第26話:赤の謎心。危なっかしい妹枠だよ彼女は!
「赤城さん、どうしよう……」
「どうしようって、なんもなくない?」
「なんもないことないですよ! あのにか先生がフォローして拡散してくれるなんて……」
でも今一緒にいるのはあたしなんだけどなー。
って、なんで重たい女みたいなこと言ってんのさ、あたし! 青原は音瑠香ちゃんであり、音瑠香ちゃんはあたしの推しなんだ! だからそれ以上もそれ以下もない! 推しが幸せそうならリスナーのあたしも幸せ! 終わり!
ただ、友だちとして言うのであれば、あたしと一緒に美容室行くって言うのに他の女にうつつを抜かしている今の状況はあまり楽しいものではない。
電車に乗っている最中もスマホだけを見て一喜一憂している姿だけで、あたしと話そうという気配すら感じなかった。
どうせ青原のことだから「美容室って何? 床屋行けばいいじゃん」とか「美容室怖い……。よよよ、陽キャの巣窟……っ!」って言いだすと思ってたのに。それを笑い飛ばして、あたしが青原を勇気づけるまでがワンセットだと思ってたのに。
蓋を開けてみればこれだ。例えVの姿のママと呼ばれる存在であったとしても、なんとなくつまらなかった。
「でも、なんでにか先生がわたしのことをフォローしたんだろう」
「イラストが気になったからじゃない?」
「…………」
「何さ、そんなに黙って」
急に隣に座っていた青原がこちらを見る。
素体はいいけど、今はちょっとそんな気分にはなれなかった。
どちらかと言えば、あたしのことはほっといてにか先生のことでも考えていれば? という塩っぽい態度になりかけていた。
「なんか、今日の赤城さん。ちょっと怖い」
「怖いって、何が」
「お、怒ってたりします? わたしなんかしました?」
そんな捨てられたポメラニアンみたいな顔されても困るのはあたしだっつーの。
別に怒ってなんかないし、むしろ何かしたのはにか先生の方だ。あたしと青原のデートの日にフォローなんてするなっつーの。
逆ギレもいいところだし、むしろ穏やかじゃないのはあたしの方だ。だからこの怒りを飲み込むべきなのはあたしの方。なんだけどなぁ……。
「なんで怒ってるか、当ててみ?」
「えぇ?!」
とりあえず目の前にいる青原、もといあほ原にこの怒りをぶん投げることにした。
年上の女性がする「私、何歳に見える?」と同じような手口で、これであたしも面倒くさい女入りか、と密かに頭を抱える。まぁ、友だちとして。コンビとして、相手を綺麗にしようって言うのに他のことで手いっぱいになる方が悪いってことで!
「えー、っと……。わたしの存在自体が……っ!」
「なんでもう泣きそうになってんのさ! それはない! ありえないから!」
「じゃあ……。この前、わたしと赤城さんがカップリングされてたことを密かに黙ってたこととか……?」
「なんそれ、流石に初耳なんだけど?!」
まぁまぁ。百合営業するって宣言した以上、そういう声が上がってくるのは間違いないんだけど。
なんだろう、この子とはムリ、っていうか。いや違う。ムリとかじゃない。あたしのことをいつも気遣ってくれる青原、もとい音瑠香ちゃんはとてつもなく魅力的だ。
でも魅力的だからこそ、こう。あたしと音瑠香ちゃんがカップリング相手にされるというのが、微妙に解釈違いと言いますか。
あたしは無償の愛を送ってるんだから、そこに見返りとかそういうのはいいから、みたいな、そんな感じだよ、うん!
「友だちの百合厨に聞いたし、エゴサしたから間違いないです」
「てか、マジでいるんだ……」
「Vtuber界隈って2.5次元みたいなところありますし、闇の深い話題はいろいろありますよ、ふふ」
なんだろう、突然青原の背後からどす黒い何かが生まれそうな気がしたが、きっと気のせいだと思う。半年続けるだけでも大変なVtuberなんだから、何かとトラブルに巻き込まれたりしてないといいんだけどなー。
……。いや、音瑠香ちゃん知り合い少なかったからあまりなかったのでは?
「まー、あたしからそれ聞くのはやめとくわ、うん」
「オキテさんの方がいっぱいありそうですけどねー」
まぁいろいろあったけど、全員スパムってことで処理したしいっかなって。
そういえばあたしとようやく目線を合わせて話せてくれるようになったな。さっきまでスマホに夢中だったのもあったけど、晴れてコンビデビューしてからというもの、よく目線が合うような気がして。
なんか嬉しいんだよね、我が子の成長みたいで。子供でもないし、どっちかというと妹。そう! おっかなびっくりな妹みたいな危なっかしさとかあるし! あたしの愛情はそういうところからあるんだろうなー、なーんだ。さっきの嫉妬みたいなのは何か事件に巻き込まれないか、っていう不安だったか! はっはっは!
「別になんもないよー! 表に出すことなんて、ほとんどない!」
「怖いなぁ……」
「怖くねーし! そんなことより次の駅で降りるから!」
「了解です」
さーて、まずは書店でも行ってファッション雑誌を買ってー。それから似合いそうなカットを美容師さんに依頼しよう。こういうのは参考資料があってなんぼ、みたいなところあるでしょ!
電車を降りて、駅を出るとビルとビルの間。やっぱこの辺は都会だなぁ。高い建物がいっぱいある。
あたしも一介のギャルやってるつもりだけど、一歩外に出たらこうやってオシャレな女性がたくさんだもん。
あのお姉さんとかゆるくまとめたセミロングが歩く速度に応じてふわふわ揺れているし。
あっちはショートカットかな。いいなぁ、あんなかっこいい女の人とお近づきになりたい。
っと、そういう話ではなかった。隣でキョロキョロしている青原の手を掴んで、書店のあるビルを目指す。
「こっち! ほら、着いてきて!」
「あっ、はい……」
青原の手、めっちゃひんやりするな。イメージ通りって言うか、冬とか冷え性で大変なんだろうなー。などとどうでもいいことを考えながら、あたしたちは手を繋いで黙々と人波をかき分けていく。
青原って人混みとか絶対苦手そうだし、見るからに一人がいいです、って顔してるしな。無茶はするなとは思うけど、そういうのはもっと慣れていかないとダメだと思うなー。って、誰目線なんだか。
「おぉ、でっか……」
「ここ、結構大きなお店だからね。いろんなのあると思うよ」
大きな棚に入っているのは面だしされた雑誌や所狭しと並べられた本の数々。
まさしく文系の聖地。青原族がよくいそうな巨大な書店だ。
あたしも時々勉強の解説書や雑誌を買いに来るときに立ち寄るところだ。いろんなものがあって目を引くんだよなー。このメモ帳とかめっちゃ可愛いし。
「わたし、ここ来たの初めてかも」
「そうなん? めっちゃ来ると思ってた。ほら、イラスト関連で」
「実はあんまり参考書とか買わなくて。ほぼ独学だから」
それであの画力だからドン引きなんだっての。いやすげーんだけどさ。
どこをどうしたらあんなプロレベルのイラストを描けるんだか。
「じゃあいろいろ見て回ろうよ! 美容室行った帰りにでも!」
「いいの?」
「うん! 今日はあたしのおごりだー!」
何せご機嫌ですからねー。へへーんだ!




