒く癖が付いていた髪の毛は美容師さんのおかげか、毛先でクルンと内側にまとまっている。
元々の顔の良さがそうだったけど、眉毛も一新。細眉になった青原と赤ふちの眼鏡の相性は抜群だった。
うわ、かわよ……。
「ん? 行かないんですか?」
「っ! あ、うん! 行く行くー! あはは……」
首をコテン、と傾ければ仕上げたてのショートボブが揺れる。
これ、マジでヤバ。あたしが手を加えれば加えるほど、可愛くなるんじゃなかろうかこいつ……。
あたしは今、化け物を生み出してしまったかもしれない。かわいいの権化たる、怪物を……!
てか、言わなきゃいけないよね。ここまで来たら。かわいいって一言。そう、一言だけでいいんだ。やりゃーできんじゃんって。もっとかわいいって言えば、自発的にファッションに興味が出るかもしれないし。
美容室を出て、書店まで戻る最中でいいんだ。それで……。
「うーん、いろいろあるなぁ……」
書店まで着ちゃったよ。しかもそのままイラストの参考書エリアまで来てるし。
てかめっちゃ数多い。そんなにあるのかイラストの参考書ってやつは。かっこいい系から可愛い系。デフォルメ? とか等身。なんのこっちゃ。果ては3Dとかもうわっけかんない。
「悩む……」
青原の奴、めっちゃ真剣に考えてる。
そんな真面目な顔する人だったっけ。もっとぼーっと虚空を見つめているか、机に伏せっているからどっちかだと思ってたけど。
美容室行ったあとだから、めっちゃ顔が良く見える。こんなに可愛かったっけ?
「……ん? どうかしました?」
「へっ?! い、いやぁ? なんでもないけど!」
「……そうですか」
あぶな。黙って顔見てるのがバレるところだった。
てかマジで今日のあたしどうしたんだよ。急に不機嫌になったり、かと思えば青原の顔ばっか。これじゃあ……。
いや、これ以上先はありえない。マジでありえないから!




